02 魔王、多方面から怒られる。

 彼女の言葉に、流星の魔法使い──魔王はハッと我に返り夢から覚醒した。


 目の前には執務室の天井があり、自分が執務室のソファで仮眠を取っていたことを思い出す。


「夢、か……。ずいぶんと懐かしい夢だったな」


 師ナジェドの代わりに呼ばれた最悪の夜会。亡き師を馬鹿にされ、精霊王から賜った二つ名も星屑と罵ったアステール国王に、星詠みで国の結末を予言してやったのだ。


『この国の栄華はあと五年。アステールは滅び、人が住めぬ土地になるだろう』


 あれからもう五年が経とうとしている。


 チリッと胃のあたりが痛むような気がした。魔王は服の上から腹部を擦る。


「大丈夫……まだ間に合う。いや、間に合わせる」


 星詠みの予言は絶対。どんなに足掻いても、アステールの滅びは確定している。これは星によって定められた命運なのだ。


 魔王が精霊王に課した役目は、アステールの滅び方を良い方向へと導くこと。


 そのために魔王は最善を尽くしてきたつもりだ。


 窓の外を見ると、もう太陽が顔を出している。仮眠のつもりが、朝まで眠ってしまっていたようだ。


(姫を屋敷に連れてきてから、ずっと慌ただしかったからな……まあいい)


 魔王はシャワーを浴びて執務室へ戻り、黙々と書類仕事を始める。しばらくすると「げっ」という呻き声のようなものが聞こえてきた。書類から顔を上げなくてもその声の主が誰なのか分かる。


「アースか」

「おいおい、魔王様……髪も乾かさずに仕事かよ」

「ん? ああ……失念していたな」


 魔王は指をぱちんと鳴らすと、濡れた髪はあっという間に乾き、濡れていたタオルは綺麗に折り畳まれて机の端に置かれる。


 その間、魔王はずっと書類に目を通しており、ペンを動かす手は止まっていなかった。そんな魔王の様子を見て、アースが物言いたげにため息をついた音が聞こえた。


 しかし、そんなアースを無視して、魔王は話しかける。


「姫の様子はどうだ?」


 アースには屋敷に来たら、まず自分のところではなく、姫のところへ向かうように伝えている。どうせ通りがかりに彼女の部屋があるのだ。手間がなくていいだろう。


「姫さんなら、モリモリ朝食を食べて、料理長にお礼の手紙まで書いてましたよ。おまけにデザートのリクエストも添えてな」

「実に健康的でよろしい」


 食欲がないよりマシだろう。当初魔王は、心労で彼女の食が細くなることを心配していたが、まさかデザートのリクエストまでするとは思わなかった。


「料理長も姫が毎日完食してくれて、感想までくれるもんだから喜んでいましたよ。どこかの誰かさんはいつも軽食ばかりで作り甲斐がないと料理長が嘆いてましたからね」

「ぐっ」


 魔王は仕事の片手間に食事を摂っているせいか、サンドウィッチなどの軽食で済ませがちだ。たまにはしっかり食事を摂って欲しいと周囲から悟らされるくらいには、魔王は食を疎かにしていた。


「今夜は食堂で食事をする……」

「そうしてください。人間で、それもその若さで魔法王の称号を手にしたんです。長生きしてもらわなくちゃ困るんですよ。あまり不摂生な生活してると精霊王にチクってやりますからね」

「おー怖い怖い……次の族長会議がオカン会議になりそうだ」


 人間と違って魔族は長寿な者が多い。そのせいで魔王は皆から孫のように可愛がられている。族長会議である程度の議題が終わると、やれ魔王の嫁だ、最近痩せたかだ、ちゃんと寝ているのかだとか魔王の話題になるのが常だ。


「この書類を片付けたら、今日は休息をとる。そうだ、アース……」


 魔王がそう言いかけた時、ばんっと執務室のドアが開かれた。そこにいたのは白銀の髪にアイスブルーの瞳をした少女、アステールの姫君。


「聞いたわよ、魔王!」


 勇ましい登場の仕方に魔王がぽかんとしていると、彼女はずかずかと魔王の前まで来て執務机に両手を叩きつけた。


「あなた、軽食で三食を済ませるどころか、時々食事を抜くらしいわね? 料理長が言ってたわよ」

「あ? なんだそれ、聞いてねぇぞ、魔王」


 さきほど注意してきたばかりのアースに睨まれ、魔王は顔を逸らした。


(やべ、いらぬところで飛び火を食らった)


 過去にあとで食べると言って、結局食事を食べなかったことは一度や二度ではない。その結果、あとで食べると言ったら軽食が執務室に運ばれるようになっていた。


「ご飯を食べないなんて身体に悪いし、料理長は貴方の食事を作るためにいるのよ! 一流の料理人にサンドウィッチしか作らせないなんて、料理長の腕を腐らせるつもり⁉ それは食への冒涜よ!」


 べちべちと執務机を叩いて訴える姫に、魔王はため息をもらす。


「姫……一体いつから仲良く?」

「毎日毎食後、厨房にお礼の手紙を渡しに行ってたら仲良くなったのよ!」

(コイツ、本当に行動力だけはあるな!)


 彼女の後ろについていたセイレーンも心配そうな顔で頷いていた。


「魔王様。屋敷の者達は皆、魔王様のことを心配しているのです。なんせ魔王様は人間。人間は適度な運動、食事、睡眠をとらないと死んでしまう、か弱く命儚い繊細な生き物なのです。およよよ……」

「お前らはオレを心配してるのか? それとも貶しているのか? どっちなんだ?」

「どっちにしろ、あなたが食を蔑ろにしている事実は変わらないわよ!」


 姫はご立腹の様子で身を乗り出して言った。


「いい? 今日から朝と夕は私と一緒に食堂で食べなさい! 急務でない限り仕事で忙しいはダメよ! 分かった⁉」

「なんでお前にそんなことを……」


 そう言いかけたところでアースとセイレーンの視線が魔王に突き刺さった。


 目は口程に物を言う。そんな言葉を思い出し、三方からの視線に耐えられなくなった魔王は白旗を上げた。


「分かった。朝と夕は食堂で食事を摂る。これでいいだろう?」


 ため息交じりにそう告げると、姫はしてやったりと微笑むのだった。

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