弐 戌亥寺(一)
お祖父さんの家、と言うか
小山の上に山門があり、そこまで階段が続いている。
その右側にはクルマを十二台止められる駐車場があり、一台白いクルマが止まっていた。
「いいのに乗ってるわね……」
お母さんがボソリとつぶやく。
「なんてクルマ?」
「FIATの500X Cross Plus」
「ふぃあっと?」
「紫織、テストに出ないから、覚えなくていいわよ」
「クルマに金かけるんなら、他に使うとこあるだろ?」
「ないんでしょ」
叔父さんのぼやきに、お母さんが
この姉弟はよっぽど父親と折り合いが悪いらしい。
生まれて十三年間、わたしは母方の祖父母は亡くなっていると思っていた。なぜなら、この二人に祖父母について聞いてもはぐらかされていたからだ。
お母さんは、お祖父さんとお祖母さんはいないと言うし、叔父さんは家族はお母さんしかいないって言っていた。
本当はお祖父さんとの仲が最悪で、叔父さんは八年、お母さんは十七年も連絡を取っていなかたのだ。
詳しいことは二人とも話してくれないけど、どうやら験力とお祖母さんが関係しているらしい。
わたし達はジュークを降りて階段に向かった。因みにウチのジュークの色はボンちゃんと同じ黒だ。
色とメーカーは違えどジュークと500X Cross Plus、どちらもSUVだ。いくら嫌っていても、クルマの趣味は似ているということか。
因みに叔父さんはクルマを持っていない、この人の愛車はルイガノのFive PROというマウンテンバイクだ。
クルマを降りて、わたしはボンちゃんを解放した。
やっと自分の脚で歩けるのが嬉しいのか、ボンちゃんはわたしをグングン引っぱって階段を上がっていく。
気づくとお母さんたちを後に残して、ボンちゃんと二人で山門をくぐっていた。
三〇メートル四方の境内の正面に本堂があり、その左側には二階建ての住居が、右側には平屋のプレハブがあり『少林寺拳法』と看板が出ている。
わたしの視線は境内を竹箒で掃く、作務依姿の青年に向いた。
どことなく、叔父さんに似ている。
「ペットの連れ込みはやめてね」
ボンちゃんに気付いたその人は、迷惑そうに顔を上げてわたしに言った。
「あ、あの、わたし……」
年齢はわたしより上だけど、高校生ぐらいだろう。叔父さんの弟だろうか?
でも、お祖母さんは叔父さんが小さい頃に亡くなったはずだ。
お祖父さんが再婚したって話しも聞いていないし……
「君、ダレ?」
背後からお母さんの声がした。
振り向くとみんな追いついていた。
「明人?」
「ユウ兄ちゃん?」
「おう、しばらく見ない間に大きくなったな」
「ユウ兄ちゃは、あんまり変わらないね」
二人が再会を喜んでる傍らで、お母さんは相変わらず納得いかない顔をしている。
「で、ダレなの?」
「誰って、従弟の明人じゃないか」
「あたしは知らない」
「あ、そうか、明人が生まれたのは姉貴がここを出た後か。
おれ、教えるの忘れてたかもしれない」
お母さんは嫌そうに顔をしかめた。年が気になったのだろう。
普段から若く見られることを自慢にしている母は、自分の年齢を意識すると精神的ダメージを受けるのだ。
「初めまして、門脇明人です……あの、遙香さん、ですよね」
「そうだけど」
「じゃあ、こっちが朱理ちゃんで、そっちが紫織ちゃんですね」
「初めまして真藤朱理です」
「こんにちは、しおりでぇ~す」
お母さんたちが来たら、さっきと態度がずいぶん違う。
「ってか、何でお前がここにいるんだ?」
「いや~こっちの高校に進学して、ついでに……」
「坊主になりたいのか?」
「いや~、ハハハハ……」
「明人、親やウチのジジイに何か言われたんなら……」
「違う、ぼくが自分で決めたんだ」
「そうか? なら、いいけど」
「うん、アハハハ……」
「それより、犬を連れて来ちゃダメだったんですか?」
わたしはヘラヘラする明人さんが何となく好きになれず、思わずキツイ口調で聞いた。
「あ、ゴメン。実は……」
その時、けたたましい犬の鳴き声がした。
声に振り向くと、大きな白犬が物凄い勢いで突進してくる。
「ワンッワンッワワワン!」
「ガルルル!」
襲いかかられたボンちゃんが立ち向かい、ケンカが始まった。
白犬は
これだけ体格差があるのにボンちゃんは全く
秋田犬は完全に気圧されていた。
ボンちゃんは小さくて大人しいが、決して臆病ではないし弱くもない。
わたしが魔物に襲われた時も命がけで助けてくれた。
だからと言ってケンカを放ってはおけない。リードを引いて離そうとするけど上手く行かなかった。
「
地響きのように轟く声がした。
秋田犬がボンちゃんから離れ、声の主のもとへ向かう。その声に威圧されたのか、ボンちゃんも後を追おうとはせず、身をすくめた。
お母さんと叔父さんが表情を強ばらせる。
「親父……」
叔父さんが小声で呟いた。やっぱりあの人がお祖父さん、
お母さんの父親なのだから、若くても六十は過ぎているはずだ。
だけど、全然そんな年には見えない、身体も引きしまっていてスポーツ選手みたいだ。
少しだけ叔父さんに似ているけど、迫力と言うか威厳があって怖い。
お祖父さんの視線がわたしと紫織に向いた。わたしは無意識に一歩後ろにさがった。
「よくき来たなぁ~、おじいちゃんだよぉ~。朱理ちゃん、紫織ちゃん、初めまして」
相好を崩しお祖父さんがわたしの頭をなで、空いた手で紫織を抱き上げる。紫織はキャッキャッと声を上げてはしゃいだ。
「お腹すいてない? おやつの準備してあるからね。ままどおるとエキソンパイっていう美味しいお菓子があるから。
そうだ、夜はピザかお寿司でも取ろうか? それともどこかに食べに行く?」
お祖父さんは片手で紫織を抱いたまま、わたしの手を引いてボンちゃんごと家へ向かう。
この豹変ぶりについて行けず、お母さんと叔父さんに助けを求めて視線を送ると、二人ともポカンとしてる。
「な、なにアレ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます