鬼多見奇譚 弐 追憶の幻視
大河原洋
壱 郡山
クルマの前の席から聞こえる、お母さんと
唄っているのは歴代のプリキュアのオープニング曲だ。
わたしは溜息と共に、抱いている柴犬のボンちゃんに額を押しつけた。
「クゥ~ン」
本当は安全のためにもゲージに入れたいんだけど、本人が断固として入ることを拒否した。
普段は大人しいのに、何故かゲージを見ると親のカタキみたいに吠え始める。
保護犬だった彼には、ゲージにトラウマがあるらしい。
だから、わたしと叔父さんが交代で抱いてクルマに乗っている。
チラリと隣の席を見ると、叔父さんは物憂げに窓の外を眺めていた。
でも、わたしの視線に気付いたのか、こっちに顔を向けた。
「代わろうか?」
叔父さんはボンちゃんを受け取ろうと腕を伸ばす。
「だいじょうぶ」と応えて、わたしは顔をボンちゃんの背中に埋めた。
クロシバのボンちゃんは、頭や顔の周りの毛はモフモフして柔らかいけど、背中の毛はけっこう硬くてゴワゴワしている。
この毛もそろそろ冬毛に抜け替わるだろう。
わたし、
途中、道の駅やコンビニで休憩をしたりしながら、四時間以上かけて郡山までたどり着いた。
紫織は放っておくとズッと3DSでゲームをしているから、お母さんが一時間おきぐらいに、しりとりをしたり、クイズを出したり、デジタルではないゲームをやらせている。
そして最終的に歌になったんだけど、どうしてプリキュアなのかは解らない。
幼稚園児じゃないって最初はイヤがっていた紫織だけど、唄わされるうちに楽しくなってきたのか今は熱唱している。
お母さんは楽しいというより、ヤケになっているみたいだ。叔父さんも郡山に入ってから
二人とも実家に帰りたくないんだ。
わたしは二週間前に起こった事件のことを、また考えていた。
わたしのせいで、凜と香澄は魔物に取り憑かれ入院する事になった。担任の萩原先生も巻き込んでしまい、入院だけでは済まず教職を続けることも難しくなっている。最後に由衣だけど、彼女はもういない。
叔父さんとお母さんはわたしのせいじゃないって言うけど、セーメイ様でわたしの『
この能力の事を教えてくれなかった叔父さんを、怒ったり恨んだりしていないと言えばウソになる。
だけど、わたしを守ろうとして色々苦労していたのが解ってしまうから、感情の整理ができず、モヤモヤが溜まる。
「キュ~イ」
ボンちゃんが身体をヒネって、わたしの顔をなめようとする。
どうやら気持ちを察してくれて慰めようとしているらしい。
「ありがとね……」
いじらくてわたしはボンちゃんの頭をなでた。
「またあるな……」
叔父さんが外を見ながら、ボソリとつぶやいた。
視線を追うと新興宗教の建物がある。
派手な看板が掲げられていて『アークソサエティ』と書かれている。
「郡山って新興宗教が多いね、震災の影響かな?」
「いや、前から結構あったけど、あのアークってのは震災後に若者を中心に信者を増やしてるみたいだ。
ま、宗教なんて新旧宗派問わず、ろくなモンじゃない」
「おじさんがそれを言うッ?」
わたしたちが向かっている祖父の家、つまりこの人の実家はお寺だ。
「だからこそ叔父さんは言ってるの。神さま、仏さまなんて空想の産物、プリキュアと一緒よ」
お母さんが唄うのを止めて断言した。言うまでもないけど、この人もお寺の娘だ。
「でも、おじさんは
「信仰なんて、一兆パーセントしてないけどね」
またこの人は、わけの解らない事をサラッと言う。
「朱理、真言自体に超常的な力なんてない、ただの言葉に過ぎないんだ。でなきゃ、真言を唱えれば誰でも超能力を使えるはずだ」
たしかに、真言を唱えたからって不思議な能力を使えるわけじゃない。それは解ってるけど、じゃあ何で真言なんて唱えるんだろ?
「あれは験力を変化させるための鋳型だ」
わたしの考えを見透かしたように叔父さんが答える。
「例えば叔父ちゃんの験力の特性は念動力だ」
視線を自分の前に座る紫織に向けた。
コイツは唄うのをやめた途端に3DSで遊び始めている。
「あッ」
紫織の手から3DSが離れ、空中に浮いた。
「おぢちゃんッ!」
「ハハハ……悪い悪い。でも、お前も少しは験力について聴いといた方がいいんじゃないか?」
紫織はプッと頬を膨らました。
「いいよッ、どうせジィジのところで、べんきょうするんでしょッ?」
「だからこそ、予習は大事だろ?」
紫織は空中に浮いている3DSを両手でつかみ降ろして、ゲームを再開した。
かなり異様な光景だけど、なれとは恐ろしい物で、空中に物体が浮き上がっても何の感動も起きない。
叔父さんは「必要ないか……」とつぶやいて苦笑した。
紫織には、わたしより遥かに強い験力が秘められている。お母さんと叔父さんは、妹の能力を封印するつもりだ。お祖父さんに会いに行く最大の目的がこれだ。
わたしの験力も二人は封印するつもりだったけど、わたしはそれを拒んだ。
大切な人たちを傷つけ、
超能力者への憧れや、優越感が無いわけじゃないけど、それだけの理由で験力の修行を選んだわけじゃない。
「あれくらいの事なら別に真言なんて必要ない、でもこっちは必要だ」
叔父さんは右の掌を上に向けた。
「オン・アギャナエイ・ソワカ」
掌の上に一瞬、炎が現れる。
「ちょっと悠輝ッ、クルマの中で何するの!」
「あ、ごめん、姉貴。うっかりしてた」
「そういう危ないことは、着いてからにして」
「おっこられた♪」
「お前も、ゲームばっかやってると叱られるぞ」
「ふ~んだ」
「さて、気を取り直して。
今、唱えたのは
「キャラって……」
アニメやゲームじゃないんだから。ホントにこの人はバチアタリの化身だ。
「火天は炎属性としては最弱だけど、不動明王は最強クラスだ。
じゃあ不動が験力を強化してくれるのかと言うと、そんな事があるわけがない。
あくまで自分自身の験力を変化させているだけなんだ。
極端な例を挙げると、験力のない人間が火天真言を唱えようが、不動明王火界呪を唱えようが何の関係もない」
験力があっても修行しなければダメだ。現にわたしや紫織が真言を唱えても、何も起きない。
「修行って言っても、真言を何度唱えても何にもならない」
また、考えている事を見透かされた。これも験力なの?
「お約束で、肉体と精神を鍛えるってのは基本だけど、直接験力に影響を及ぼすのはイマジネーションだ。
火天はその名が示すとおり火を象徴する。でも、大きな炎じゃない。
こんな感じで、自分の中でキャラとイメージを結びつけていく。
次に、そのキャラが自分自身と一体化しているイメージをする」
「それで験力が使えるようになるの?」
「験力というより『呪術』だね。もちろん口で言うほど簡単じゃない。実際、言葉じゃ上手く説明できないな。
どっちにしろ、先ず自分の特性の験力を使えるようにならなきゃ、『呪術』も使えない」
特性か……
叔父さんの話しだと、わたしのは『火』だ。魔物に取り憑かれた時、炎の塊を使って叔父さんを攻撃したらしい。
その記憶は無いし、叔父さんも詳し事は話してくれない。
紫織も同じ魔物に取り憑かれて、雷撃で叔父さんを襲った。
あの時は物凄かった。わたしは恐くて身体が動かなくなり、それで……その……失禁してしまった……
妹にはそれほど強大で恐ろしい験力が秘められている。
わたしは紫織に比べると弱いけど、もう二度とこの
験力を封印しても現実から眼を背ける事にしかならない。
現にお母さんは封印しているのにも関わらず、験力を持つ姉妹を産んだ。忌まわしいこの力は封印したからと言って消えるモノじゃないんだ。
それにお母さんは紫織に取り憑いた魔物を験力でやっつけた。
封印は解けていないって言ってるけど、結局お母さんは叔父さんと同じ超能力者だ。
験力から逃げられないなら、叔父さんのようにちゃんとコントロール出来るようになりたい。
そしてこの呪われた力で大切な物を守れるようになりたい。それが出来れば、呪いは呪いでなくなる。
「で、結局どうすれば、験力をコントロール出来るようになるの?」
「そう結論を急ぐな」
「もうすぐ、爺ちゃんの家に着くから、そしたらウンザリするほど聞かせてもらえるわよ。今の話しとは、全然違うこと言われるだろうけど」
「ん? どういうこと?」
「爺ちゃんは、叔父ちゃんと違って考えが古いから、神仏を信仰する
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