第九話 耳なしの船? 其ノ一
気持ち良さそうに目を細めて、甲羅干しをしている数頭のヤーパルマ。
その脇に、ギラギラと太陽光を反射して、如何にも『近未来です!』と言わんばかりの、流線形の人工物。
さっきキラリと光って、俺にハルとラランの居場所を教えてくれたのは、
パスティア・ラカーナの金属加工技術は、そう低くはない。大岩ファミリーの長男リュートは、腕の良い鍛冶職人だ。シュメリルールの街の工房にはよく遊びに行ったし、作業風景を見学させてもらった事も何度もある。
その様子はテレビや映画で良く見かけた、焼けた鉄を打つ作業そのものだった。この世界では、金型や板金も職人の仕事だ。
でも……。
さすがに
ハルとラランに近づかないように言い含めてから、様子を見に近く。
ステンレスっぽい金属で、大きさは二人用のソファ程度。横たわっているのか倒れているのか、逆さまなのかも定かではない卵形。滑らかな流線形だが『ここ開くんじゃね?』という箇所がいくつもある。
美術館や公園の広場にあったなら、近未来をイメージさせるオブジェに見える。遊園地やゲーセン、テーマパークにあったら、乗り込むタイプの体感型シミュレーションゲームに見えそうだ。
ここが人工物とは無縁の海の上だから『乗り捨てられた未知の乗り物』に見えるのだろう。
問題は『なぜここにあるのか』。
放置されているのか、流れ着いたのか、それとも稼働してやって来たのか……。
恐る恐る触れてみる。太陽に熱せられているはずなのに、不思議と熱くない。軽く叩くとコンコンと金属質な音がする。中には空洞がある感じだ。
耳をつけ、しばらく中の様子を伺ったが、しんと静まり返って生き物の気配はない。
あれとは種類の違う乗り物なのか? それとも、俺の知らない巨大生物の卵なのか?
「ララン、これ、何だかわかるか?」
振り向いて、遠巻きに見ているラランに声をかける。
「えっ? 空飛ぶ船じゃないの? 耳なしの」
「うーん、おじさんもわからない。他の子たちに大人呼ぶ、頼んだ。ハルと街へ戻って無事だ、知らせて。あとナユに謝れよ! 心配してた」
ラランがうへぇと顔をしかめる。叱られて少しは懲りて欲しい。もうこんな騒ぎは御免こうむりたい。
「ハル、お母さん呼んで来てくれ。あと、お父さんのスマホ持って来て欲しい」
「スマホ? 何するの? 写真撮るの?」
ああ、写真も撮っておいた方が良いな。大岩の爺さんやリュートに見せたい。でも……。
俺は以前、忌み地の格納庫での出来事を思い出していた。
あの時、どうしても開かない扉の前で……認証システムらしき物は、確かに俺のスマホに反応した。
「あくびに乗って行ってもいい?」
「ああ、頼む」
あくびに乗って歓声を上げているラランの声が遠ざかる。真夏の太陽と海面からの反射光が、容赦なく照りつける。
サンゴ礁の境目にある、砂浜だけの小さな小さな島だ。日陰のひとつも見当たらない。外海に目を向ければ、水平線が穏やかな弧を描く。この辺りは小さな島が多く、人の住む島もあると聞いている。
十数年前にはタチの悪い海賊が住み着き、近隣の島や街を襲ったらしい。波の音が寄せては返す。海鳥の声が遠くに聞こえる。足元の浅瀬に爪の大きさほどの小魚が、群れをなしてキラキラと光る。
『空飛ぶ船かも知れない、金属の塊』を目の前にしているのに、どうにも集中力が働いてくれない。
さっきまでハルとラランの無事を祈り、焦燥感で頭が焼き切れそうだった反動だろうか? それとも危険のカケラも感じずに、呑気に転がるヤーパルマのせいだろうか。
海の真ん中に一人ぼっちで立っているような景色は、妙に心地良い孤独感を連れて来る。
浅瀬にゴロリと、仰向けに寝転がる。
浅瀬の体温よりも暖かい海水に浮かび、
日差しの強さに
耳の中に暖かい水が満ちて、コポコポと海の音が聴こえてくる。
やべぇ、寝ちまいそうだ。
心地良い静寂は突然、不意に破られた。
「ヒロト、ヒロト! どうして……! 誰に……! 誰にやられたの!!」
あくびから飛び降りたナナミが、背中から棍を抜きながら、バシャバシャと大きく水飛沫を上げて走って来た。
尻尾の毛が、盛大に逆立っている。街の愉快な治療師さんとは、思えない迫力だな。
慌てて起き上がり、立ち上がる。
「ナナミ、ストップ! ごめん……ちょっと、うとうとしてただけだ」
「寝てただけ? 怪我はないのね?
ぐうの音も出ない。
「すまん」
もう一度謝ると、ヘタリと座り込んでしまった。
「もう! 心配させて……間に合わなかったかと思った!!」
さっきの、棍を構えて走って来た時の勇ましさと、耳を倒してへたり込む様子のギャップが激しくて、つい口元が緩む。
「あ〜! ニヤニヤしてる! えいっ!!」
ナナミを抱き起こそうと、伸ばした手を取られて投げられた。
奥さん、ちょっとヒドイ。あと強くて素敵。
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