「アップデート」

ゴジラ

「アップデート」


  1 電脳化



「わかりました。はい。ご連絡お待ちしております。ありがとうございます。失礼致します」……ピッ。

 マーシャルは右手をこめかみに添えて「電脳通信回線」をオフにした。そして放り投げられた人形のようにベッドへと飛び込んだ。

もう何も考えたくない。しかし、この現実から逃げるわけにいかない。そんな自問自答を繰り返していた。

 そんな時だった。

 電脳チップの定期アップデートの通知が来た。

「はあ……」

 ワザとらしく大きなため息を漏らして「明日再通知する」に設定を変えた。今の心境では定期アップデートすら面倒に思えた。

 しかし、通知を受けた直後にアップデートをしなければ頭痛に悩まされることになる。それでも頑なにアップデートをしなかった。それもマーシャルはここ数年アップデートを行っていなかった。

 ただ、今のマーシャルには肉体に痛みを与える感覚が必要だった。

「はあ」

 マーシャルは再び大きなため息を吐いた。と、同時に頭痛の波がやって来た。今回の波は前回よりも大きく、首のあたりまで重くのしかかるように感じられた。マーシャルは少しの間、目を閉じることにした。じわじわと脳内に頭痛の津波が襲い掛かり、次第に薄く広がった。


「痛みが生を実感させる」


 祖父が生前よく言っていた言葉だった。

 電脳化が進んだ現代では、記憶を脳内に付属されたデータチップにしまい込むことが可能になった。その為、嫌な過去からも簡単に逃げ出すことができるようになったのだ。祖父はそれを心底嫌がった。国から義務化とされた電脳化運動にも反抗し、最後は病でなくなった。

 マーシャルにとって祖父のあの言葉が小さな信念となり、心の支えにもなっていた。だから自分が悩むことで生まれる心の痛みと、この頭痛はリンクしているものだと思えば困難の壁から逃げ出さず、立ち向かうことができると思えた。




  2 試練



 頭痛の波も次第に遠のいていき「バックアップ」と脳内で呟いた。

 電脳バックアップデータにアクセスし、先ほどの「電脳通信」を聞き直すことにした。


「ふう」

 聞き終えてからまた大きなため息を吐き出した。

「これじゃあ、ここもダメだろうな」と今度はハッキリと言葉に発した。

 マーシャルは来年の春には大学卒業を控えていた。しかし、卒業前に立ちはだかる「就職」という大きな壁を越えることがなかなか出来なかった。

 疲れ切ったマーシャルは何でも良いから気分転換をしたかった。しかし、友人たちと出かける気にもなれない。むしろ今は誰とも会いたくなかった。

 それほどまで心身ともに疲れ果てていた。今日だけで就職面接を7社分こなしていたし、残念なことにどこも手応えはなかった。

 友人たちが結果を残していく中、マーシャルだけが内定を貰えなかった。それでも諦めるわけにはいかない。今度は気持ちを切り替えようと、敢えて大きなため息を腹の底から吐き出した。

「はあ」

 気を取り直して、電脳メモリーから面接7回分の履歴を再度チェックすることにした。各社ごとにデータをまとめ上げ、傾向と対策をもう一度練りなおそうと思った。

「よしっ」と声を出して、ベッドから起き上がり椅子に座った。

 そして立体モニターのプロジェクターを起動させ、自分の電脳映像とリンクさせた。自室の空中に浮かび上がった3D映像のグラフを操作し、簡単な表を作成して問題点をまとめ直した。

 それでも2社ほどまとめ終えた所で「なんで俺だけ受からないんだ。こんなに頑張っているのに」と怒り感情を空気にぶちまけてから手を止めた。




  3 人間力



 就職は本当に難しくなった。

 電脳社会になった今、必要な能力があれば専用のソフトウェアを購入し、ダウンロードを実行すれば良いだけだった。だからこの時代において個人の技量やキャリアなど、ほとんど価値のない物となってしまった。

 そうして人間の評価は根本に戻った。いわゆる、「人間力」と言った所だろう。だから企業はこぞって「人間力診断テスト」を実施した。

 そこで企業の多くが「ヴァーチャル職場体験テスト」を導入していた。

「ヴァーチャル職場体験テスト」とは。言葉通り、受験者の電脳チップと企業のマザーシステムをリンクさせることで、受験者は電脳世界内の企業で実際に働き、人間関係や勤務態度などを判断される体験型テストであった。

 そのテストは現実世界の1時間にして、おおよそ半年の実務を電脳世界にて体験することが出来た。

 そうして電脳世界で半年間生活したのち、学生は「自分の価値」を査定される。その度にマーシャルは「人の価値ってなんだ」と考えた。




  4 アップデート



 過去にマーシャルは「人間力とは何か」と面接官に聞いてみたことがある。ふと、それを思い出し電脳メモリーからその時のデータを引き起こしてみた。


「君は、もっと素直になれば良いと思う」

 半年間のテストを終えて、面接官から返ってきた返事はそれだけだった。

「素直になる?それがわからないんです。試験に落ちる度、人格を否定されているようでダメになりそうです」

「わかるよ。君の悩みはわかるさ。僕だってそうだった」

「そうだった?その時はどうやって解決されたんですか?」

 面接官は「そうだな」と呟いてからこう言った。

「アップデートを勧めるよ。それだけさ」と無表情で答えた。



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