ぶいさん

第1話

 私は隙間が苦手だ。


 例えば、押し入れの襖が少しだけ開いているとする。

 それは穴だ。

 扉だ。

 

 茫々と続く闇の向こう側には押し入れがあるだけだろうか。


 本当に、そうだろうか。

 なにか別のものが覗いていたりなどしないだろうか。


 考えているうちに自分の中の不安な気持ちがいろんな予想を巻き込んで肥大して、不穏なものに形を変えて、そこから這い出てきてしまうんじゃないかって、私は思うのだ。


 そんなわけない、押し入れの暗がりには衣装ケースと布団が入っているだけだ。

 だけどふとした時、夜中ふいに目覚めた時なんかにほんの少しだけ開いている襖の隙間がとても怖い。

 言い知れぬ恐怖だ。


 だから私は襖を取り外して、押し入れと部屋の仕切りにカーテンをかけた。





 私は黒い物が苦手だ。


 例えば、服を片付けずに放っておくとする。

 布と布の隙間に暗い影ができる。

 

 その影が人の髪の毛に見えたり、またはかさかさと動く名前を出すのも恐ろしいあの黒虫に見えたりするのだ。


 視界の端は曖昧ではっきりと見えるものではない。

 私の視力は大変良くも大変悪くもない。

 人によってははっきり見えるものかもしれないが、少なくとも私には曖昧なものだった。


 その曖昧な視界の端に見えるものは、不安の見せる想像の産物なのか、影の作る錯覚のせいなのかはわからない。


 それでも私は怖いのだ。


 視界の端に見えた生首や、俯く男性や、蠢く黒虫たちが本当はそこにいてこちらを覗っているんじゃないかって。

 頭の中でそんなふうに不安の塊が大きくなってしまうものだから。

 部屋の中で影を作ることは私にとってひどく怖いものだった。


 だから私は服や物を散らかさない。




 私は人間の顔が苦手だ。


 例えば、自分の顔やSNSの実写アイコン。

 学校や会社での人付き合い。


 人の話を聞くときは顔を見なさい目を合わせなさいって教わるものだけど、幼少の頃から人の顔を直視するのが苦手だった。


 顔を見ると言い知れぬ恐怖に襲われるのだ。

 テレビの人間は演者だから作品だからと割り切ればあまり怖くない、でも得意でもなかった。


 だから私はテレビを見るのをやめて、家の中から鏡を取り外した。



 私はそうやって、ひとつずつ苦手なものを私の傍から排除していった。

 恐怖のもととなるものをひとつずつ、摘んでは捨て、摘んでは捨てる。



 いつしか私の生活はとても簡素なものになった。

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