第8話 あの日の事
あれは三年前の会社の新年会の帰りだった。
「フミ〜!もう一軒いくぞー!」
「先輩、もう帰らないと明菜さんが心配しますよ」
俺は結構酒には強い方だ。だがこの日だけは違っていた。ただ酒に酔っていてもあの時の記憶は鮮明に覚えている。
「明菜が心配‥柚葉も心配。てか!柚葉はお前が心配じゃないのかよ!」
「先輩、かなり酔ってないですか?」
「酔ってなど‥‥‥あっ、気持ち悪い」
「はあ〜、まったく。あそこの公園のベンチで少し休みましょう」
「あ、ああ‥‥」
酔った俺は公園のベンチで横になった。
「冷たい飲み物でも買ってきますよ。あと先輩の家の方にも連絡しときますね」
「あ、ああ」
俺はベンチで横になりながら何故かフミの左腕の事が気になりだした。
「先輩、スポーツドリンクです」
「ああ、すまない。‥‥‥なあ、フミ」
「なんですか先輩?」
「お前の左腕の怪我て、確か‥高2の部活の合宿の時にランニング中に、崖から落ちてした怪我と聞いたが」
「ええ、そうですけど」
「それな、なんか引っかかるんだよなー。だってそうだろ、お前は昔から注意深い奴だったはず。しかもお前、あの時はインターハイに出場するはずだっただろ!」
そう、あの時のフミはインターハイに出場することになっていた。違う高校に通っていた俺にも、フミのインターハイ出場は耳に入っていた。せっかく掴んだチャンスを自分のミスで不意にする奴ではない事は、中学時代からの付き合いがある俺は知っていた。
そして俺はしつこくフミに問いただすと
「やっぱり、先輩にはバレバレなんですかね」
「お前とは、中学時代からの付き合いだからな。態度や仕草である程度はわかるよ」
「そうですか‥‥‥この事は、当時の部活の顧問とキャプテンしか話してない事なので、誰にも話さないで下さい‥‥‥」
そう言ったフミの表情はまるで不安げな表情をしながら遠い目をして、あの時の事を話しだした。
そしてフミの左腕の傷跡が自殺をしようとした親子を助けた時に出来た傷だと知った。
そしてフミは、
「先輩‥‥‥俺不安なんですよ」
「なにがだ?」
「あの親子がどうなったか」
「その助けた親子からの連絡は‥」
「ないです。て、たすけたのは俺てこと、明かしてないですからね」
「なんだよそれって。だったら向こうはお前のことを探しているんじゃないのか?」
「だとしても会えないですよね。この左腕の怪我、あの親子に知られたら、あの親子を傷つけてしまいますからね」
「そんなもんかね」
「ええ。けど‥もしまたあの親子に会えて、助けが必要ならば、俺はあの親子を助けたいです。あの頃は俺は学生で力もなかったですから」
そう言ったフミの瞳は、やはりあの親子の事が気がかりなのか、心配そうな、そしてあの親子の安否を気にしている様な表情をしていた。
◇◇◇
「フミちゃんにそんな事があったなんて‥‥‥」
明菜さんは、翔先輩から話を聞いて驚き、そして今まで知らなかった自分の事を恨んだ。
そして翔先輩にも。
「ねえ、あなた。何故私には教えてくれなかったのよ!」
「教えたところでどうする?それに他人から気を使われるのが嫌いなフミだと、君も知っているじゃないかよ」
「‥‥‥それでも‥」
翔先輩に言われて言葉が出ない明菜さん。
そして翔先輩は由奈を哀れむ表情をして言った。
「由奈さん、あいつ‥フミは今でも貴女を助けたいと思っているんですよ。そんな奴をまだ恨むんですか」
「それでも私のこの過去は消えない‥‥‥」
「由奈さん!」
その時、リビングのドアが開いて、そこには
「先輩、さっきスーパーでブドウを買ったんでおすそ分け‥‥‥て、どうしたんですか?」
俺と柚葉がリビングに入って行くと、みんなは俺を見る。
「フミ!」
「フミちゃん‥」
「あなたが‥‥‥フミ‥」
「えっ?」
由奈は俺を見ると表情を変えた。その目はまるでいままで探していた恨みがそこにあるかの様な目をしていた。
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