あくふく!~悪夢の復讐少女~

葉月雅也

第1章 『復讐の幕開け、新たな出会い』

第1話 『冬の訪れ 物語の始まり』

 肌に突き刺すような寒さの五時。喧しいアラームが部屋中にこだまする。布団の中でもそもそと動く人物は、左腕だけ出して必死に目覚まし時計を探す。

 ようやくそれを見つけ、布団から顔まで出すと目覚ましのスイッチを押す。ボサボサになった髪を掻き毟りながら洗面所までゾンビのように足をひきづりながら歩いた。


「ようやくお目覚めか、アオイ。早く朝食を食べてくれ。いつまでも流しが片付かない」

「私はアオイ。すーぱーうーまん」

「寝ぼけているのか、顔を洗って早く!」


 アオイが起きてきたのに合わせてもう一人の女性は食パンをトースターに放り込む。そしてブラックのコーヒーを注ぎ、テーブルに座ってアオイが来るのを待った。


「お待たせ、メグ。相変わらず発育がいいわね」

「もう一度夢の世界に連れ戻してやろうか?」

「朝のジョークよ」


 まったく目が笑っていないメグは、長い茶髪の髪をかきあげ後ろで一本に纏める。ただならぬ雰囲気を漂う中、トースターの焼き上がりの合図が休戦協定の合図のように二人の動きを止めた。構えた腕を下ろし焼き立ての食パンを皿に乗せ、冷蔵庫から取り出したジャムと共にテーブルに並べる。


「「いただきます」」


 食前の挨拶を律儀に守り、手を合わせてから食事を始める二人。しかし二人の間に会話は生まれることはない。ただただ食器に箸がぶつかる小さな金属音か食パンのさくさくとした音しか聞こえなかった。先に食事を終えたのはメグの方で自分が使った皿を流しに運び込み、洗面所に向かった。

 その場に残されたアオイは、テレビの電源を入れてニュース番組にチャンネルを合わせる。朝のニュースを背景に残りの朝食をペロリと平らげてみせた。


「物騒な世の中ねぇー」


 テレビに映し出される映像はどれも殺人事件や強盗といったどれも死人が出ている事件ばかりだった。立て続けに起こる事件に警察の調査も遅れていることに対して、横に並んだコメンテーターが何やら偉そうに意見を熱弁している。


「他人事のように言っているがそのうち何件がお前が遂行した依頼なんだろうな」

「最初にやった三本の話題に私が、いえ私達が関与しているわね。そうなると物騒なのは私達かしら」

「わかっていて何より。さて部屋の掃除を始めるからさっさと片付けて」


 残った食パンを口に放り込んで合掌。急いで食器を重ねて流しに運び込んだ。皿を丁寧に洗いつつ、リビングにかけられているアナログ時計を見る。

 長針はもうすぐで頂点短針は数字の七を指そうとしていた。

 洗い終わった食器を乾燥機に放り込み、急ぎスイッチを入れる。自室に戻り、部屋着から制服へと着替える。今年で三年目ともなれば制服に着替えるもの数分もかからない。


「メグ、急いでそろそろ準備しないと――」

「もう終わって誰かさん待ちなんだよなぁ」


 玄関で支度を終えたメグがほくそ笑んでいた。聞こえるような大きな舌打ちをして再び洗面所へと消える。寝癖でアートのような髪型になっている髪を必死でアイロンをかけまっすぐにする。

 数分の格闘の末、どうにか身支度を終えたアオイは玄関で待つメグのもとへ向かう。


「お待たせ」

「毎朝誰かさんのせいで遅刻してしまいそうだ。そしたら困るの誰だろうねー」

「なんで真面目キャラでいこうと思ったのかしら昔の私は。メグみたいにお気楽キャラで通せばよかったわ」


 ぶつぶつと文句を言いながら玄関のドアを開ける。冬の本格的な寒さにドアを閉めようとした。だが後ろからメグにぐいぐいと押され、ところてんのように家から追い出される。


「寒いからって家の中に戻ろうとするなよ。本当に遅刻する」

「偉そうにしているけど今日課題提出日よ。終わっているの?」

「面倒だからやっていなかったさ。だから今朝アオイが寝ている隙に全部写した」

「バレても知らないわよ」

「問題ないさ」


 話す声に合わせて白い息が朝焼けに照らされる。寒さにかじかむ手を必死に擦りながら最寄りのバス停でバスが来るのを二人は待つ。数分待たされ、予定通りに巡回バスがゆっくりと目の前で停まった。

 バスに揺られること四、五十分。アオイは教科書片手に流れ行く町並みを退屈そうに眺めていた。窓から差し込んでくる日差しとバスの暖房のダブルパンチにうとうとしだす。突然、隣から肘打ちを脇腹に喰らい彼女はその場にうずくまる。


「昨晩は確かに忙しかったが、それでもある程度は寝れただろ」

「メグ……覚えておきなさい」


 学校の近くのバス停で二人は降りた。既に他の生徒の姿もちらほらとあり、体育の教師が大きな声で挨拶している。けれどもそれに対して消えるような声でしか挨拶は返ってこない。集団に紛れてそそくさとアオイ達も校門を通り抜けた。


 その日は特に彼女達の日常において大したこともなく、日が傾く。ぞろぞろと帰宅していく生徒達、校庭に残って部活動を勤しむ生徒達。それぞれの放課後を過ごす。

 アオイ達は早足でバスに乗り込む。滑り込みで乗ったにも関わらず、一番手前の座席が空いていてそこに座った。


「今晩は

「心配しなくてもすぐに終わらせるわ」

「だから帰るまで仮眠するから、家の近くに着いたら起こして」


 主語のない短い会話で今晩の予定を合わせる。それだけを残してカバンを抱えすぐに眠りだした。数分も待たずにメグの隣から小さな寝息が聞こえ出す。

 カバンからスマホを取り出してイヤホンをつけた。音楽プレイヤー代わりに音楽を流す。


***


 ビルが所狭しと乱立している大都会。都会のビル風をもろに喰らいつつ、一人の人物が非常階段を登っていく。周囲には誰も居らず、屋上のフェンスを乗り越えた。反対側まで歩いて行き、フェンスに肘をつきながら夜の街並みを見下ろす。

 過酷な環境で労働を繰り返すサラリーマンの救難信号の照明によって都会のイルミネーションのようになっている。


「本当はこの上で満天の星空が見えているはずなのに、ちょっとだけ寂しいわね」


 突然吹いた強風に羽織っていたコートのフードが飛ばされて、素顔が露わになる。マフラーを口元まで巻いているが確かにそれはアオイだった。真剣な眼差しで眼下に広がる街の光を見ていた。

 アオイの左耳に装着しているインカムからメグの声が聞こえた。通話している相手の背後ではパソコンのファンの音、そしてメグのタイピング音が鳴り続けている。


「すまない、サーバーを経由してあたしの場所を割られにくくするのに手間取った。寒くないか?」

「……別に気にならないわ。それより本当に屋上に来るの?」

「間違いない。奴は必ず喫煙するために屋上に来る。さあ早く隠れて」


 植物が植えられているプランターの背後に身を潜め、一つしかない内部からの入り口を注視する。彼女の左足に不気味に光る黒い物が巻かれていた。そっとそれを撫でると、入り口のドアが少々乱雑に開けられた。アオイの表情が一気に怖まる。


「……ターゲットと思われる人物が、一人引き連れてやって来たわ。あれは、護衛かしら」

「違うだろう、この建物は全て禁煙。それでも社内には一定数の喫煙者がいる。どこにも吸う場所はないが、屋上だけはお咎めがない。喫煙によるコミュニケーションがあるという話もある」

「一人になるのを待つ?」

「構わん。殺せやれ


 左足に巻かれたレッグホルスターからハンドガンを取り出す。プランターから少し体を出し、両手でしっかりと構えて銃口を目標の頭部に定める。

 安全装置を外し、引き金に指をそっと添えた。添えた指に力を込める。短く高い発砲音と共に一発の弾丸が発射された。


「うぐっ――」

「主任!?」


 ターゲットのこみかみに数センチの穴が空き、白目を剥きながらその場に崩れ落ちた。こみかみから赤黒い血が絶え間なく流れ、口から泡を噴いていた。

 目の前で何が起こったのか分からず男性はおろおろしつつ、後退りする。顔面蒼白しつつも必死に逃げようとするが次の瞬間、左足に鋭い痛みが走った。あまりの痛みに前のめりに倒れ込む。


「な、何が起きている。夢なら覚めてくれ……」


 泣き言を言いながら男は匍匐前進で建物内へ逃げ込もうとする。階段を手すりにしがみつきフラフラになりながら立ち上がった。一段一段かなりのスローペースで降りていくが、彼の頭に固い何かが突きつけられた。振り向こうとするが、固い何かで殴られる。


「動くな。余計な詮索はしないことね」

「わ、わかったからその物騒なものをしまってくれ」


 スッとそれは彼女の足元に戻った。安堵したような表情を浮かべるが、向かって左から飛んできた蹴りと壁に挟まれる。頭蓋骨が軋んで悲鳴を上げる。加減されていない容赦ない蹴りを無防備な一般人が耐えれるはずがなかった。衝撃で千鳥足になりそのまま階段から転げ落ちる。そして最後は心臓を鉛玉に貫く。


「何者……なんだ……お前は」

「私は“Nightmare” お前みたいなゴミを清掃している人間だ」

「人間って――」


 彼の最後の言葉を遮るように真顔で発砲する。

 飛び散った体液に眉をひそめつつ非常階段から何くわぬ顔で現場から立ち去る。


「早く撤収しなよ。薬莢や壁にめり込んだ弾はそのままにしておけ。銃種を大凡特定できたところで、あたし達までたどり着ける可能性は限りなく低い」

「……了解、今から撤収する」

「最寄りの駅で待っている。帰るまでが依頼だ、気を抜かないように」


 メグに一方的に通信を切られ、非常階段の手すりに寄りかかった。遠くでサイレンの音に反射的にそこから飛び降りる。

 脇をしめ全身の力を抜いてつま先から地面と接する。足の裏に衝撃が伝わる前に膝を抱えて左に倒れた。地面にすねがついてから後転する。大の字で横たわる彼女の鼻を強烈な悪臭が襲う。


「クッサ……」


 柔らかい場所だと彼女が思っていたのは生ゴミの袋の上だった。ゆっくりと体を起こし、肩に付いたバナナの皮を投げ捨てる。

 ビルの背後に位置する場所にポツンと建つ廃墟で指示されたボストンバックを回収した。


「集合時間には間に合いそうね」


 着替えを済ませ、取り出した腕時計を見ながら夜の繁華街へと繰り出す。派手なネオンと酒飲み親父達の品のない話し声が様々な店から聞こえてくる。

 集合場所まではどんなにゆっくり歩いたとしても十数分で着く。しかしアオイの歩く速さは徐々に上がっていった。


「……まずいわね、思った以上に遅くなっちゃたわ。そうなると塾帰りか不良か夜間バイトの帰りの三択になる。さてどういう言い訳に――」

「ちょっと君いいかい。こんな時間に君みたいなまだ高校生くらいの子がいるのかな」

「……っやば巡回か」


 流石のアオイの顔にも大粒の汗がだらだらと流れる。適当に言い訳しようと声がする方に振り向くとそこに立っていたのは、見慣れたメグだった。安堵したようにメグの脇腹を軽く小突く。


「ごめんごめん。冗談、冗談あたしだ。あまりにも来るのが遅かったから……って何か臭くないか?」

「……そこには突っ込まないでほしいわ。生ゴミにダイブしたなんて」

「そういうオチか。まあお疲れ、荷物持つから渡しな」


 メグにカバンを突きつけ駅まで並んで歩く。改札を通り抜け終電を人気ひとけのないホームで待った。

 一本の電車でネオン輝く都会から一変して閑静な町へ戻ってくきた。最寄りの駅で降りた時は一寸先は闇で街灯の僅かな明かりがピンポイントで照らしている。


「正直驚いた。今回の依頼はスルーこと前提で話を進めていたから実行に移すとは。何か心を突き動かすものでもあったか?」

「別に大した理由なんてないわ。ただ権力を暴力で使用したことにちょっとだけ腹が立っただけよ」

「そっか」


 家の前に着いた時メグのポケットでスマホが震える。メッセージのタイトルを見た時、一瞬表情が曇る。アオイに先に家に入るように伝えて家の前の縁台に腰を下ろした。


あたしは前線から身を引いたんだ。もう――の名を名乗ることはない……」


 自分が持ってきたカバンの中から缶ジュースを取り出す。夜空に浮かぶ無数の星々を眺めながらプルタブを起こした。だが決壊したダムのように炭酸飲料が噴き出し、メグの右手をびちゃびちゃにする。

 無言で缶を握りしめる手に力が込められていく。金属が軋み瞬く間に形状はねじ曲げられた。


「チッ……。アオイー、タオル持って来て!」


 夜の静かな町中がメグの声を強調する。そんなドタバタな日常は一例に過ぎない。

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