ショートモデル

ちとせ

ハロー、スマートフォン1

 ハロー、ぼくはスマートフォン。kobiToモデルの22M型、カラーはブラックだよ。

 サイズは15センチの人型。

 着せ替え人形ってわかるかな? あんな感じでオプションをつけて、飾り付けたりするんだよ。

 ちなみにぼくは、リョウくんみたいに眼鏡をかけているんだ。


 そうそう! ぼくの持ち主はリョウくんというんだ。これ以上の個人情報は守秘義務に引っ掛かっちゃうから、秘密にするね。

 リョウくんはそそっかしくて、大雑把で、ねぼすけで、困ることがいっぱいある。

 例えばこうして朝起こすときとか、毎日大仕事だ。だから昨日も早く寝ようって、提案したのに……。


「リョウくん、起きてよー!!」


 電子音を響かせ、両手を口許に添えて大声を張る。むにゃむにゃと布団を被るリョウくんはちっとも起きる気配がなくて、途方に暮れてしまった。

 だから夜更かしゲームはやめとこうって、提案したのにぃ……。


「リョウくーん! あーさーだーよー!!」

「うるさいにゃあ……」

「わあ!?」


 ぬっと伸びてきたリョウくんの手が、ぼくの身体を掴む。そのまま目覚まし時計の画面を消され、ぼくはぽいっと布団の外へ投げ出されてしまった。

 呆然と掛け布団からはみ出たこげ茶の髪を眺める。刻々、自分の中で秒刻みに時間が流れているのを感じた。

 ……どうしよう、このままだとリョウくん、遅刻しちゃう……。

 でも他に目覚まし時計の設定はしていないし、ぼくも命令違反は出来ない。だからあと三つは設定しとこうって、提案したのに……!


「……リョウくん、7時20分だよ。あと10分でお家出ないと、電車行っちゃうよ?」

「んむむ……?」


 のそりと顔をもたげたリョウくんが、寝惚け眼でこちらを向く。無言でデジタル時計と文字盤の時計を映し出した。

 ついでに電車の乗り換え案内も立ち上げて並べておく。それでもって、今日の日程についても、スケジュール帳から引っ張り出して掲示した。


 がばりっ! 布団から起き上がったリョウくんが眼鏡をかける。さっと顔色を悪くさせた彼が、裸足を折り畳みベッドから下ろした。


「やっば! 遅刻じゃん!!」

「だから言ったのに~!」

「うわ、ちょ、1分ごとに知らせて!!」

「22分!」

「ぎゃあ!!」


 ばたばたと洗面台へ引っ込んだリョウくんが、ばしゃばしゃ水音を立てる。

 毎朝思うのだけど、驚きの速度で支度を整える彼は、スリルを求めているのだろうか? もうちょっとゆとりを持って行動すればいいのに。作業タスクぱつぱつにならないのかな? 人間ってすごいね。

 上着を羽織って、鞄を持ったリョウくんがそのまま玄関へ向かおうとする。

 あ、あれ? ぼくは!? ま、待ってリョウくん! 置いて行かないで……!


「リョウくん、まっ」


 ばたん! 閉まった扉が、ばたばたと音を遠ざける。伸ばした自分の両手が物悲しい。

 ばたたた!! 近付く足音が乱雑に扉を開けた。血相を変えたリョウくんがぼくを鷲掴み、上着のポケットへ突っ込む。


「やばっ、今何分!?」

「32分」

「ぎゃあ!!」


 走るリョウくんが家の鍵をかけ、それをぼくと同じポケットへ突っ込む。

 ちなみに反対側のポケットには、定期券が入っている。ICカードとぼくは相性が悪いから、できれば一緒にいたくない。カードが悪くなっちゃう。


 ばたばた走る振動に合わせて弾む身体を、鍵を抱えて重石にした。

 ……リョウくん、ぼくのこと、もうちょっと丁寧に扱ってほしいなあ……。ぼくがいないと困るのに……。

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