あなたが恐れる一番怖いもの屋敷

ちびまるフォイ

自分が恐れるもの

「まーくん、私こわい~~」

「ははは。俺がついているから大丈夫だよ」


街に新しくできた「最恐のお化け屋敷」に二人でやってきた。

あまりの怖さに一度入った人はもう二度と入りたくならないのだそうだ。


見た目はおどろおどろしいどころか簡素な作り。

外観だけならライブハウスだと言われても騙されそうだ。


「では次の方どうぞ」


案内に従いついに入り口に立つ。


「まず、ここに入る前に注意点がひとつあります。

 出口には二人で出ること。

 これだけは守ってくださいね」


「どういうことですか」


「グループで入った団体でも慌てて出てくる人がいるんです。

 他の人を置いてけぼりにしてしまったりね。

 なので、出口は入場時と同じ状況でないと出れませんから」


「わかりました」

「もう私こわいぃ~~」

「よしよし俺が守ってあげるよ」


「ではどうぞ」


入り口が開くと中は薄暗くなっていた。

もうこの状況で彼女が寄せてくる胸の感触に鼻の下が伸びる。


「なにか出てくるかな……」

「ほらもっと近くに寄って」


しばらく歩くと液晶ディスプレイがあった。

最近のお化け屋敷は映像で見せるのかと感心した。


勝手に電源がつくと、画面に仕事だと偽ってキャバクラに行っていた自分の姿が映し出された。

しかも言い逃れできないように日付と時間まで明記されている。


「な゛っ……!!」


背中にドライアイスを打ち込まれたようにひやりとした。


「まーくん……なに、これ」


「これは……あれだよ……あのぅ、仕事の……接待で……」


「ここに字幕で来店人数:1人って書いてあるじゃない!」


「なんでそこまでバレてるの!?」


暑いはずなのに冷や汗が止まらない。体が寒い。

あまりの恐怖に口ががちがちと歯を鳴らし始める。


と、目の前に写真が吊るされているのが見えた。


「これは……?」


手に取ると、彼女が知らない男と撮ったプリクラだった。


「おいおいおいおい! お前こそこれなんだよ!?」


「い、いまは関係ないでしょう!? まーくんの話をしてるのよ!」


怒りに満ちていたはずの彼女の顔が恐怖でゆがむ。


「この日付、俺が出張だった日じゃないか!」

「男友達だから!」

「うそつけ! ここに大好きって書いてるじゃないか!」

「それは直前に食べたタピオカのことを言ってるのよ!」

「なわけあるかい!」

「それよりさっきの映像を教えてよ!」

「あーー……その……」


痛いところを疲れて後ずさりながらお化け屋敷を進んでいく。


「……あ」


通路の横にかつて別れた元恋人からのプレゼントが置いてあった。


「ちょっと……」

「あばばばば……」


「私、そういうの嫌いって言ったよね?

 昔の女と私を比べるみたいなの嫌いって!」


「これはこの屋敷側が設置したもので……」


「じゃあなんでここに"from 自宅のベット下"って書いてあるのよ!

 捨ててって言ったのに、本当は捨てずに隠していたのね!」


「う、うわぁぁあ~~!!」


彼女の剣幕とバツの悪さから思わず逃げてしまった。

これほどに恐怖する状況まで追い込まれたことはない。


先に進めば進むほど、俺だけでなく彼女の秘密の情報も載せられている。


「え!? あいつ裏アカでめっちゃ俺の悪口言ってるのかよ!?」

「実はまだ元カレと連絡取り合ってるって……そんな!」

「俺のカードを使ってめっちゃ買い物してる!? うそだろ!?」


中を進めば進むほどにお互いの醜い部分があらわにされていく。

早く出たいと出口へとたどり着いた。


だが、出口は固く閉ざされている。


「おーーい! 早くここを開けてくれ!」


扉越しに声が返ってくる。


「言ったはずです。必ず出口には二人できてくださいと」


「そんな状況じゃないんだよ! 合えば確実に別れることになる!」


「そんなこと知りませんよ」

「お前がここを作ったんだろ!?」

「私はただのバイトです」


コツコツとヒールの音が聞こえる。

今にも失禁してしまいそうなほどの恐怖が体を走る。


もはや自分のことを棚に上げて批判するほどの覇気はない。

かといって謝るにも体に力が入らない。


暗がりから彼女が出てきた。


「……どこまで見た?」


「お前! まだ元カレと連絡取ってるんだって!?」


「そっち……」

「お互い様じゃないか!」


「この……!」

「浮気ものーー!」


ストリートファイトが始まろうかと思った瞬間。

暗かったはずの屋敷に電気がついた。


暗くて見えなかったが足元はガラス張りで奥にあるディスプレイには、

今の自分達が過ごした幸せそうな映像が淡々と流されていた。


「これ、こないだ行った公園の……」

「あっちは一緒に食べた牧場のアイスクリーム……」


映像に映るふたりは傍目から見ても引くほどのバカップルで、

でも周りの目を気にしないほど幸せそうに見つめ合っていた。


それを見ていると心に燃えていた怒りの炎もどこかに消し飛んだ。


「まーくん、私……」


「気にしなくていいよ。過去がどうであれ今の君はここにいる。

 俺はそれだけで十分に君を愛するだけの理由がある」


「私も! 過去がどうあれ今のまーくんが好き!」


二人は入り口のときのように手をつないで出口から外へ出た。


「おかえりなさい。よかった、ちゃんと二人でお戻りできましたね」


「はい。今の彼女が好きだったことを思い出しました」

「私も。とっても素敵なお化け屋敷でした」


「でしょう。怖いけど最後はハッピーエンドがうちのモットーです」


「本当に素敵な時間だったわ。あなたが開発を?」


「いえ、中で液晶とかを動かしている人が開発者です。

 SNSやらを通じて二人の情報を集めてテンポよく公開していたんですよ」


「そう」

「ありがとうございました」


雨降って地固まる。二人の結束はますます強くなった。







『先日、何者かにより『最恐のお化け屋敷』の開発者が殺害されました。

 目撃者によると屋敷内で『見た?』と聞かれ『年齢をサバ読んだことか?』と答えたところ

 体を上下にまっぷたつにされたそうです。警察はただいま犯人を探しーー』



「なあ、また今度あのお化け屋敷に行こうか?」


「もう行かなくていいんじゃない? お互いに見られたくないものもできたでしょう?」

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