不健康な保健委員

 その閉鎖的空間には、瘴気が漂っていた。


 中世の無知な大衆は、細菌やウイルスなどの存在の代わりに淀んだ病理の空気の存在を瘴気と呼びそれが元凶と信じていた。空気感染するウイルスもあるのだから、あながち的外れでもないのかもしれない。


 ギリシャ語で罪の元々の意味は、「的外れ」というらしい。俺は、何の罪を犯したと言うのか――



 身体測定当日を迎え。ダメ元で周りの席のクラスメイトに手伝ってもらいたいと声を掛けようとしたが――


 きつい…まず人間関係が出来ていないのだ。周りの顔も見れない。一人で蝋人形の館にいるような恐怖教室。


 ええいっ!身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれっ!!。勇気を振り絞り、隣の席の曇り眼鏡男に声を掛ける。


 コトワラレタ。 


(カブローンっ!!)


 ちっ!お前の顔は覚えた名前は今忘れた!二度と話掛けん。まぁ想定内だけれど。


 しんどい。休憩時間自分の顔に手を覆ってマスクにして時間潰している時ぐらいしんどい。休んでも良かったんだ。しかし俺には変なプライドがある。逃げるのは嫌だ。学校という閉鎖社会で友人なし、協力者なしの酷い現実が目の前に有っても逃げたいとは思わない。


 逃げたらクラス連中から追い討ちを掛けられるのだろう。悲しいが自分より立場が弱者と分かった瞬間、集団でするのが世の常だ。勝手に決められた役割ロールだとしても。他人に面倒事を押し付けて楽しようとする最低なこいつらと同類になってしまうのは、もっとしんどい。


 ゼロ、元々何もこの場所には、無かった。ただそれを再認識させられただけなのだ。俺は他者に期待など初めからしていない。自分が人を動かすなど、傲慢だとも思っているし、反面俺も面倒事には、関わりたくはない。だから鏡に、対話しているようなものだった。


 身体測定は、女子は保健室、男子は芸術棟の茶道部の部室でもある和室で行われた。

 俺、茶道の所作を知らないので帰ったほうがいいですか?と担任に言ったが頭を叩かれるだけだった。はぁぁ、千利休も茶室で身測する未来が来るなんて思いもしなかっただろう。俺は茶道を冒涜したくないだけなのに。

 養護教諭から一人で大丈夫かと訊かれたが、大丈夫とおうむ返しに答えるしかない。仕事の段取りを教えてもらい初めは順調な滑り出しだったのだが――


 とは言え一人では、どうしようもなかった。時間が経つにつれ滞り始めた。あれだ。朝のコンビニ状態だ。ピーク時間の準備でレジ袋をすぐ取り出せるよう袋を何重にも袋重ねして準備はしていたんだけれどね。コンビニのくじ引きは、止めたほうがいいですよね。店員さんマジ苦痛。変にいらないペットボトルのお茶が当たっら速攻で財布の中にくじをねじ込むけどね俺は。通勤通学のピーク時間帯のコンビニ地獄。まだ終わらないのかと怒号も飛び始めた。皆さんご存知ないようだ。スーパーのレジ打ちのおばあちゃんは、並んで待っている人達よりも遥かに強いストレスを感じている事に。レジで並んでいる時イライラするのやめようね♪


 それでも涙は出なかった。泣きそうではあったけれど。しかし顔は貧血のように青ざめ血の気が引いて行くのが分かった。このままでいたらマジで倒れ込む…ストレスで。血行が悪くなって来たのだろう。持病の喘息が起こり咳が止まらなくなった。喘息のひどくなるきっかけは、色々ある例えば、お笑いの深夜ラジオを聞いていて、大笑いしたきっかけで、発作が起きる事もあり、結果笑えなくなったりもする。


 こんな時の準備は常にしている。ズボンのポケットの中に入れて置いたジップロック付きビニール袋に収納していた気管を拡張する薬が入った手の平サイズのL字型吸入器を取り出し、口に加え薬を吸入した。

 ここまで酷い事になるとは…喘息は治まったが茫然としていたその時。


「お手伝いしますっ!」


 淀んだ埃だらけの空気を浄化するような澄んだ声だ。朝の公園の木々から発生するマイナスイオンのような…。



 ☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆ ☆

 ☆☆☆✴️ ☆☆ ☆☆☆

 ☆☆☆☆☆



 昔のアメリカ映画、女優がアップされた画面のように彼女だけ輝いて見えた。

 俺の目の瞳孔が、開ききって、彼女のあらゆる画像情報を収集しようとしているようであった。後から思い返すと俺はゾーンに入っていたような気がする。狩猟をしていた祖先の遺伝子のやる気スイッチが入ったのか…。


 さらさらの黒のロングストレートが靡いている。目は猫のように大きく茶色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。背は高く170を越えているようだ。


 モデルさんですか?胸も大きく、ブラウスのシワは伸びきっいて、留めているボタン達も苦しそうだ。


 ん?何故身長を概算出来たかって?あれあれあるでしょ?郵便局とコンビニとか防犯対策で扉に身長メーターが貼ってあるの!あの理屈!身長計の近くに彼女が立っていたから!


 別に凝視していたんじゃないんだからね!


 眼からの情報を脳が高速で解析している、今までネットやテレビでも見たこともない美少女だ。こんな子この学校にいたんだ。っていうかなんで女子が此処に居るの?別棟の保健室なのでは?


「この子も手伝ってくれるわ。あなたが一人で記録してるから手伝ってもらいに呼んだわ」


 保健の先生が恩着けがましく声を掛けて来た。


「私は女子の様子を見てくるから、お願いね」


 先生の声を聞き流し。


 俯いたまま。


「す…すいません。ありがとうございます」


 動揺して、なのに敬語口調になってしまった。


「(やぶ……)」


「や?」


「ん…初めまして。私はF組の上敷領 《かみしきりょう》アイナと言います。宜しくお願いします」


 こんな丁寧に話す同級生初めて会いました。


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