16話 祭り後
最近はもう恒例となりつつある、図書館の勉強会。カリカリと彩乃がシャーペンの音を鳴らす。四葉はいない。詳しくは知らないけど、どうやら用事があるらしかった。
俺はといえば、相変わらず呪いについて調べている。
本で調べるのは一旦休憩。もともと四葉と違って本を読まなかったから、活字は単純に疲れてしまう。しかし何もしないのも落ち着かず、結果スマホで検索をしていた。
検索ワードは「呪い」とか「幸せ」とか「生き返り」とか、その他もろもろ。それを組み合わせたりして、出てきたサイト一覧をスクロールする。
「――っ」
小さく舌打ち。
確かにそのキーワードは入ってる。でも呪いが題材のアニメや漫画とか、ネット小説ばかり。それ以外があったとしても胡散臭く、そして宗教臭い。
見つからない。自然と貧乏ゆすりが早くなる。胸の底から何かが迫り上がってくるような感じ。落ち着かない。
ああ、イライラする。
「はぁ……」
なんとか発散しようとスマホから目を離し、正面に座っている彩乃に視線を向けた。
テストまであと二日。それもあるだろうが、俺の知らないところで四葉に発破をかけられているのだろう、彼女にしては珍しく真面目に取り組んでいた。
うんうんと顔をしかめて、何度も首を傾げながら。しかし初めと比べると明らかに手が動くスピードが速い。
次いでその向こう。彩乃の後ろには小さな窓があった。そこから紅と藍が入り混じった空がよく見える。
なんとなく、夏祭りの日を思い出してしまう。
『とても残酷なことなのかもしれないわね』
「ああくそ……はぁ……」
「……ちょっと夏樹ー? ため息多くない?」
彩乃は不満げな表情と共に顔を上げた。
「そんな多いか?」
「多いよ! もしかして自覚ないの?」
「まぁ……」
「ならしょうがないのかなあ、うーん……ま、いっか。どっちにしろやめてよねー。こっちの気分まで下がっちゃうから」
するとまた彼女は勉強を再開した。
そんなに出てただろうか。
でも憂鬱なことには変わりなかった。
四葉に祭りでそのことを言われてから、二日。二日間ずっと、あの言葉が呪いのように俺に張り付いている。
呪いを解くのは『残酷』だと、彼女はいった。
いや、なんだよ残酷って。それをいうなら、今の四葉の状況の方がよっぽど残酷だ。
幸せになれないなんて、何度も死んでしまうなんてつらいじゃないか。
それじゃなにか、四葉は死ぬのが好きなのか? いや違う、好きじゃないと以前言っていた。
なら呪いがないのが、好きに幸せと思うことができることが嫌なのか? 違う、と思う。四葉は別にマゾヒストじゃない。
何が残酷なんだ。何が嫌なんだ。呪いを解くことの、何がダメなんだ。
わからない。今まで四葉の感情はわかりにくいことが多かったけど、今回は飛び抜けてわからない。
わからないから、イライラする。
紛らわそうとネットを見れば、またイライラする。
気がつけば、また貧乏ゆすりが早くなっていた。
「ねーねー、夏樹ー」
「……なに?」
「ここ、教えてー」
スマホを置いて彼女の隣へ。彩乃が開いていたのは数学の問題集だった。
「ああここはこうやって――」
「こう?」
「じゃなくて……ああもう……!」
言葉に少し力がこもり、ガシガシと頭を掻く。
これ基本中の基本だし、つい一昨日授業でやったとこだろ……!
「えと……ごめん」
彼女は申し訳なさそうすこし俯いていた。かと思うと気まずそうに笑って見せる。
それを見てようやく今何をしたのか理解した。
「あははー……もうちょっと自分で頑張ってみるね」
「いや、その……ごめん、今のは俺が全部悪い」
彩乃に向かって頭を下げる。
たとえイライラしてても八つ当たりはダメだろ。ましてそのイライラに彩乃は何も関係していないんだ。
しかし謝ったとしても微妙な空気になってしまった。気まずくてどこか落ち着かない。
「……今日は帰るか」
「あれ? もう? 早くない?」
「たまにはいいだろ。ほら、帰りになんか奢るから」
「マジで!? やったー!」
満面の笑みを浮かべたかと思うと、彩乃はご機嫌に片付けを始めた。
……現金なやつ。鼻歌まで歌ってるし。
「言っとくけどコンビニとかだからな」
「わかってるってー。何にしよっかなー」
結局イライラの原因は調べ物だ。夜はもちろん、学校にいる時もなんだかんだそのことばっか考えてるし。息抜きとして、彩乃と話すのもいいかもしれないな。
そんなことを考えながらカバンにノートとかを雑に突っ込む彩乃を見ていると、「あ、そうだ」と突然こちらを向いた。
「で、今度は四葉ちゃんとなんかあったの?」
「なんで――」
勢いよく立ち上がり椅子が倒れる。
なんでわかったんだ!? と言いそうになったのを寸前で飲み込んだ。
かなり大きい音がしたらしい。周りからの視線に軽く頭を下げ、椅子に座り直す。
「……なにもない」
「え、今の反応しといて嘘つく?」
「その目を止めろ」
彩乃ならごまかせるかと思ったけどダメだったか……。
というかそのかわいそうなやつを見るような目を向けられてるのがむかつく。
「はぁ……そうだよ、四葉だよ」
「やっぱりねー。ってか何してるの? 夏祭りの二人で行ったじゃん。私手助けしたじゃん」
「あれは助かった。ありがとう」
「へへへー。どういたしまして!」
すると今度は照れたようにクネクネしだした。本当にコロコロ表情が変わるやつだ。見ていて飽きない。
ちょうど彩乃は片付けが終わったようだった。「んー!」と上に伸びをすると、体が沿って、彼女の凹凸のある体躯が強調される。
……彩乃って結構胸あるんだな。
「……ん? ちょっと夏樹? どこ見てるの?」
「え、あ、いや……!」
「そーゆうことしたから四葉ちゃんに嫌われるんじゃないの!?」
「嫌われてはねーよ!」
嫌われてはいないはずだ。嫌いなら二人で夏祭りになんていかない。それに四葉のことだ、きっとすぐに別れを切り出してくる。
しかし彼女は納得してないのか、ジト目でこちらを睨みつけてくる。
「……ほんとかなあ、夏樹、結構エッチなとこあるからなあ」
「ないから、むしろ健全だから」
「本当に何もしてない?」
「……だからしてないって」
何かをしたわけじゃない。何かをされたわけじゃない。
そうわかってるはずなのに、どこか後ろめたくて。
まっすぐな彩乃の視線からつい逃げる。
「本当に何もしてない。強いて言うなら――すれ違いだな」
すれ違い。
これが一番しっくりくる。
互いの価値観の違い。欲求の違い。きっと誰が悪いというわけでもないのだろう。
結局、どちらかが折れるか歩み寄らないといけないのかもしれない。
また一つため息。しかし彩乃はというとなぜか真顔だった。
「すれ違い? すれ違いって、ムッチャ面白いやつじゃん」
「
「バレたか」
ニヒヒと楽しそうに笑う彩乃だけど、なぜかこいつのことは憎めなかった。
「ま、なんでもいいけどさ、二人の問題だしー」
彼女はカバンを肩にかけ立ち上がる。俺もそれに続いた。
かと思うと振り返り、こちらにビシ! と指差して言う。
「喧嘩だけはしないよーに! 男が先に謝る! これ鉄則だよ!」
「……」
「返事は!?」
「わ、わかった」
「よし!」
満足げに笑みを浮かべると、軽やかな笑みと共に歩き出す。
きっと、それくらい割り切れたら楽なんだろう。呪いのことじゃなかったら、多分俺は真っ先に謝ってる。
でもこれだけは俺が間違ってるとは思えないんだ。だって恋人に死んで欲しくないなんて、当たり前じゃないか。
ただ言えることがあるとするなら。
「別に喧嘩したいわけじゃないんだけどな……」
ずいぶんと軽やかな彩乃の背中を追いながら、俺はそう呟いた。
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