12話 呪いの手がかり



「意外と広いのね」


 学校近くの図書館に来た四葉は、キョロキョロと辺りを見渡しながらそう言った。


 本好きの四葉らしい。その瞳はいつもよりも数段輝いて見える。


 ここはひとつの建物が丸々図書館になっていて、入り口から受付を通るとその先もいくつかの部屋に分かれている。

 俺たちが入ったのは、歴史だったり調べ物に使えそうな本が並んだ本棚がいくつもおかれ、机などのスペースも多い一室だった。俺たちと同じ目的で来ているであろう人たちが、それぞれ教科書などを開いて黙々と勉強していた。


「四葉はここに来たことないのか? てっきりあるのかと」

「……まあ、昔に来てたのだけど、結構変わったわね。こんなに本はなかった」

「昔?」

「なんでもないわ。ここにしましょう」


 四葉が選んだのは、部屋の隅の方に位置する、円形の机だった。数人が座れば向かい合うような形になる。勉強会、という目的を考えれば、教えあいやすいし、隅だから他の人の迷惑にもなりづらそうだ。


 椅子に腰掛け、荷物を置いて一息。


 正直いうと俺は真面目に勉強するつもりはあまりない。俺の本当の目的は、呪いについての調べ物だ。四葉もきっと始まれば読書に没頭するだろうし、多分大丈夫なはず。


 不安点といえば。


 ちらりと視線を向ける。その先にいたのは。


「なんでわたしまでー……」


 普段からは想像もできないくらいに顔をげんなりとさせ元気のない彩乃だった。


「なぜって彩乃さん、赤点の常習犯でしょう」

「そうだけど!」

「文句なら勉強会を提案した水流君に言ってちょうだい」

「夏樹……許さないからね」

「実際お前赤点ばっかだから必要だろうが」


 なんて言いつつも結構焦っていた。そもそも彩乃を連れてきたのは俺じゃない、四葉だ。

 曰く、「わたしに教わるばかりじゃなく桜木さんに教える方が理解しやすいでしょう」とのことだが。


 正直、調べ物に集中できる気が全くしない。


「ね、ねー、みんな、お腹とか空いてない……? 美味しいカフェこの前見つけてさー」

「そう、それは良かったわね。ほら勉強道具出して」

「聞く耳持ってくれない!」


 予定と違う……。


 泣きそうな彩乃といつも通りの無表情の四葉を見つつ、溜息を零した。




「いいか? このXが、左辺に移行するんだ。で、するとこのYが消えるから、答えはどうなる?」


 俺が持っていた懸念は悲しいことに的中した。


 ウンウン数学の問題集をにらめつけながら唸る彩乃に、なるべく丁寧に教える。


「んー……あ、15?」

「惜しいけど違うな。ほら、ここで消えるんだぞ? もう一度考えてみて」

「……26!」

「離れたな。ゆっくりでいいから考えてみろ」

「じゃあ54?」

「じゃあってなんだじゃあって。違うわ」

「20!」

「…………大正解だ」

「やったー!」

「正解じゃないでしょう。諦めないの、水流君」


 一人読書をしていた四葉が、呆れた顔をして本を閉じ、そう口にした。その隣にあるのは山のように積まれた本たちだ。軽く二〇冊はくだらない。まさか全部読むつもりだろうか。


 教える俺に、教わる彩乃。全く関係のない顔をして読書をしていたから聞いていないと思ったのに。

 対して彩乃は、もう嫌だとばかりに机に倒れこんだ。


「……絶対ここ、授業でもやってないと思う」

「やってるから。なんならここ、二年の復習だから」

「桜木さんが起きてる間にはやってないわね」

「うぐっ! で、でも四葉ちゃん全く勉強してないじゃんかー!」

「私は全範囲頭に入ってるからいいのよ」


 そう言って四葉はまた読書を再開した。


 本当かよと言いたくなる一言だったが四葉の場合事実であるから困る。でも俺だってやりたいことがあるのだ。テスト勉強もそうだし、調べ物も。


 ちらと、未だ「うー……あー……」とゾンビのように唸る彩乃を見て、ため息。


 正直、彩乃に教えられる自信がない。


「なあ、四葉。彩乃に教えてあげてくれないか?」

「……私が?」

「四葉、教えるのも上手いじゃないか」

「……」


 本の向こうから突き刺さる彼女の視線が痛い。どう言う意味の視線なのかもわからないし、そもそもサボるために騙しているような感じがして後ろめたかった。

 四葉も、なんとなくわかってるだろうし。


 しかし以外にも彼女は何も言わず、本を閉じて小さくため息をついただけだった。


「はぁ……わかったわ」

「え、ちょ、夏樹正気? 絶対四葉ちゃんスパルタじゃん!」

「俺じゃもう無理だ。がんばれ。俺ちょっと本探してくるから」

「夏樹のバカー!」


 彩乃の悲痛な叫びを振り切って向かった先は、いわゆるオカルトジャンルの本が並べられている棚だった。本棚と本棚に挟まれた狭い通路。嗅ぎ慣れない本の香りにクラッとする。


「呪い……呪い……このあたりか」


 適当に一冊手にとって開いてみる。タイトルは『世界の呪い』。パラパラと流し読みをするが、特に幸せと感じると死ぬ呪いというものはない。


 その後も次々と目を通していくが、似たような結果だった。

 呪われた人がトリガーとなって死ぬ、というのもない。それにどれも呪う相手を殺している。殺すだけで終わっている。生き返る、なんてものはなかった。


「……いや待てよ?」


 ふと思いつく。


 そうだ、呪った人だ。四葉が呪われているのなら、その呪いをかけた人がいるはずだ。それも、とびきり四葉に恨みを抱いている人間が。

 幸せになれない呪いなんてものをかけるくらいなんだから。


「――っ」


 顔をつい顰め、こめかみ辺りを揉んだ。


 なんだか嫌な予感がした。これ以上考えたくないと感情が訴えかけてくる。


 だめだ、だめだ。今いいところなんだ、何か思いつきそうなんだ。思考を止めるな。


「ふぅ……」


 大きく息を吐いて、頭を冷やす。


 四葉は誰かからとびきりの恨みを買っていた。こんな、ずっと苦しみ続けるような、常人なら気が狂ってしまうような呪いを。


 ならそれはなぜか。


 別に難しい話じゃない。

 恨みを買うなら、そのきっかけがあるはずだ。そしておそらく、それには四葉が関係している可能性が高い。


 ということは。


「四葉が呪いをかけたやつに何かをした……?」


 それも、そこまでの恨みを買うようなことを。


「いやいや……四葉だぞ? ありえない」


 吐き捨てるように笑った。


 四葉は基本的に真面目だ。それに正しい。からかうようなことをすることもあるけど、今だって俺くらいにしかしない。自分から誰かと関わりに行くこともなければ、誰かが絡んできたからと嫌な態度をとることもない。


 だから正直、想像できない。


「……他のところに行こう」


 言い聞かせるように呟いて、歩き出した。


 そんなこと考えてても意味がない。だって所詮は過去の話。それに、全て推測だ。


 辺りを見回しながら、本棚の上部辺りに貼り付けられた、カテゴリープレートに目を通していく。

 資格、違う。Web・PC系、違う。医療、違う。


「……別に、無意識に恨みを買うことだってあるだろうし。自分はそんなつもりなかったかもしれないし。それに、そうだ、四葉が呪いにかかったのは小学生の時。小学生の子供なら、そんなことわからないし」


 誰に語るわけでもなく、ブツブツと独り言。それを自覚してまたため息をついた。


 だめだ、別のことを考えないと。


 逃げ道を探すように辺りを見回す。そこで目についたのは、この辺りについての本がまとめられた場所だった。


「もうここでいいか……」


 あまり求めるものはなさそうだけど、もうこの際それでもいい。


 ここにあるのは、この辺りの歴史だったり、文化だったり、苗字辞典なんてものもある。とにかくこの周囲の地域についての本だった。


 呪いに関係のありそうなものとなると、歴史だろうか。いや、この辺りの神社やお寺についてのものもある。

 とりあえず、その神社やお寺についての本を手にとった。


「意外とあるんだな……」


 ペラペラとめくりながらそんなことをつぶやく。

 俺でも知っているところから、誰にも知られていないんじゃないかなんて思うほど小さなところまで。それぞれいつ建てられたか、祀られているものは、年中行事などが記載されていた。


「ん?」


 ふと、一つ目についてそこでページをめくる手を止める。


 八白神社。


 有名ではないが縁切り神社らしく、いわゆる呪いの神社。

 でも少し意外だった。この神社はこの辺りでも大きい神社で、俺も行ったことがあるが、呪いの神社なんて言うほどおどろおどろしくもなかった。

 でも本にそう書いてあるなら、少なくとも間違いじゃないのだろう。

 なら、もしかしたらここの神主さんは何か知っているかもしれない。


 ここに話を聞きに行くのもいいかもしれない。


 そのためにと、住所や、アポを取るための電話番号を探そうとした時。


「随分と熱心ね」

「うわっ!?」


 突然声がかかり、大きく体が跳ねた。同時に本を落としてしまう。

 恐る恐る声のする方を見てみると、そこにいたのは四葉だった。四葉もここの本を読んでいたらしい、図書館の本である印であるラベルの貼られた本を数冊抱えていた。


「よ、四葉……」

「人に彩乃さんを押し付けておいて、一時間も帰ってこないなんてどういうつもりなのかしら」

「い、一時間……? ほんとだ。そんなに経ってたのか……」


 本を拾いつつスマホを起動して時間を見ると、確かに一時間近く経っていた。

 思ったより集中してたのかもしれない。まあ流し読みとはいえ、まあまあの数の本を読んだし、不思議ではないけど。


 四葉は、俺が拾い上げた本、もっというと開いていたページを見て、ぽそりと呟いた。


「……呪いについて調べてるのね」

「……ああ、まあ……な」


 バレたのなら、否定する必要もない。小さく頷くと、四葉の表情にどこか影が落ちた……ような気がした。


「その……ダメだったか?」

「ダメ、ではないのだけれど……。あまり関わらないほうがいいと思うのよね。受け入れて、なんて言った私が言えることじゃないけれど」

「それは――」


 ――知られたくないことがあるからか?


 そう口にしそうになったのを寸前で飲み込んだ。


 ダメだな、やっぱり考えてしまう。さっきの、四葉が呪いをかけた相手に何かをしたかもしれないという可能性を。

 でも、結局は過去の話だ。それも、一〇年近く前の。それを責めたって、どうしようもない。


 四葉は途中で言葉を止めた俺を、不審そうに見つめていた。


「それは……なに?」

「いや、なんでもない。それよりさ、その……協力、して欲しいんだ。呪いを解くのをさ」

「……」


 変な話だ。呪いにかかっているのは四葉なのに、その四葉に呪いを解くのを協力してくれと頼むなんて。

 でも当の彼女は、はいもいいえも口にせずただ俺を見つめるだけだった。いつもの無表情で、じっと。


「もしかして、だめなのか?」


 四葉は呪いを解きたいんじゃないのか。だってそんな呪い、ないほうがいいに決まってる。死なないほうがいいに決まってる。


 しかし四葉は、少し視線を伏せただけだった。


「……いろいろ、あるのよ」

「自分からは関われない、とかか? ならせめてさ」


 そこまで口にして、言葉が止まってしまう。大きく深呼吸。

 体の力が抜けたのを感じながら、口にする。


「呪いのこと、教えてくれよ」


 さらに体の力が抜けたのを感じた。

 このたった一言を発するために、思ったよりも緊張していたらしい。


 四葉はまた俺をじっと見た。何かを探るような視線に、俺も目を逸らさない。

 すると諦めたようにため息を漏らし。


「……すこしだけなら」


 根負けしたような調子で、四葉はそう言った。

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