第4話 それから、勝負を吹っ掛けられる。
◇◇◇◇◇
「分かってるとは思うが、来週からテスト週間に入るからな。それなりに対策を始めておくように」
修学旅行が終わってちょうど一週間。
担任の木本が朝のホームルームで放った言葉に、教室がざわついた。いや、『教室がざわついた』というよりも『本田が騒ぎ始めた』の方が正しいかもしれない。一人でやばいだのなんだののたまっていた。
「本田は黙って勉強するように。じゃあ解散」
いつも通りの本田を完全にスルーして朝の仕事を終わらせた木本の号令で、皆がぽつぽつと席を立ち授業の準備をしにロッカーへと向かう。そんな流れに逆らうようにして、教室に入ってきた女の子が一人。
「おはよう。水瀬くん!」
「おはよう、佐藤」
「おはよう、佐藤さん」
佐藤だった。
先週の帰り道ではこれからどうなってしまうのかとひやひやしたが、幸いなことに週が明けてからはそんなにベタベタと絡んではこなかった。それどころかあまり話しかけても来なかった彼女が、自分から俺たちのいる二組の教室へやってきた。
これはまた、かおりになにかぶっぱなしそうな気がしてならない。
「水瀬くん、藤宮さん。今度の中間試験、私と勝負して!」
「「……え?」」
突拍子もないことを言い始めた佐藤に思考が追い付かず、俺たちは声を合わせて聞き返す。
「佐藤、またなんで急にそんなことを?」
「勝負して私が二人に勝ったら、水瀬くんにお願いを聞いてほしいの」
「お願い?」
「うん。あっ、お願いって言ってもあくまでできる範囲のことだからそこは安心して?」
恐るおそる隣に視線をやると、かおりが佐藤に女子っぽい睨みを利かせていた。やだ、怖いからやめて。
「そんなのやだよ。だいたいそんな勝負したって私たちになにも良いことないじゃん! どうせできる範囲のお願いとか言って、そうくんと一日デートをしたいとか言うんでしょ?」
「それはまったくその通りだけど、私が勝ったあかつきには水瀬くんと一日デートしてもらうつもりだけど。藤宮さん、逃げるの?」
ピクリ、とかおりの眉が動いた。佐藤もかおりの負けず嫌いはしっかり把握しているらしい。
「いや、なんで今わざわざ言い直した⁉」とかツッコミを入れようかとも思ったけど、ちょっとそういう雰囲気ではなくなってしまった。
「……佐藤さん。それ、どういう意味?」
引き攣った笑顔で言ったかおりに、佐藤はさらに追い打ちをかける。
「そのままの意味だけど? 私の勝利条件は水瀬くんと藤宮さんの二人に勝つことなんだから、藤宮さんが私に負けさえしなけえれば問題ないでしょ? それなのに勝負したくないってことは、私に負けるのが怖いのかなって」
「そっ、そんなことないもん! 絶対に負けないし!」
「あ……」
言質とりました、と。そう言わんばかりの満面の笑みを浮かべた佐藤に、かおりがはっとし手口を押えるがもう遅い。
「じゃあ、勝負するってこといいね。水瀬くんとのデート、楽しみにしてるから」
「まっ、負けないから!」
来たときよりも心なしか軽やかな足取りで、「じゃあねー」とだけ言いながら佐藤は俺たちに背を向けて去って行った。
振り向きざまに俺に視線を一瞬送ってきたのとか本当あざとい。ついこないだまでは純真無垢な良い子だったのに……。
「そうくん、どうしよ」
「勉強、しようか……」
こうして、俺の意思を完全に無視した二人のやりとりによって、いつにもなく勉学に励むことになる俺たちのテスト期間は始まった。
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