第32話 そして最終日が始まる。

             ◇◇◇◇◇



 ……全然眠れなかった。



「奏太お前、目の下に隈できてるぞ」

「ん? ……あぁ」


 部屋の洗面所で亮に言われて、顔を洗いながら鏡に映った自分の顔を見る。確かにかなりやつれているように見える。


 昨日、佐藤が日向に連れていかれた後、みんなも疲れていたのか一日目のように集まったりはせずにそれぞれの部屋で早めに眠りについた。


 かおりも今度は自分の部屋で寝れたようで、俺たちの部屋にやってくることはなかった。


 ただ、早々と夢の世界へ旅立った亮とは対照的に、俺はつい二時間ほど前まで眠れずにいた。


 仕方ないと思う。昨日あんなことがあって、肝心な言葉が佐藤の口から伝えられることはなかったけれど、それでもさすがに察してしまった。今まで目を逸らしてきたことを否応なしに突きつけられてしまった。


 いつから好きだったんだろうとか、もしかしてあのときの行動は好きだったからこその行動だったのだろうかだとか、色々と考えてしまった。


 俺が佐藤の気持ちに気がついたことにはきっと彼女も気づいているだろうし、それでも今日も同じ班で同じ場所へと行かなくちゃならないんだ。気まずい。


 正直言って、佐藤の気持ちは嬉しい。短期間であんな変貌を遂げたのも、もしかしたら俺が関係しているのかと思うと誇らしいくらいだ。


 佐藤は真面目でいい奴だし、これからも友達として仲良くしていきたいとも思っている。俺にかおりっていう可愛い彼女がいなかったら、もしかしたらを考えるくらいには素敵な女の子だ。



 でも、そんなことはありえない。



 ただの仮定で、たらればの話で、決して現実じゃあない。俺は彼女の想いを、断らなくてはいけない。


「早く飯いくぞ」

「あぁ……うん」


 部屋着から着替えて、広間へと向かう。昨日まで楽しかったはずなのに、いやに憂鬱な気分だ。


「そっ、そうくんどうしたの⁉」

「水瀬、顔やばいぞ」

「亮になにかされたの⁉」


合流して第一声は、俺のやつれた顔について言及するものだった。



「なんでもないよ。ちょっと寝れなくてさ」



 三人に返答すると朝食の準備された席に着き、手を合わせて箸をとる。


 佐藤は一人だけ会話に入ってこなくて、俺ほどではないにせよ少し隈もできていて、明らかにおろおろとしていた。



 今日行く場所は昨日とは違って一か所だけ。昨日も比較的時間に余裕を見て設定していたので回った箇所は多くなかったが、今日は午前中だけということもありさらに少ない。


 伏見稲荷大社。


 京都で最もSNS映えをする観光名所といっていいだろう。無限に続く鮮やかな紅の鳥居は、本当に鳥肌が立つ。


 中学のときも訪れたが、その時は時間がなくて少し見ただけだった。一番上まで登り切って一周してくるには二時間半は掛かるということで、三日目はもうここで時間をつぶしてしまおうということになったのだ。


「ごちそうさま。先生にもう出発するって言ってくるね」

「よろしく」


 最終日は特別に各班タクシーでの移動ということになっているので、バスや電車の時刻を気にする必要もない。


 全員が朝食を終えたことを確認したかおりが先生に報告をして、言い渡されたナンバーのタクシー二台に三人ずつ分かれて乗り込むと、俺たちはホテルを出発した。



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