第3章 そして彼女は想いを伝える。

第1話 そして彼女は変わり始めた。

               ◇◇◇◇◇



『水瀬くん、今日の放課後は生徒会の引継ぎがあるから、生徒会室に集合ね』


 波乱の生徒会選挙から一夜明け、朝からそんなメッセージがスマホの通知画面に映し出されていた。


 俺は欠伸をしながらスマホを充電器から抜いて、アプリを開く。


「『了解』っと」


 それからすぐに佐藤に返信をして、体を起こそうとして――起こせなかった。


「なっ! なんでかおりがいるんだよっ⁉」


 少し胸元のはだけたパジャマ姿で、俺の腰のあたりに抱きつくようにしてかおりが眠っていたからだ。


「……ん? お、おはよう。どうしたの……?」


 眠たそうに眼をこすりながら、かおりは上目遣いで俺を見る。


 いっ、一旦落ち着こう。落ち着いて素因数分解をして、昨日のことを思い出すんだ。


 確か昨日は――。


 夕飯を食べ終わってから久しぶりにかおりが来て、「最近は全然来れてなかったから、今日は泊っていく!」とか言い出して、それから……。


 視線をベッドの横に下げると、客人用の――かおりが来たときくらいにしか使わない布団が敷かれていた。


 そうだ。いつもはベッドをかおりに貸して下に敷いた布団で俺が寝ているんだけど、昨日はかおりが布団で寝たいと言ったから、俺はベッドで……ってじゃあ、なんでベッドの上にかおりがいるんだよっ⁉


 結局最初の疑問に戻ってしまった。


「かおり、布団で寝てなかった?」

「……そうだっけ?」


 寝ぼけていた頭も徐々にクリアになってきて、少しだけ思い当たる節がみつかる。


 そういえば、夜中にごそごそと物音が聴こえて、タオルケットが引っ張られるような感覚がした気が……。


「……とりあえず、飯でも食べるか」

「うん!」


 元気に返事をして、かおりは起き上がる。


 かおりのよだれで少し湿っていた部屋着をティッシュで軽くふいて、俺も寝床から出た。


「あら、二人ともおはよう。トーストでいい?」


 一階の居間に向かうと、ちょうどトーストを焼いていた母さんがニコッと笑って声を掛けてきた。俺たちも挨拶を返して、肯定の返事をしながら椅子に腰かける。


「奏太、生徒会の副会長になるんだってね。かおりちゃんから聞いたわよ?」

「まあ、成り行きでね」


 ちょうど焼きあがったマーガリントーストを皿に載せながら、母さんが話を振ってきた。


 人に言われるとやっぱり違うもので、自分が生徒会の副会長になるという実感が湧いてくる。


 茜が生徒会長だったうちは基本なんでも一人でできていたし、生徒会の仕事という仕事も多くなかった。けれど佐藤が生徒会長になったからには、そうはいかないだろう。俺や他の生徒会役員で支えていかないと、茜のときのようにはきっといかない。


 選挙に佐藤やかおりが立候補したときには流れで副会長になることを了承してしまったけれど、もしかしたら――いやきっと、これまでより大変になるだろう。


「私、なんでも手伝うからね!」

「あぁ、ありがとね、かおり」


 まあこれからのことはその時になってから考えればいいか。今から悩んでいてもどうにもならないし。


 俺はかおりと手を合わせて、「いただきます」と呟いた。




 ものの五分も掛からず朝食を済まし、かおりは一旦家に戻って制服に着替える。


 顔を洗って、歯を磨いて、忘れ物がないかバッグの中身を一通り確認して。


「行ってくるねー」

「行ってらっしゃい、気を付けて」


 かおりから準備ができたとのメッセージが届いたのを見て、俺は家を出た。


「おはよっ、そうくん!」

「おはよう……って、さっきもう顔合わせてるじゃん」

「それはそれ、これはこれ!」


 玄関を出てすぐに、制服姿になったかおりと合流する。


 少しだけ頬っぺたを膨らませていて、いつも通り可愛い。


「……よし! そうくん、行こっか」

「うん」


 自転車にまたがり、駅へと向かう。そういえばこの一か月、ほとんど毎日のように別々の登校だった。


 電車に乗って十分ほど、学校の最寄り駅で降車し、改札を出る。


「そうくん!」

「ん?」


 少し恥ずかしそうにかおりが差し出した左手に、俺も左手を出して握手した。


「…………」

「冗談だよ」


 無言で睨みつけられて、俺は素直に右手に持ちかえる。


「分かればよろしいっ!」


 かおりは一瞬で表情を明るくさせて、ぶんぶんとつないだ手を前後に振りながら歩きだした。


 付き合うようになってからすぐに選挙の準備が始まったから、手を繋ぐのだってほとんど一か月ぶりだ。


 鼻歌を口ずさみながらご満悦なかおりを見て、なんだか俺も嬉しくなる。


「かおり」

「ん? なに? そうくん」

「明日さ、どこか遊びに行こうか」


 前から考えていたとかそういうことでは一切なく、咄嗟の思いつきで俺は提案した。なにより俺自身がかおりと二人でどこかに出かけたいと、無性に思った。


「ほんと⁉ そうくんから誘ってくれるなんて嬉しい! どこに行こうかなー」


 どうやら俺の言葉はお気に召したらしく、かおりは俄然上機嫌になって、歩くペースが上がる。


 どこに行こうか。買い物には前にも行ったし、やっぱりデートと言ったら遊園地かな?


 かおりの元気にあてられてか、俺もテンションが上がって、色々と妄想を巡らせる。


 あまりのルンルン気分で気づけば校門の前まで、あっという間に辿りついていた。


「――み、水瀬くん! おはよう」


 ふと、後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには見たことのない、とても可愛い女の子が立っていた。


「(ちょっとそうくん! 誰、この子! 浮気?)」

「(違うよ! っていうか、本当に知らないんだけど……)」


 あまりに心当たりがないものだから、挨拶も返さずに無言で見つめてしまう。


「水瀬くん? どうしたの?」


 茶髪の可愛らしいボブカットを揺らして、美少女は俺を覗き込む。


 あれ? この声ってもしかして……。


 それは聞き間違えようのない、この一か月で俺が誰よりも聞いていた声――。



「佐藤……なのか?」

「酷いよ、私のこと忘れちゃったの?」



 眼鏡をはずして、長かった前髪を切って。地味めの雰囲気から完全に脱却した彼女は、にこっとはにかむ。


「今日の放課後、忘れないでね!」


 完全に美少女へとフォルムチェンジした彼女はそれだけ言うと、足早に行ってしまった。


「そうくん?」

「痛い痛い痛いっ! つねんないでよ」


 茫然と立ち呆けていた俺の頬っぺたを、かおりが力を入れてつまんでくる。


「もう、そうくんの浮気性! 女ったらし! 天然ジゴロ!」


 そんな暴言を吐くかおりに引きずられて、俺は教室まで連行された。




 いや、今日日ジゴロなんて聞かないよ……。



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