第38話 なぜだかお隣さんとプールへ行く。
「そうくん、おまたせー」
「ん、あぁ」
昼食を食べたかおりが家に迎えに来て、それから自転車をこぐこと十五分。
市民プールに着いたらそれぞれ更衣室に入り、俺が着替え終わってからさらに五分ほど遅れて、女子更衣室から黄色い花柄のビキニ姿になったかおりが出てくる。
こんな田舎の市民プールでかおりくらい可愛いとやっぱり目を引くようで、学生を中心にかおりはかなり注目されていた。
「いやぁ、それにしてもここの市民プールに来るの久しぶりだね」
「相変わらず人も少ないよね」
都会のなんとかランドだとか言われたり、ナンパが横行しているようなプールとは違って人もまばら。
やんちゃな兄ちゃんに声をかけられたりなんてこともない、安心安全の市民プールだ。
「じゃあほら、ビーチボール借りてきて遊ぼ!」
「う、うん」
昨日、距離感を近くすると堂々たる宣言をしたかおりが、俺の腕に絡みつくように体を寄せてきた。
……む、胸が! 当たってるんですけど!
「どうしたの、そうくん」
かおりがいたずらに笑いながら顔を覗き込んでくる。
「……なんでもないよ」
俺はできるだけ心を落ち着かせて、彼女から目を逸らしビーチボールを借りに歩いた。
「ねぇ、ぜんぜん膨らまないよ……」
係員からぺしゃんこなボールを受け取ったかおりが、息を吹き込んで悲しそうに言う。
「そうくん、よろしく」
「え、あ……うん」
かおりが直前に口をつけた空気栓としばらく見つめ合う。
「早くー」
「分かったよ……」
無心。無心だ。間接キスとかそういうのでは絶対ないぞ。うん。
心を空っぽにして変なことは考えず、ただボールに空気を入れる。それだけのことだ。
「……っふぅ。本当だ。ぜんぜん空気入らない」
栓に向かって向かってありったけの空気を吹き込んだが、ボールからは間抜けな音を立てて空気が抜けていく。
それもそのはずだ。
「――あっ、お兄さん。ごめんなさいね。そのボール穴空いてるやつだったよ。こっちなら大丈夫だと思うから」
「……」
係員のおばちゃんが異変に気づいたらしく、謝ってきた。
「ありがとうございます」
「いいえー、悪かったわねぇ」
かおりはおばちゃんから新しいボールを受け取り、息を注ぎこむ。
「ふぅ、疲れた。そうくん、あとはよろしく!」
「……結局そうなるのか」
俺はもう一度心を空っぽにしようとして、でも今度は上手くいかなくて、顔を赤くしながらビーチボールに口をつけた。
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