第7話 なぜだか帰宅部は運動部だと認められていない。
「やっと終わったー。いやぁ、奏太のおかげで今回はいい点とれてそうだよ」
「それならわざわざ教えた甲斐があったな」
かおりに俺の部屋で初めて勉強を教えてから十日。
ようやく四日間に渡る中間テストも終わり、教室では勉強から解放された皆がおのおの自由の雄たけびを上げている。
あれから俺が毎日、昨日まで勉強を教えていたかおりはどうやら上々の出来だったのようで、嬉しそうに笑っている。
一方の俺はこの十日間、梅雨の天気と同じようにどこかモヤモヤとした気持ちに支配されていた。
俺は小学校時代かおりとクラスメイトだったらしく、よく遊んでたらしいがその記憶は俺にはない。
何か手掛かりがあると思って過去の写真を漁ってみても、仲が良かったような形跡も見つからない。
かといってかおりに直接聞いたところで、きっと彼女は教えてくれないだろう。
『自分で思い出すまで私からは教えてあげないんだから!』
彼女が転校してきたその日に、ファミレスで言われた言葉だ。
まあとにかくそんな微妙な心中で挑んだ今回のテストは、あまり成功したとは言い難かった。
「えー、今日はこれで放課になるが、来週の月曜に球技大会の振り分けの希望を取るからな。各自どの球技に出たいか決めておくように」
近くの人たちと喋りながら帰り支度をしている生徒たちに、担任の木本がそれだけ言って教室を出ていく。
「球技大会?」
後ろの席では、かおりが不思議そうな顔をして小さく呟いていた。
「あ、かおりは知らないか。うちの高校、夏休み前に学年ごちゃまぜの球技大会があるんだよ。バスケとサッカーと、ソフトボールの三種目で全員参加のやつが」
しかも不公平がないようにと、チームは学年ごとクラスに関係なく完全なランダム編成。
バスケ部、サッカー部、ソフト・野球部はそれぞれ自分たちの球技には出られないという制限付きである。
「へぇー、面白そう」
「そうなんだよ。これが結構盛り上がるんだ」
そう。ここまで公平なルールを設ければ、どのチームもだいたい戦力が均衡する。
よっぽどの確率で運動神経がいい人だけが一つのチームに集まったりしない限り、どの試合も白熱することになるのだ。
「でもこれって、運動苦手な人にとったら結構な地獄だよね」
かおりが苦笑いしながら言うが、その心配も基本的には必要ない。
なぜなら――。
「あぁ、それならうちの高校、基本的に運動部に強制入部だから心配ないんだよ。文芸部の人でもちょっとした運動部と掛け持ちで入ってるし、どんなに小規模な運動部でも最低週二は活動する決まりだからさ」
運動が苦手でも週に二回は強制的に運動しろとはなんとも独裁的な校則だとも思うが、何年も前にこういうふうにしてからというもの、不良かぶれのような生徒もいなくなるし生徒全体の身体能力テストのスコアも上がるしでいいことずくめだというのだからまあ文句も言えまい。
「あれ? でもそれだったらさ――」
かおりは当然、それを疑問に思ったようで口を開く。
「奏太はなんで部活に入ってないの?」
「何言ってんだ。帰宅部は立派な運動部だろ?」
「いやいや、それだったら文芸部員だってほかの部活と掛け持ちしなくたって全員運動部員じゃん」
至極まっとうな意見ではあるが、やつらと帰宅のプロである俺を一緒にするのはやめていただきたい。
なんてったって、かおりが転校してきて一緒に帰るようになるまで、俺は帰り道で一切の寄り道もせず、学校から家までの最短ルートの探索を常日頃から心がけてきたのだ。
おかげさまで朝はぎりぎりまで寝ていてもなんとか学校に間に合うボーダーラインを見つけることができたし、ってよく考えてみるとこれは帰宅の話じゃなくて登校の話か。
危ない危ない。危うく帰宅部改め登校部になるところだった。
閑話休題。
まじめな話をすると、俺がどこの部活にも所属していない理由は案外ちゃんとしたものだ。
「さっき、基本的には運動部に強制入部って言ったけどさ、それはあくまでも基本的にであって例外もあるんだよ」
「例外?」
首をかしげる姿もなんとも可愛らしいが、そんなかおりに目を奪われたりはせずに俺は続ける。
「うん。その例外の中にはかおりみたいに年度の途中から転校してきたような生徒も入ってるかもしれないけど、それはごく一部でね。そのほかの運動部入部を免除されてる生徒は、その代わりに生徒会に属しているんだよ」
「そんなのありなの? なんかずるい気がするけど……。っていうかそれって、奏太は生徒会に入ってるってこと?」
俺の説明を聞いて、かおりが驚愕の表情を浮かべながら質問してきた。
「まあ生徒会って言っても名前だけだけどね。一応生徒会とつながりがあったから、そのコネを使って入れてもらったんだよ。とはいっても、時々だけどちゃんと雑務はこなしてるし、ずるいだとか言われる筋合いはないかな」
生徒会が一般生徒に『帰宅部の集まり』だとか『陰キャの集い』だとか陰で言われているということは、あえて言う必要もないだろうから黙っておく。
とりあえず一通りの話が終わって、当然のことのようにかおりと二人並んで帰路につく。
「それで、そうくんはどの球技で出るの?」
「うーん……バスケかサッカーかな」
「そうなんだ」
どこか寂し気な表情のかおりに、俺は「うん」とだけ言う。
翌週の月曜日、急な発熱で学校を休んだせいであまりもののソフトボールの選手になってしまうだなんて、この時の俺は知る由もなかった。
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