第二十二話 君

 そっか。


 僕は、それでいいと思った。

 この件については、全面的に僕が悪いから。


「それでいいよ」と言おうとしたとき、泉さんが口を開いた。


「私は君を許せない。だって、怒ってないから。怒ってもない私が、君を許せるはずがないでしょ?」


 何だ。怒って無かったのか。


 泉さんに伝えたいことを伝えて、事が終わってしまったら、くだらないことに脅えていた自分がバカらしく思えて来た。


 理由は上手く言えないけれど、僕は今、泉さんに会って良かったと思う。


 これからも、泉さんと過ごせると安心した矢先――期待を裏切られた。


「私は、君と別れるよ」


 は?

 泉さんが発した言葉の意味が分からなかった。


「私は多分、君のことが好きじゃない。ただ、利用していただけだから」

「泉さん?」


 泉さんは何を言っているんだ?


「でも勘違いしないでね。月城くんと過ごした時間が楽しかった。それは本心だから」


 なんなんだよ。


「どういう意味だよ……説明してよ!」

「……うん。君は私に正直に話してくれた。だから、私も正直に話すよ」


 一つだけ大きなため息をつき、泉さんは話し始めた。



***



 私には家に居られない理由がある。


 だから、家出したかった。



 私は馬鹿ではない。

 家に出てから、私だけで生活することは出来ないという事は分かっている。


 だから、お兄ちゃんに相談した。家出したい、と。


 お兄ちゃんは「家出を手伝ってくれる」と言ってくれた。

 お兄ちゃんは、月々三万円ほど、くれると約束してくれた。


 だから、このボロアパートに引っ越すことにした。ここなら、最低限の生活はできると思ったから。


 でも、ここに引っ越してしまったら、学校まで行くのに交通費がかかるから、学校を辞めようと思い、担任の先生に相談した。


 すると先生が、月城くんが行っている学校に転校することを勧めてくれた。


 だから、月城くんと同じ学校に転校することにした。


 

***



 クリスマスイブ


 今日は、このボロアパートに引っ越す日だ。


 家にあった電気ストーブと布団を持って来た。それが空気清浄機と夏布団とも気付かずにね。


 この日私は、町を散歩していた。


 その途中で、捨て猫を助けている君を見つけた。


 それを見て分かったよ。月城くんが優しいって事が。



***



 町を適当に散歩してから、私はアパートに帰って、荷解きを始めた。


 私はその時初めて、電気ストーブと布団だと思っていた物が、空気清浄機と夏布団だという事に気付いた。


 慌てたよ。


 凡なボロアパートで、暖房器具も布団もなしで寝たら、確実に体を壊しちゃうからね。


 どうすればいいのか、私は死ぬ気で考えた。

 大袈裟とは言わないでね。このままこの部屋で寝たら、冗談抜きで死ぬかもしれないから。


 家に帰ろうかとも思ったけれど、それじゃあ、家出をした意味がない。


 結局お隣さん――月城くんを頼る事にした。

 幸いお隣さんの月城くんは、ボロアパートでペットは飼えないのに、捨て猫を拾うほどのお人好しだった。


 だから、私も助けてくれる――そう思った。


 さっそく私は月城くんの部屋を訪ねた。


 すると、パジャマ姿の寝ぼけた月城くんが出て来た。


「君だれ?」

「私は泉彩良です。今日このアパートに引っ越して来た、君のお隣さんだよ」

「うん分かった。なんの用?」

「一晩だけ泊めてくれないかな?」

「いいよ。寒いし眠いから、とりあえず入って」


 そう言って、月城くんは私を部屋に入れてくれた。


「僕は先に寝るから」

「あ、君、この寝袋、使っていい?」

「コレ? いいよ。おやすみ~」

「ちょっと待って! 君の名前を教えてよ」

「僕は月城。表札に書いていたでしょ。僕は眠いんだ先に寝るよ」


 そう言って、君は寝てしまった。


 そのすぐあとに、私も寝た。



***



 次の朝


 月城くんが、私の事を忘れてしまっていた。

 別にいいんだけどね。そんな事は。


 大切なのは、私よりも先に起きた月城くんが、まだ寝ている私に何もしなかった事。ほっぺた突かれたけれど、それは気にする必要もないほど、些細な事だ。


 普通の男子高校生なら、目の前に女の子が寝ていたら、変なことをするのだと思っていたけど、月城くんは何もしなかった。


 月城くんは悪い人じゃない。私を養ってくれる。そう思った。


「だから、これからは、私は君と暮らそうと思うの」

「ええぇぇぇ!」


 君は鼓膜が割れるかと思うくらい、大きな叫び声を上げた。


「ちょっと……近所迷惑だよ」


 私は迷惑そうに耳を押さえる。

「男子高校生にとって、一つ屋根の下で女の子と過ごすのは嬉しい事だ」という、私の予想は当たっていた。


「君と僕が一緒に?」

「うん。私のこと嫌い?」


「そ、そんな事ないよ! 大好きだよ!」

「!……」


 私は慌ててそっぽを向いてしまった。


 予想以上に事が、上手くいったという喜びを、月城くんに見られないように。


 そして「ありがとう」と、含羞を帯びた笑みを浮かべた。



***



 昨日から何も食べていない私は、とても空腹だった。

 だから「今日はクリスマスだよ。お出かけしようよ」と、君を誘った。


 そして――デートをした。


 月城くんを君をもっと知りたくて――



***



「これが、私だよ」

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