魔法少女over thirty

Oz

プロローグ 誰かの夢

 ……ああ、これは、忌まわしい悪夢だ。


 ここは、山奥の廃病院。蔦と亀裂に覆われたコンクリート塀からは鉄骨が垣間見え、埃まみれの地面には、私の学生カバンと赤と黒の液体がぶちまかれている。

 黒の液体の原因は、私だ。右手にきつく握りしめたままのピンクと白の場違いなほどにファンシーなステッキが粘性のある黒に汚れている。それだけなら、比較的いつもの光景だ。


 問題なのは、黒の中に混じる赤色。


「いやだよ、**! お願いだから、目を覚まして!」


 ポケットの中に間違えて入れたまま洗濯したテッシュペーパーみたいに原型をとどめていない少女を前に、私は泣き叫ぶ。けれども、彼女が目を覚ますことはない。彼女が目を覚ますことなど、あり得はしない。


「ねえ、フワリィ! **を助けられないの?」

『……無理だフワ。**の魂は、完全に失われてしまったフワ。』


 彼女だったもののそばに浮かぶ、ピンク色の綿毛のような生物は無情にもそう答える。なんて使えない使い魔だ。そんな文句を叫びたくなるが、それは八つ当たりでしかない。下げられた眉とその瞳に浮かぶ雫が、その生物の悲哀と後悔を物語る。


__嘘だ。これは、いやな悪夢だ。


 彼女だった肉にすがり現実逃避をするが、そんなことをしたところでこの悪夢とやらが覆ることはない。ただ、両の手に赤い液体がこびりつくだけだ。


 私のせいだ。私に、世界を守る自覚が足りなかったから。仲間を守る力が足りていなかったから。瞳から大粒の涙をこぼし、赤黒く汚れた手を握り、私はそう考える。入試だからって、携帯電話の電源を落としていなければ。もっと早く、参戦できていたら。


 反論も言い訳もできない現実に対して、どうしようもない仮定を繰り返し、私は目からこぼれる雫を手で押さえることも忘れて、ひたすら**の名を呼ぶ。


 魔法が解けた私の姿は、今やただの中学生だ。藍色のスカートを汚しながら、私は彼女の手に当たる部位を握りしめ、そして、その中指から安い真鍮でできた指輪を取り外す。

 手芸好きだったあの子は、よくアクセサリーを自作していた。この、四葉のクローバーのあしらわれた金色の指輪も、彼女が作ったものだ。


「ユリちゃんにもお揃いのを作るよ! 高校が別々になっても、ずっと友達だから!」


 そういって笑っていたのは、つい先日のことだ。多分、お揃いの指輪とやらはまだできていないはずだ。そして、これからも作られることはないだろう。


 世界にたった一つしかないその指輪についた血をぬぐい、私はそれを握りしめる。彼女の指に合わせて作られた大きさのそれは、私の手にはめるには少々小さすぎたのだ。


 そして、誓う。


「仲間を守れるくらい、強くならなくちゃ。……絶対に、仲間を失わないくらい。」






 私は、そこで目を覚ました。

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