sideN ~存在意義~

 ベルムと別れたニコは、アグニの元へ向かった。アグニは再び来た自分を受け入れ、古くからの旧友の如く扱ってくれた。


「今ほど貴女を羨む事はないかもね。アジトで初めて貴方を見た時、こんなゴキブリもいるんだと驚いたわ」


「私は既存の薬物に対しての抵抗があるだけ。外的要因だったら他のゴキブリと変わらないし、強い作用の毒物なら効果はあると思うわ」


「その様子だと、もう全て思い出したみたいね?」


「ええ……」


 ベルムには体力が戻ったとうそぶいたが、実際はまだ身体の中にじわじわと広がる気味の悪い感触は残っていた。恐らく体内にまだ、宝石蜂ジュエルワスプの毒が残っているのだろう。


「本来なら貴女は死んでいてもおかしくはないのよ。運び屋から連れてきた時に記憶操作の為に打った一回と、メッサーシュミットから連れ出す時の一回。計二回の毒に侵されても、貴女はまだ自分を保っている。何故だか分かる?」


「それは恐らく、一度目で私の中に抵抗力が産まれたから……」


「ええそう。一度目の投与でも過去の記憶の消去のみで意識混濁の無かった貴女なら、二度目の時点である程度の抵抗力を産んでいると踏んでいた。もっとも、アジトに着く頃にはケロッとしていたのにはさすがに驚いたけどね」


 そう語るアグニはどこか楽しそうで、己にした悪行にも関わらずニコもつい笑ってしまう。


「貴女は可能性の塊ね。いつか私達も貴女のように、人間の悪意から逃れる術を手に入れるかもしれない」


「……そうかもしれないわね」


 ニコは呟くようにそう言ってから、本題を切り出した。


「私がアナタに訊きたい事は二つ。一つ目は一度目の宝石蜂ジュエルワスプの毒の投与による、〝私〟という存在の変化の有無」


「変化の有無?」


「ええ。運び屋、メトロが言うには研究所から逃げ出した時の私と、今の私には差異があったらしいの。前はお淑やかなレディで、今はこの通り無鉄砲なじゃじゃゴキよ」


「つまり、宝石蜂の毒によって性格形成に影響が出ていないかって事?」


「そういう事ね」


 そう言うとアグニはクスクスと笑ったが、それが嘲笑でないのは目を見て分かった。


「確かに研究所に居た時の貴女と、今の貴女は性格に違いがあるわ。でもそれは毒のせいではなく、貴方の周りにいた皆のせいよ」


「皆のせい?」


「ええ。研究所で白衣の連中に観察され続けていた時の貴女は文字通り真っ白の存在で、性格と呼べるモノすら形成されていなかった。大昔の私達のようなただ食事し、排泄し、交尾して子孫を残すだけの存在。そんな純白の貴女を色漬けたのは、フクとベルムさんね」


「フクさんとベルムが?」


「そう。献身的なフクの世話によって貴女はまず〝性格〟というモノを形成し、ベルムさんとの日々で自分がしたいと思える〝確固たる意志〟を手に入れたと、私は考察している。昔の貴女とは違うかもしれないけれども、それは貴女が自分で選んだモノなのよ」


 その言葉にニコはもどかしい思いをしながらも、心の奥にあったわだかまりが一つ抜けた気がした。


「今の貴女は、貴女が成りたい自分に成った証。自分ではない外に自信を求めていた私はますます羨ましくなるわね」


「うん、そうなのかもしれない……」


「それで、もう一つは何かしら?」


「ああ、それだけど……」


 ニコは少し考えてから、もう一つの気になっていた事を話した。


「貴方がその怪我を負った時の事を、もう一回話してくれない? アイツが関係しているんでしょう?」


 そう言った時のアグニの目は、少しの驚きが含まれていた。

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