最期の願い

 全てを語り終えると、俺はどこか肩の荷が降りた思いがした。今まで誰にも話していなかっただけに、少しだけすっきりした思いがあった。


「話してくれてありがとう。冥土の土産が出来たわ」


「ああ。ちゃんと包んで持って行ってくれ」


 そう言うとアグニは笑い、じっと俺を見た。その視線は彼女が子供の頃のような、弱々しくも愛嬌のある目だった。懐かしき日々の彼女が、再び帰って来たのだ。


「ベルムさん、改めてお願いするわ」


「何だ?」


「アグイを、兄を止めて欲しい。このままだとこの地下は崩壊し、多くの同胞達が犠牲になってしまう。私達の築いた歴史が、完全に終わってしまう」


 そう言ってアグニは俺を見ると、壊れた翅の間から輝くモノを取り出した。それは彼女が愛用していた針であり、それを俺に手渡した。


「お願いベルム……。兄を止めて。これが私の、最後の依頼よ」


「……ああ、分かってるよ。その依頼、引き受けた」


 俺はそう言って彼女から針を受け取ると、翅の間にそっと忍ばせた。



「こんなとこまで付き合わせて悪かったな」


 俺がそう言うと、ニコは不思議そうな顔で見た。


「さっきの話は忘れてくれ。ありゃ俺の恥ずべき過去だ」


「私は別に恥ずべき事だとは思わないわ。むしろベルムらしい過去だと思う。妹さんや人間の子を護れなかった自分が許せなくて、何故自分がここにいるのかを知りたいのよ」


 ニコの言葉に、俺は黙り込んだ。


「私も同じ事を考えていた。何故自分が産まれてきたのか。何故自分だけが助かったのか。あの日から私は、ずっとそればかりを考えている。私を産み出す為だけのせいで私の両親は産まれて死に、他にも多くの同胞達の屍の上に私はいるのでしょう」


 ニコは己の純白の身体を、忌々しそうに眺める。


「私を助け出した彼らもそう。私を庇ったせいでフクさんは死に、アグニは死にかけ、アナタの友を狂わせてしまった。私という存在は私達、いえゴキブリにとっても害悪なモノ。私こそ真の害虫なのかもしれない……」


「……馬鹿を言うな」


 そう言って俺は振り返り、ニコを見た。


「産まれた結果罪を犯すとしても、産まれてきた事に罪など無い。俺達も、人間も、この世界に産まれたからには生きていていいんだ。お前だって自分を肯定し、生を謳歌していいんだよ」


「そうなの?」


「そうに決まってるだろ。俺は決して生きる事を諦めない。この世界に産まれたからには、何かやるべき事がある筈なんだ。俺はそれを探している」


 そう言うとニコは、小さく微笑んでから俺を見た。


「そうね。私も、自分に出来る事を探してみる」


 ニコは立ち止まると、くるりと俺に背を向けた。


「ここからは別行動にしましょう。私はもう一度アグニに話を訊いて、過激派を止められないか考えてみるわ」


「目星はあるのか?」


「ええ。多分こればっかりは、ベルムには分からない事だと思うしね」


「俺に分からない事だと?」


 頭の中に疑問と質問が浮かぶが、今は何より時間が惜しい。俺は一つ息を漏らすと、凛と姿勢を正した彼女を見た。


「……分かった。俺はアグイの奴を追いかける。今からなら奴が地上に出るより先に着くだろう」


「場所は分かっているの?」


「奴が地上に出る道は一つしかない。そこを知っているのは俺だけだ」


 そう言うと俺は彼女に背を向けたが、口からは思わず言葉が漏れ出てしまう。


「死なないでくれよ。頼むから」


 そう言うとニコは振り返り、俺の触角に自分のを擦り合わせた。


「私は死なないわ。だから、アナタも死なないでね」


「……ああ、分かってるよ」


 そう言って俺達は別れた。

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