9-1 仙崎誠、マージナルオペレーションズ
今朝は、彩音が早朝から仕事へ出て行き、昼前から佳純は友達と遊んでくると言い、晶子はいまだに二階の自室から出てこない。
そんな、日曜日の昼下がり。
双葉手作りの昼食に舌鼓を打ち、ソファに横になりながら、芸能人たちがかまびすしく政治に文句を言い合う番組を見ていた時、
それは起こった。
「ふたねーの分からず屋!」
「いいえ。これに関しては、いくら志津香ちゃんでも譲れません!」
背後から突然聞こえたふたりの叫び声に、さしもの俺もぎょっとせざるをえなかった。
なぜなら、対面してお互いに睨み合っているのは、双葉と志津香だったから。
「どう考えたって逆はないじゃんか!」
「それこそこっちの台詞ですっ!」
食卓に手を突き身を乗り出し、なにやら言い分を主張しあっているふたり。あまりにも珍しい光景に、俺は目を白黒させたまま、呆然としてしまっていた。
人と人の意見が対立すること自体は、別段それほど珍しいことではない。実際にいまだって、テレビの中では二世タレントとシンガーソングライターが自分たちの主張を巡って言い争っている。
とはいえ、それは双方のアイデンティティとか思想とか、そういうものが接し合ってはじめて成立するもので、ことふたりに関しては、接点となりうる部分がかなり小さい。
例えば、双葉が晩御飯を作り、それを志津香が食べているとして、その味が志津香の好みに合っていなかったときも文句を言うこともなく、勝手に醤油なりを足しているし、双葉もそれについてとやかく言うこともない。
そんな感じなもんだから、ふたりはいままで特にいがみ合うこともなく、それこそ、絵に描いた姉妹のような――志津香の悪ふざけやいたずらを、双葉がなだめたりたしなめたり――関係であった。
はずだ。
「そもそもイケメンは『左』だ、って、さっきふたねーも言ってたじゃん!」
左?
「それはそうですけど、この場合は『右』になるんですっ!」
右?
「ルールは!?ふたねーの中のルールはどこいったよ!?」
「それを言ったら志津香ちゃんもじゃないですか!」
さらに白熱するふたりの論争。これはさすがに水を差さねばなるまい。
「あー、ふたりとも。なにでそんなに喧嘩してるのかは分からんが……」
その時、ふたりの顔が同時にこちらに向き直り、てっきり部外者はすっこんでろ、とでも言われるのかと思いきや、ふたりして神妙な、あるいは気まずそうな表情をして、
「……そうだな。あたしとしたことがちょっと熱くなりすぎちまったよ」
「そうですね。人と人には決して分かりえないものがあるということは、お互い十分に理解しているはずなのに」
ため息をひとつずつこぼして、一瞬目を合わせたかと思うと、切なそうに視線を逸らすふたり。
これは、まずいのではないか。なにを巡っての対立かは分からないが、これが原因で家庭内不和へと発展してしまうかもしれない。
長兄として、家を預かる者として、これは看過できない問題である。
「しかし、ふたりが喧嘩するなんて珍しいな。いったい、なにがあったんだ?」
なるべくセンシティブな言い方にならないように気を遣いながら尋ねてみたところ、こんどはなにやらアイコンタクトのようなものを取り合って、そして、
「マコカケの話!」
「カケマコの話!」
息ぴったりに、しかし微妙に違う言葉を放ったのだった。
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