妹々妹々の妹!
終末禁忌金庫
仙崎一家の場合
プロローグ 五人子持ちは笑って暮らせぬ
昼下がり。お日様は今日も今日とてご機嫌顔を雲一つない蒼天に輝かせ、うららかな陽気は睡魔を誘う。
絶好のピクニック日和。就職して以来、アウトドアには縁遠くなった俺も、こんな天気の下なら、ちょっくらハイキングと洒落こむのもやぶさかではない。
「もったいねーなー。おごりなんだから、すみねーも来ればよかったのに」
「私、帰っていい? 甘いもの、好きじゃないし」
「まぁまぁ晶子ちゃん。せっかく誠さんと彩音さんが誘ってくれたんだし」
「あっ、こら志津香ちゃん。それあたしが取ってきたやつ。欲しいんなら、自分で取ってきなさいよね」
「隣の芝はよく柿食う客だって、昔のことわざにもあるじゃん! いいってことよ!」
まぁ、現実はそんな穏やかなものでも、健康的なものでもない。
場所は屋内、家から徒歩圏内のケーキバイキング。吹く風はさわやかどころか常に甘ったるい。人工の明かりがケーキを照らし出し、見る者に「おいしい」という視覚情報を送りつけてくる。
「あれ、誠、あんまり食べてないじゃん。甘いもの好きだったのに」
長女、仙崎彩音、25歳。実妹にしてモデル業で生計を立てている。すこし前までは細々と仕事を請ける無名モデルだったが、近頃は女性用ファッション誌にもその姿を見せるようになり、忙しそうにやっている。
「いやまぁ、好きだし、うまそうでもあるんだけど。目の前の『これ』がなけりゃ、もっとうまそうだと思うんだがなぁ……」
まだひと切れしか食べていない皿から視線を正面に向ける。そこにいるのは、顔中クリームまみれ、チョコまみれ、ソースまみれ、挙句に胸元に食べかすを落としまくった少女の顔。
「ほへ、はひ? まほほひーひゃん」
五女、仙崎志津香、14歳。父親の「現在」の奥さん……つまり、「現在」の俺たちの母親の連れ子。まことに遺憾ながら、大変恥ずかしながら、我が妹にあたる。
「しずちゃん、もっと綺麗に食べないと。ほら、お口拭きましょうね」
三女、仙崎双葉、18歳。父親の「ひとつ前」の奥さんの連れ子の女子高生。品行方正、窈窕淑女を人間にしたかのような美少女で、さらに年少者に対する面倒見もいいという、パーフェクトガール。その上、我が家の家事の大半を担ってくれているというのだから、長兄ながら頭が上がらないとはこのことだ。
「こっち見んな。目噛んで死ね」
次女、仙崎晶子、22歳。双葉の実姉。不愛想かつ毒舌家で、基本的には自室にこもりっぱなし。家にいないときも大学のラボにこもりっぱなしの一流のヒキコモラー。なにゆえそんな悠然とした生活ができているのかといえば、既に大学院進学の内定が決まっているから。
「…………」
四女、仙崎佳純、16歳。五女志津香の実姉で、かつ双葉と同じ高校に通っているものの、ふたりとは似ても似つかぬヤンキー。家族が起きている時間帯に家に帰ってくることは稀で、野良猫みたいな生活をしている。本日は欠席。
以上が、我が仙崎家の家族構成であり、ちょっとした大家族だ。おかげで毎日毎日せわしない日々を過ごしていて、心休まることがない。
それが俺、長兄、仙崎誠、27歳の近頃の悩みだ。
深呼吸ひとつ、俺もケーキを食べようとフォークを手に取ったところで、
「しかしあやねーちゃんも意外とふつーの人だったなぁ」
口周りどころか髪の毛にまでクリームをたっぷり付けながら、志津香が何気なく呟いた。
「いやさぁ、あやねーちゃんって、ファッション誌にも載るようなモデルじゃん? いわゆる芸能人の仲間入りじゃん? だから、あたしそれ聞いた時、実はおっかなかったんだよ」
彩音は他メディアへの露出こそほとんどないものの、SNSなどでは実力派クール系モデルの箔が付くほどの仕事ぶりは上げているらしい。妹ながら鼻が高い。
「だけど、一緒に暮らし始めて半年経った今だと、意外とふつーの人だなぁ、ってさ。眼光だけで石にされることもないし、髪のキューティクルが蛇ってこともないし」
「志津香ちゃん、あたしのことなんだと思ってたのよ……」
呆れたように肩をすかして、彩音もケーキを頬張ると、その相好が崩れる。クール系モデルも一皮むけばこんなもんだ。
「それに、一番上の兄貴もどんな悪魔超人かと思いきや、童貞臭い朴念仁だし」
「誰が朴念仁か!」
「どうせなら童貞も否定しなさいよ……」
「こりゃあ、わたしの魅惑のナイスバディでコロっと堕ちちゃうかもな。なっはっはっ! 明日からはわたしのことをお姉様って呼んでもいいんだぜぇい? えーっと……ま、ま、……童貞兄ちゃん」
「どどどどど、童貞ちゃうわ!!! ていうか、魅惑のナイスバディ? はっ」
鼻で笑ってやる。まだ下の毛も生えそろっていないような女子中学生が、何を言い出すのやら。もう一度鼻で笑ってやろう。
「いま対面して座ってるからわかんねーかもしんねーけど、立ったらすごいんだぜ? なんと108頭身」
「お前どんだけ座高低いの? ちゃんと内臓ある?」
自信満々に席を立ち、俺の方まで回り込んでくる。そして堂々たる仁王立ち。
ぱっと見、身長150cmに至らないくらい。むしろ同年代の中でも背の低い方ではあるまいか。当然、目を見張るような凹凸もなけりゃ、なんだったら乳臭さすら残る面差し。
誇らしげに張ってみせる志津香のその胸に手を当ててみる。
「どーよ、立派なもんだろー?」
うん。見事なまでのまったいら。爆心地も裸足で逃げ出す勢いだ。今日からここを志津香平野と名付けよう。
「あんっ♡」
「気持ち悪い声出すな」
志津香のその声があまりにも耳障りだったもんで、その平原の中の唯一の膨らみを指でつまんで思いっきり捻ってやる。
「い゛っっっっっっっだーーーーーーーー!!!!」
一転、酒焼けしたおっさんとて出さないような叫び声をあげて、胸を押さえながら悶え出す。ははは、愉快愉快。
「ちょっ、おま、わた、わたしの乳首! 取れてない? 取れてない!? あやねーちゃん、その辺に転がってない!!??」
「乳首がそんな簡単に取れるワケないでしょ……誠もなにムキになってんのよ」
まぁ、めいっぱいの力でつねってやったから相当痛いはずだ。これに懲りたら長兄をからかうようなマネはよしておくんだな。
「もー、誠兄ちゃんってば。おいたしたら、めっ、だぞぉ?」
舌を出しながら、痛い目を見てなおもふざける志津香の右手に銀色が閃いて、
「いっっっっっった―――――!!!!!」
次の瞬間、俺の右手の甲にフォークがぶっささっていた。
「お前、これ刺さってんだろ! 『おいたしたら、めっ』のテンションですることじゃないだろ!」
じわりと血が滲み始める。慌てて抜くと血が噴出しそうで、おそるおそるフォークに触れるが、そのたびに痛い。
「うっせーな! その程度で済んで幸せだと思えよ! うちの学校だったら、うら若き乙女の乳首をつねったやつは、その場で首を撥ねて、校門前にさらし首。胴体は車裂きの刑で八つ裂きにしたあと、チンコは豚の餌行きだかんな! 場所が小洒落た都会の隠れ家的カフェでツいてたな。かーーーーーーっ、ぺっ」
何その学校怖すぎるんですけど。それに、ここは小洒落た都会の隠れ家的カフェではなく、ただのうちの近所のケーキバイキングだよ。
「お前には、父親不在の家庭内における長兄の威を、武力で以て示してやらなきゃならんようだな……」
生意気な妹には鉄拳制裁。これは世の鉄則である。次は乳首をつねる程度で済ませるつもりはない。ちぎり取ってやる。
「いいともさ、かかってこいよ、誠兄ちゃん。あたしの乳首が取れるときは、兄ちゃんのチンコがもげて、豚の餌になるときさ」
「こわっ。お前の脅し文句怖いよ! 未使用品なんだから、せめて丁重に梱包してアマゾンで発送するくらいのことはしてくれよ!」
「はー? 兄ちゃんのチンコなんて、どうせ猿みたいにオナニーしまくって、新古車っていうのも畏れ多いくらいなんじゃないのかぁ? あー、なんか兄ちゃんの手から精液の臭いしてきたし。くさっ、くさっ」
しっしと手で払いのけるポーズ。思わず自分の手の臭いをかいでみるが、血の臭いしかしない。
「低俗、下品、……二回死ね」
「ふ、ふたりとも、ほかのお客さんもいるんだし、喧嘩するにしてももっと静かにしようよぅ……」
見かねた晶子と双葉が助け舟を出してくれる。いま、死ねって言わなかった?
「はっ、妹にほだされて戦意喪失とは、誠兄ちゃんも堕ちたモンよ。わたしだったら、三回殺されたって、兄ちゃんのチンコをみじん切りにしてやるね!」
「だんだん俺のチンコへの扱いひどくなってない? ……いいだろう、お前がそこまで言うんだったら、兄としてその決闘受けてやる。ただし、負けた場合、お前の処女膜で家の障子を張り替えてやる!」
ついに対峙する龍と虎。志津香はただでさえ小さな体をさらに丸めるように低く構え、下から上への攻撃を表明している。ならば俺は、身長というアドバンテージを最大限に利用し、上から下への振り下ろし攻撃で蹴散らしてやろう。喧嘩とはすなわち体格差。この愕然たる現実を、夢見がちな少女に叩き込んでやる。
互いの闘気の高まっていくのが分かる。いまぞ、雌雄決する――
その時。
「あの、お客様。ほかのお客様のご迷惑になりますので……」
「やかましいのはこのふたりだけなんで、こいつらほっぽり出してください」
我が実妹は非情であった。
かくして、俺と志津香は退店を余儀なくされた。
「……またこんどにするか」
「うん。それまで、誠兄ちゃんのチンコは、兄ちゃんに預けとくよ」
「俺のチンコは元々俺んだ……うぅ、太陽が得てる割には意外と寒いな」
中から外を見ている分には、たっぷりの陽光が降り注いで温かそうに見えていたが、暖房で体が温められていたのもあって、すこし冷える。
「まぁ、冬の小春日和って言うくらいだしね。……へくちっ」
志津香が柄にもないかわいらしいくしゃみをするもんだから白々しい視線を向けてみるが、それもそのはず、入店時には羽織っていたコートもセーターも着ておらず、シャツ一枚の薄着だった。
「お前、服は」
「あー、ふたねーに、汚すから脱ぎなさいって言われて、店の中置いてきちゃったぜ」
「……ったく」
小柄な少女が着るには余りあるサイズだが、何も着ないよりはよっぽどマシだろう。自分のガウンを志津香に着せてやる。
「誠兄ちゃん、いいとこあるじゃん」
「まぁ、いくら生意気つったって、妹だしな」
「ありがと……うわっ、精液くさっ!」
「はったおすぞ!」
げんこつを振りかざすがするりと回避されてしまう。
「およ。あれって、……」
手づかみから逃げるウナギのような機動性で俺のグーパンをかわし続ける志津香が、不意にぴたりと動きを停めて遠くの方を見やる。つられて僕もそちらに目を向けると、
「おーい! すみねー!」
四女、佳純のお出ましだ。脱色した髪を乱雑に結い上げて、ポケットに手を突っ込んだまま路地から出てきたところに鉢合わせる。
「チッ……」
志津香の呼びかけに気付くや否や、あからさまに不機嫌そうに顔を歪めて、踵を返し元来た道を引き返す。それを追いすがろうかと足を踏み出して、そこから二の足が続かない。
「……ほっとくか」
「んだんだ。腹減ったら帰ってくるよ」
さっきも言った通り、俺は佳純が苦手だ。曲がりなりにも教師という仕事についている職分から鑑みれば、一も二もなく彼女の説得に努めるべきなのだろうけれど、どうにも気が進まない。あるいは、これがただの教師と生徒という関係だけならば、もっとずっと楽な気持ちで、彼女に駆け寄れたかもしれない。
未だ冷たい冬の風が、頬を撫でつけていく。陽だまりの中で、俺は志津香と顔を見合わせた。
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