第二話

プロローグ

 2019年5月下旬。二宮智久は自宅で夕食を食べていた。父と母と祖父と自分。居間でテレビを見ながら雑談する、どこにでもある一家団欒の風景だ。


 やがて食事を終えた家族はそれぞれ、いつもと同様の動きをする。母と智久は食器を片付け洗い物をし、父はリビングで新聞を読む。祖父は一服するために縁側へ移動しようとしていた。


 そんなとき、ピンポーンと玄関のチャイムがなった。


「あら、誰かしら?」


 訪問の心当たりのない母、美智子(みちこ)が首を傾げる。


「わしが出よう。セールスだったら追い返してくる」


 ちょうど立ち上がり、手が空いていた祖父、万作(まんさく)が玄関に歩いていく。お願いしますお義父さんと笑いかけて、美智子は洗い物に戻った。智久もそれに習う。


 しばらくして、万作が一人の男を連れて戻ってきた。紺色のスーツを着たビジネスマン風の男だった。


「父さん、その方は?」


 客が来たと見て新聞をたたみ、立ち上がった父、俊也(としや)が少し不思議そうに尋ねる。ビジネススーツにビジネス用のカバンと、その男がいかにもセールスマンのような風体であったからだ。


「お初にお目にかかります。私は井上拓哉と申します」


 井上と名乗った男はすっと俊也の前に進み出ると、胸元のポケットから取り出したケースから名刺を取り出し俊也に渡した。


 渡された名刺には『株式会社サムリープ 営業部 遠夜支店 井上拓哉(いのうえたくや)』とあった。遠夜市は自分の住んでいる市の名前であるから、遠夜市担当の営業マンということで間違いないだろう。ますます万作が追い返さなかった理由が分からなかったが、ふと感じるものがあって俊也は名刺を裏返してみた。


 すると滲み出るように新しい文字が浮かび上がる。


『妖狐の里 案内役 三房(みつふさ)』


 井上拓哉、またの名を三房というその男は、柔らかく笑って言った。


「妖狐の里から使いに参りました。二宮智久様はいらっしゃいますか?」


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