第22話「塞ぐ者」
カラカラと軽い音を立てながら木々の間を何かが疾風の如く、すり抜けていく。
数秒経った後に続くのは、地面を揺らす程の振動を上げながら目の前の敵を追う魔物達の姿。
草花を踏み潰し、木々を身体を打ちつけてもなお止まらない苛烈な勢いは、一体の魔物が手に持っていた木と石で出来た無骨な斧と呼べるそれを前へと投げ付ける事で攻撃へと転じた。
彼等が見据えた先に居る敵に当たる寸前で太い根に突き刺さり、木片を空中に散らす。
「ヒッ!」と抜けた声が聞こえると同時に、先程の斧を合図に投げられた十数もの斧が次々と地面や木々に突き刺さっていく。
「ひゃぁぁぁっ!!? も、もう、いやですぅぅっ!! ラウちゃん、後ろ! 後ろ! 魔物が凄い形相で追ってきてますからぁ!!」
「あははははははは!!」
「ラウちゃんーーーーー!!」
私の笑い声とリィナの悲鳴を追うように、背後から魔物達の鋭い雄叫びと足音が近づいて来ている。
後ろに迫る数は優に十を超え、三十にも及びそうな数の軍団は目に殺気を光らせながら、私達へ牙を剥く。
「じゃぁ、そろそろ行くよ! リィナ!」
「ひぅ!? は、はいぃぃ!」
森を抜け、開けた場所へ魔物を誘き寄せると、
「わ、私の前に立ち塞がる難敵を捕らえてください!」
詠唱と共に風上級魔法『風檻』を形成。
ふわっ、と吹いた風から突如として巻き上がった、暴風の檻に森から抜けた全ての魔物を閉じ込める。
荒れ狂う風の中では魔物達の困惑と怒りの表情が見て取れるが、そんな時間も続かない。
今のリィナはメイ達の秘密の特訓で魔力量が上昇したとはいえ、まだ上級魔法を連発出来る程の魔力量は無い。
「ラウちゃん!」
だからこそ、空いた隙間を埋めるのが私の役割だ。
「まっかせて!」
フェルの背から空中へ身を投げ出し、結界で作った足場に着地。
強化魔法を自身に掛け、片脚に力を込める。
ばきっ、と結界がヒビ割れる音と共に一気に飛び跳ねた。
眼下にリィナの作り出した『風檻』の中で強烈な殺意の視線が向けられるが、もう遅い。
片手に亜空間から取り出した長剣に雷魔法と闇魔法を同時に掛けていく。
一筋。紫の稲光が走り、普通の長剣だったものは闇と雷渦巻く不気味な長剣へと変貌を遂げ、
「全部、ぶっ飛ばしちゃえッ!!」
そんな可愛らしい声色とは裏腹に、空気を破裂させる轟音と共に落ちた闇雷は眩いばかりの光を散らしながら、紫の雷龍が全てを押し潰した。
爆撃音が耳をつん裂き、檻から解放された暴風が木々の草木をバタバタと暴れさせる。
いち早く避難を開始したフェルにしがみつつ、背後へ向けたリィナの瞳には、今日の為にと可愛く整えた三つ編み混じりの長い銀髪が揺れ、口元を笑みで満面にしたラウの姿に、思わず敵対しなくて良かったと心底安堵する。
暴風が収まり、地面にバチバチと雷撃音を立てて走った稲妻が木々をも黒く炭へと変える頃。
残ったのは地面を抉り取る様にして、円を描く雷風が暴れ回った跡と中心に出来た深い穴だった。
「リィナはここで待っててね。よっと」
風魔法でぷかぷかと空中で浮いていた私は地面に降り立ち、空洞となった地面を見下ろしてみれば、底には複数の輝く魔石が落ちていた。
ただ、中には魔法が直撃してしまったのか、崩れてしまった魔石もあるが、中々の収穫だ。
私は穴の底で魔石を手に取っては袋へ入れていく。
「17、18、19っと。大収穫だよ、リィナ!」
「良かったですぅ〜、もうヘロヘロなので失敗したらどうしようかと……」
その時、ピロンという音と共に一定時間経過した事で開示された順位が上空に大きく公開された。
頂点に炎のエフェクトと共に輝くのは、クアン達の名前と68の数字。
二位との差は20以上離れているが、これが公開された以上、一位を狙う彼等はただ黙っていないだろう。
誰もがオリジンを欲している。
自分が強者であると、自分を認めさせる為に。
そして、それは私達もだ。
「むふふ〜♪」
「? 何か、ラウちゃんには案があるんですか?」
「走り回ってる時に考えてたんだけどね。なんとね、この対抗試合の舞台は迷宮の周囲を広大な森で囲まれてるような地形みたいだから、迷宮から森へと外に向かう程に魔物の数は少ないと思うんだよ! つまり〜!」
「あっ、迷宮内部にはまだまだ魔物がたくさんいるってことですね! その代わり、魔物の強さも上がちゃうかも知れませんけど……あははは……って、まさかぁ……」
確信してる。クアン達は中央にいる。
多くの初等部のオリジン達が集まるだろう迷宮の中に。
「にひひひっ♪」
「ラウちゃん……なんか、凄い悪い顔してますよ?」
「リィナ、ちょっと話があるんだけどさ」
「ぇ……え!? ラ、ラウちゃん!? そ、そうです! 私さっき用事を思い出して——————」
「対抗試合以上に大事な用事なんてないでしょ! ほら、行くよ! フェル、ゴー!!」
リィナは風魔法を使用し、フェルの背から降りる事で、咄嗟に逃げようとした。
こんな時のラウに付き合えばどうなるかはあの幼馴染二人を散々見てきたから。
それだけは勘弁してほしいと。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しかし、そんな努力虚しく、ふわりと浮いた瞬間に即効フェルの口に捕まり、背に戻された。
結局、悲しき悲鳴と心底楽しそうな笑みが森に木霊するのだった。
*
長年の月日を重ねて削り取られた岩肌が続く僅かに薄暗い空間。
迷宮は各層から続く下への階段を降りる事によって更に深い階層へと行くことが出来る。
だが、その階層へ行く為の階段の前で、幾多もの火花が暗闇に無数の花を咲かせていた。
何階層にも及ぶ迷宮の中で、爆炎と氷結が互いに衝突し、迷宮内を片方は灼熱、もう片方は極寒と地獄のような環境へと変質させていた。
「確か、アンタは最初にラウにちょっかい掛けてた奴よね? どうしたの? 負けたからって私達に突っ込んで来るなんて」
「ざッけんじゃねぇよ、このクソ女。誰が負けたって?」
「だって貴方じゃ、あの子には絶対に勝てないもの」
「はっ、もしかしてそれは自分と比較でもしてるつもりか? っはは! そいつは随分とご都合の良い脳みそしてんなぁ。炎女? 炎に焼かれすぎて脳でも溶けて無くなったってかァ?」
「ふん。貴方こそ、氷をそんな風に荒く使いまくってるから、身体も頭も硬いんじゃないの? それとも。あの子と戦っては、無惨に砕け散って思考する欠片も残ってないのかしら?」
「だから、負けてねぇって言ってんだろうがッ!! クソ女ッ!」
「もしかして、図星をついちゃったかしら? でも、怒るって事は心当たりがあるんじゃない?」
一方は血管が切れるんじゃないかと思う程に額に浮き上がらせ、もう一方は更に煽るように炎の火力を上げていく。
互いに挑発の言葉を吐き出した直後、嫌味たっぷりの返答とばかりに炎と氷が衝突し合った。
ガヴェルが地面や頭上から繰り出した幾多もの氷柱を突き刺さんばかりに作り出すが、豪炎を纏った長剣に衝突する事で、氷は溶け、一瞬にして跡形もなく消失。
しかし、それは互いに数合やり合っただけで分かっていた。
「そんなに、溶かすのが得意なら、コイツでも溶かしてみろやッ!!」
ガヴェルの魔力が跳ね上がり、直後、全てを凍らす冷たい空気が地面を凍らせ、私へと速度を上げて迫る。
「チッ!」
「まだ分からないの?」
「さぁなぁ?」
何度も重ねた攻防で感じていた筈だ。
それも、獣人ならば尚更。
だが、何が面白かったのか、目の前の男は口角を上げた。
私を前に。
「分かってねぇのはテメェじゃねぇのか? 分かんねぇなら、そのまま死んじまいなッ!!」
全てを燃やす事が出来ると確信した炎と凍える極寒の氷壁。
互いに衝突し、煙玉が破裂した時のような冷たくも熱い煙が巻き上がった。
油断とは言わない。
慢心していたつもりもない。
「ッ!?」
轟々と唸りを上げる炎によって相殺されたと思っていた。
刹那、不意に足首に走った不快な冷たさに思わずその場を飛び退き、続け様に自分が立っていた場所へ向けて炎弾の嵐を展開、発出した。
蛇の如きそれは、急速に地面を氷漬けにしていき、私が作り出した炎に触れると、あり得ない事に炎自体を氷漬けにしてみせた。
ソレはガヴェルの指示に従い、速度を更に上げ、迷宮を凍らせていく。
遂に私の元に届くかと言うところで、視界の端に映った影。
その姿を確認するや否や、すぐに防御の態勢へ自然と身体が動いていた。
「—ッ——ァ———ァァァァアア!」
影は目の前を過ぎ、吹き飛ばれそうな衝撃波と共に地面を粉々に砕き、揺らした。
「なっ!? どうなって——————、テメェかッ、リス野郎ッ!!」
ガヴェルとクアンが視線を向けた先には、自身の身長を軽く超える程の大剣を振り回す女子生徒——————オリジン四位、『巨剣』ベニィ・ペプルスがおり、先程の一撃は彼女のものだろうと推測。
当たれば間違いなくタダでは済まない一撃を横目で確認しつつ、チラついたあの子の影に一瞬逡巡する。
ベニィの肩には必死にしがみ付くリスを乗せ、フリルをあしらった可愛らしい装いとは裏腹に、巨剣による一撃の重さは同じオリジンであるガヴェルと私の攻撃魔法すら一撃で砕いてみせた。
有無を言わさぬ可憐な少女による鉄槌の一撃。
身長よりも明らかに巨大な大剣を軽々と扱い、振り下ろす一撃は剣同士の勝負なら鍔迫り合いに持ち込むどころか、耐える事すら出来ないだろう。
「ふぅ〜〜、ガヴェル君、ちゃろ〜☆ クラスメイトだから、あれこれするつもりは無いんだけどー、その臭い煙をこっちにも来られると困るんだよね〜。あと、野郎じゃないぞ☆」
「この、クソ野郎がッ」
「減らない口をどうにかするよりもぉ、それをどうにかしたら? あと、もう一度言ったらクラスメイトだろうとぶち殺すから☆」
「は—————ッ!!」
直後、ガヴェルの背後に突然人影が現れ、獣人の身体能力と危機察知によってなんとか回避するが、
「次から次へと、邪魔よッ!」
私の獲物を奪うのは許さない!
白焔が渦を巻き、繰り出した獄炎鳥が宙を産声を上げる。
一体の白焔鳥は迷宮の天井に届く程に高く舞い上がると、乱入したベニィ諸共、轟々と燃え盛る白の炎雨を降らせてみせた。
「た、退避しろッ!!」
「ひっ、うぁぁぁあああああ!!」
どうやら、オリジン同士の衝突で気を伺っていた他の生徒もいたようだが、関係ない。
周囲に味方が居ないからこそ、使える技だが、これ以上適した物もない。
「きゃあ〜☆」
「…………」
「しゃらくせぇ!!」
延々と迷宮に降り注ぐ豪雨が続々と入ってきた他チームの一人、また一人と脱落者を出していく中、クアンに向けられて巨大な氷石が飛んだ。
氷石は豪雨に欠けながらも勢いは衰える事がない。
私が繰り出した炎雨をやめさせる為の一手。
一見見れば苦し紛れの攻撃だ。
この状況下で最優先は私の攻撃をやめさせる事。
ともすれば、この攻撃に視線が向いた間に本命の魔法を唱えているはず!
視界の端に氷石を捉えながらも、視線を物陰へと向けた。
そして、遂に炎雨が氷石を砕き、
「!?」
別の魔法が来る——————、筈だった。
その先入観は私に致命的な隙を生み出し、砕け散った破片の中から飛び出してきた鋭利な針の様な岩石に反応が遅れたのだ。
「どんぴしゃ☆」
一瞬見えた少女の笑みが視界に映り————、間に合わないッ!
剣身で捉える時間すら既に無く、咄嗟に柄で受け止めるが、振動による痺れが腕に走り、思わず落としそうになる長剣を強く握り締め、
「ぐぅッ!!」
力を流す事で威力を削ぎ、凌ぎきった。
けれど、追い討ちを掛けるようにして向けた視線の先にはベニィの姿は無く、彼女とパーティーを組むもう一人のオリジン————ルベルが何かを振り抜いた態勢のまま此方を見ていた。
焦り。
瞬時に過ぎった身体の冷たさを感じた刹那、上から影が差した事に気付く。
「オリジン2位、頂き☆」
巻き上がった煙を裂きながら振り下ろされた大剣が目の前に迫っている事に。
気付いた時には既に目の前まで迫っていたそれは、空中に飛び上がり、ただでさえ巨大な大剣を両手で構えている。
その顔には自虐的な笑みがあり、背丈は似てるかもしれないが、内面はまるで違う。
比べるまでも無い。
少しでも、背丈だけでラウの様に感じてしまった自分が情けない。
「ッ、はぁ……これまでね」
「そうだよ、君はここで脱落するんだぞ☆ そして、私が君の座を継いであげる!」
長剣を強く握るのをやめ、ゆっくりと構えを解く。
その剣身には無数の傷はあれど、欠けた部分は無い。けれど、私の炎に耐えられなかったのか、所々紅く熱を帯び、変形していた。
「そして、ゆくゆくは君と一緒にいたあのおチビちゃんもぶっ倒して、私が最強だと証明するのさ☆」
長剣の柄の感触を確かめるようにして握り、私は長剣を地面に突き刺した。
これ以上私の我儘に彼女達を巻き込ませるわけにはいかない。
そして、私は片手をもう一つの短剣へ伸ばす。
「そんな、ちんけな短剣で私の一撃を————」
だから、
「ラトラ、赤禍狼、貴方達の力を見せなさい」
遊びは終わりだ。
「ぇ? ッ!? マズッ、きゃあああぁぁぁああ!!」
身を焦がしていくような灼熱の炎が懐かしい。
炎が私に寄り添う様に力をくれる。
「な、なんなの、アレ!?」
「…………」
「はぁ? 魔剣!? ズルじゃんかぁ!」
「こいつぁ、ちとマズイな……だが、おもしれぇ」
この力を使う以上、負けは許されない。
「私の準備を手伝ってくれてありがとうと言っておくわ。でも、これ以上先は行かせるつもりは無い」
制服の上から橙や白など、燃え盛る焔がドレスを形成し、魔力量が更に上昇し続けていく。
静かに、けれど轟々と唸りを上げる炎の中で、ゴクリと誰かが息を呑み、汗が空中から地面へと滴り落ち、その身を散らす。
刹那、迷宮を焼き尽くさんばかりの焔が階層全体を飲み込んだ。
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