第11話「魔術を研究者する者達の性」


「ラウちゃん! 貴女、本当に素晴らしいわッ!!」


 私は突然握られた手と学園長の顔を見ながら、固まる表情のまま聞いていた。


「まさか、全ての基本属性を持っている上に闇属性まで持っているなんて! どうして、早く私に言ってくれなかったの!? あ、いえ。これは違うわね。ん~」


 学園長が急に手を握って喋り出した事で思わず固まってしまったが、それは教師達も同じようで、止まっていた時間が動き出すように、「学園長! 質問を! 是非、質問をさせてください!」と数人が手を上げる。


 そんな中、私がやった事が信じられなかったのか、ざわめきは勢いを増し、魔導師という魔法について研究を重ねる心を呼び起こしてしまったようで、何故か観客席では真っ先に名乗りを上げたユリア主催の討論会へと変わり、意見の交わし合い、そして新たな発見と笑いが聞こえるお祭り騒ぎになっている。


 その代わり、私を獲物を見つけた目で見てくるのをやめて欲しい。


「ふふっ♪ ここ最近皆んな四年生の担当で忙しかったから、楽しそうね。でもここじゃ、貴女と楽に話せそうに無いわね。移動しましょうか」

「あれ、大丈夫なの?」

「ユリアに任せておけば大丈夫よ。ユリアの自信が凄かったから念の為に連れてきたけど、正解だったわ。あの子の人を纏めるリーダーシップっていうのは、目を見張るものがあるわよ」


 学園長が言った通り、見ればユリアはなんだかんだで先生達の纏め役として機能しているらしく、特に問題も起こりそうになかった。


 寧ろ、ユリアも教師達に混ざって楽しそうにしている。


「じゃあ、行く」

「なら、私の手を握っていて頂戴」


 そういって、しわしわの手を握りしめたのだが、学園長はローブの裏にあるポケットから何か青い鉱石を取り出すと、それを割った。


 一瞬、魔力を感じたと思ったが、目を開けた時にはすでにそこは教練場では無く、何処かの一室のようだった。


 日陰に配置されているのか、少しだけ開けた窓からは白いカーテンが風に揺れ、涼しい風が部屋に入ってきて、古い本の独特の匂いが鼻を抜ける。


 古びた印象を与えながらも木々の年季の入った色からは丁寧に掃除され、大切に使われて来た事がすぐに分かった。


「そこに座って頂戴。貴女には沢山聞きたい事があるから。あっ、まずは紅茶を用意しないとね」


 目の前に対面する形で置かれたソファーに嫌な予感を感じつつも渋々座り、辺りを見渡してみる。


 沢山の本が壁一面に収納されており、天井は遙か上。


 しかも、見上げる程高い天井まで全て壁一面は本で埋まっている。


「おぉ〜……ん? 何、あれ?」


 すると、何か天井に近い所でふわふわと浮いている物体を発見し、目を細めていた所で、「お待たせしたわ。ん~やっぱり、紅茶は一番よね。ラウちゃんもそう思わない?」と学園長が現れた。


「それとも、ジュースの方が良かったかしら?」

「い、いえ。頂きます!」


 まさか、突然学園の偉い人と喋る事になるとは思っても見なかったから、内心びくびくなんだけど、バレてないよね?


 机に紅茶が静かに置かれ、ふわりと香った匂いが緊張していた心を安らがせていく。


 両手で掴み、猫舌な為に息を数回吹きかけてちまちま飲んでいると、「それで、ラウちゃん。貴女が魔族と龍を倒した張本人ではないですか?」と聞かれ、思わずせた。


「やっぱり、そうなのね」

「あっ、いや、それはその~」


 せっかく、ミリアが誤魔化すと言っていたのに、私の所為でバレるのはマズい!!


「チ、チガイマス。ワタシジャ、ナイデス……」

 

 なぁ~~~!!


 どうして、私はこうも嘘を吐くのが下手過ぎるんだぁ!


「あら? そうかしら。でも、おかしいのよね。話じゃ、稲妻と共にガルス砦に来たって言うじゃない? でも、ガルス砦に行った生徒や教師の中に龍が対象を変えるような一撃を出せる相手はいないのよね〜?」

「じゃ、じゃあ本当に天使さんが来たのでは……」

「でも、それじゃおかしいじゃない。天使が来たのなら、噂はガルス砦に降臨した天使が龍を倒したってなるじゃない? でも、それが黒髪の美女って話が伝わってる。闇魔法には姿を変える魔法があるし、貴女のように強大な魔力を持つのなら、それを解放した時、どうなるかは分からないわ」


 こ、怖いーー!!


 ニコリと笑みを浮かべてるけど、奥の瞳がまるで笑ってない!


 かと言って、此処で認めちゃうとミリアの苦労がぁ……。


「それに、報告ではアミルさんが魔族を倒したとあるけど……、確かにアミルさんの実力なら魔族も倒せるでしょう。ですが、三人を倒して一人が逃げたというのが引っ掛かるのよね。アミルさんが倒れたのなら、異分子となる彼女は殺されていた筈。でも、そうしなかった。というより、出来なかったんじゃないでしょうか?」

「うっ!」


 全てが見透かれてるような寒気が……!


「あぁ、それとミリアさんには既に話を通してあるわ。だから、隠す必要は無いのよ?」

「えっ? 本当?」

「えぇ、だってさっきだって私が貴女を連れて行く時、ミリアさんは何も言わなかったじゃない?」


 た、確かに。


 でも、あの時他のクラスから来た生徒で壁が出来てたから、ミリアでも強引に割り込む事は出来なかったんじゃないかって——————、


「それに、ユリアからも貴女の事を聞いているのよ。だから、私はこの一環については全て知ってるわ」


 なら、いいのでは?


 ミリアも知ってるみたいだし、なんかもう学園長、私がやったって確信してるみたいだし。


「私がやりましたぁぁ……」

「やっぱり、そうだったのね♪ それにしても、古竜から龍へと進化した魔物と魔族を新入生がね。メイさんも三人相手に倒し切る実力も流石です。因みに、どうやったのか、教えてくれないかしら?」


 そうして、学園長に全て話す。


 学園長は驚いた様子を見せながらも、後半は想像の通りだったのか、何か期待する表情を見せていた。


「まさか、ベルクリーノ家が介入してるとは知らなかったわ。流石、王国の逆鱗ね。かの家は各国の情報に精通しているとは聞くけど、根回しの良さと良い、名に恥じない活躍ぶりだわ」

「あの〜、怒ってないんですか? 勝手な事をしたって」

「ふふっ、勿論怒ってるわよ?」

「や、やっぱりぃ!」

「でもね、それ以上に感謝もしてるのよ? ありがとう、ラウちゃん。貴女が行かなかったら、今の結果にはならなかったでしょう。そうしたら、学園の生徒が何人若い命を落としていたか分からない。だから、ありがとう」


 ゆっくりと言葉を噛み締めるように語られた言葉は学園長の本心なのだと自然と分かった。


「でも、ね。ラウちゃん? 行くなら行くで、先に何か言って欲しかったわ。ラウちゃんだって学園の生徒なのだから、もし万が一が起こってからじゃ遅いのよ?」

「ご、ごめんなさい!」


 学園長は「ふふっ」と笑みを浮かべ、「別に行くなとは言わないわ。今回だって、ラウちゃん達が行ったからこそ、救えた命もあるのだから。でも、自分の命も大切にね」と締め括ったのだった。


「は、はい!」

「それにしても、そうなると困るわね」

「何かあったの?」

「実は、魔法国を仕切ってる王様がね、貴女の事を探してるのよ」

「げっ……ほ、本当ですか?」

「その反応からして、バレるのは望んで無いみたいね。ん。だったら、私の方で誤魔化しておくわ」

「良いの?」


 「でも、」と小さく呟くと、


「それまでに何か楯が必要ね。このままじゃ、王様は貴女にガルス砦の危機を救ったとか口実を付ける事で爵位を与えて、この国に縛り付けようとするでしょう」

「そ、それは困るよ! 私、ミリア達と色んな所に冒険するって決めてるんだから!」

「冒険? 冒険者になるって事ですか?」

「なるっていうか、もうなる事が決定してるというか……」


 もう全て話してしまった事だしと、既にタリーでメイやアミルと共に冒険者登録をしており、三人ともSSランク冒険者として推薦された事を話す。


 すると、あまりに驚き過ぎたのか、一度理解出来ずに膠着すると、吹き出したように笑い出した。


「長らく学園で優秀な生徒を見て来ましたけど、貴女のような生徒は初めてです! しかも、あの二人もとは。そうなると、王国もそのような人材を他国に取られたく無いでしょうし、何か爵位でも貰いましたか?」


 爵位?


 だったら、一応飾りだけど持っている。


「だったら、私王国で侯爵位貰ったよ? でも、私、侯爵らしい事なんて何にもやってないけど」

「不安ですか?」

「だって、貴族だよ? それなりになんかやらなくちゃいけないんじゃないかって」

「基本、貴族は自国に領地を得て、そこの管理を主な収入源とします。けれど、ラウちゃんの場合はまだ学生の身分ですからね。それを鑑みても今は領地の経営よりも爵位を与える事でラウちゃんが王国の貴族だぞと警告と予防線を引いたのでしょう。だから、ラウちゃんは今は勉学に集中してもらって大丈夫ですよ」


 もしかして、ママとエヴィってその事まで考えていたんだろうか?


 ん〜、二人の考えることはよく分かんないからなぁ。


「ともかく、分かったよ」

「えぇ。後は……あぁ、そうでした。ラウちゃん、上級生の授業に参加してみる気はありませんか?」

「上級生の授業に?」

「実はビクトリアさんとの決闘の後、ラウちゃんのクラスを模擬戦闘訓練を担当する教師から、貴女を進級させてはどうかと打診があったのです。でも、貴女の周囲を見る限り、それは望んで無い様子ですので、進級ではなく実力がなるべく埋まる相手をと思いましたね」

「もしかして、悪いことしちゃった?」

「いいえ、むしろその教師は貴女が何処まで行くのか楽しみだからこそ、此処で足踏みをして欲しくないと言っていましたよ」


 そう言ってもらえるなら、私ももっと頑張らないといけない。


 今回だってギリギリアミル達を救う事が出来たけど、もっと魔法を覚えればそれもどうにか出来る手段が見つかるかもしれない。


 それこそ、イリヤから奪った転移の力みたいに。


「うん、やる!」

「ふふっ♪ では、そろそろ帰ってくるラウちゃんの先輩、高等部二年の子達に混ぜてもらいましょうか。そうしたら、色々と参考になる事が多いと思いますよ」

「参考に……、うん! んで、参加する授業って何なの?」

「それはですね、」


 と学園長は不適な笑みを浮かべると、


「魔術戦闘技能。上級魔法が飛び交う魔法による対人戦闘訓練です♪」


 と締め括ったのだった。

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