第7話「サプライズプレゼントを求めて」
ムグルに魔石と容器を渡し、ラウの誕生日である25日前までに完成させると言われてから三人でその後も雑貨屋に行ったり服屋に行ったりしてその日は終了。
夜が明けて翌日。
クアンとミリアはラウへと日頃の感謝と一粒の感情を乗せたサプライズプレゼントを選ぶため、ゆっくりと大通りを二人で歩いていた。
「クアン、ラウにあげるプレゼント何か考えてきた?」
まだ肌寒い季節である為、薄手の黒いカーディガンに似た上着を一枚羽織った赤髪少女。
それに対し、極度の寒がりである金髪娘は純白の腰辺りまである毛糸ポンチョを着て寒そうに両手を擦り合わせ、ハーと白い息を吐く。
白い息が空中に溶け、大気中に混ざって同化する。
大通りには寒いからなのか、はたまた熱々だからなのか腕を組み、一つのマフラーを付けて身を寄せ合う恋人らしき若い男女。
その他にも我先にと遊び場であろう場所へと元気に走る数人の子供達が風景を彩っていた。
「一応は考えて来たけれど、今のところラウが欲しそうなのって昨日ムグルさんの所で見た槍ぐらいなのよね」
「あ~、確かにあれは喜びそうだよね」
「あんなに目をキラキラさせてたらね? ラウが周囲の物に興味を持つのはよく知ってるけど、あそこまでのは初めて見たわ」
「と言っても、いつもは大抵屋台で売ってるお肉に興味を示すから」
そういって「ふふっ」と可笑しそうに手を口元に当て笑う。
来る前に花壇を弄っていたのだろう。
ふわりと彼女が動く度に花弁から付着した生命の息吹を漂わせる。
「あれは疲れて帰ってきた後だと魔性の物よ」
悟りを開いたかのように遠い目をして喋る赤髪冒険者に救済を!
とは言え、空が赤く染まる頃には冒険者や職人など、仕事が終わった人が溢れる。
それは屋台の他にも飲み屋、宿に常設された食堂等も客入りを増やすため店開きを始め、大通りは数分で食欲をそそる香りの防御し得ない襲撃を喰らう。
「クアンはいつも何食べてるの? 泊まってる宿で出される料理とか?」
「大体そうね。遅くなったら外の屋台か宿で出される料理だけど、何も無い日は台所借りて料理もするわ」
「宿で客に台所貸すなんて珍しい」
「私もそう思ったんだけど、折角のご厚意に甘んじたのよ。冒険者をやってると、外で一人になる事が多いから自分で料理出来ると何かと楽なの」
「私も一人暮らしだからよく料理するし、よく分かるよ。そうだ、今度私達だけで誕生日パーティーしようか?」
「あら、良いじゃない♪ 今度誘ってみましょ?」
「うん! それじゃ、今は取りあえず色々回ってみようか」
「ええ、そうね♪」
冒険者と思えない上品な笑みを見せ、根元から鮮やかな赤で染まった髪を風と遊ぶように
二人で話題をコロコロと転がしながら会話し、大通りを歩いていた時、クアンが急にふと立ち止まった。
スッと隣に居たクアンが消えたのでどうしたのかと目線を後方に向けてみると、そこには言葉に表すのも
「かっ……可愛い……」
そんな小さな呟きが隣から零れた。
クアンも女の子なんだなぁ~と思いながらニヤニヤと笑みを浮かべながら頭の片隅で考えていると、そう言えばラウもヌイグルミが好きだったな。
いや、現在も部屋を覆い尽くす程のヌイグルミを持つくらいには好きだね。
そうこうしているとクアンがついに誘惑に理性が負けたのか、フラフラッと雑貨屋の方に吸い込まれて行き、消えた。
そんな様子を何をするでも無く眺めていたミリアは周囲をチラチラと伺ってから「まぁ、私もちょとくらい……いいよね♪」と誰に言い訳するでもなく潜行部員の後を追いかけた。
その雑貨屋もとい、ぬいぐるみだらけの商店は二階建ての一軒家だったが外装は蔓に覆われており、落ち着いた雰囲気。
居間の机を思わせる懐かしい色合いの扉に取り付けられた、デフォルトされた熊が持つ小さなドアベルからカランカランッと乾いた鈴の音が店内に客の出入りを知らせて。
ふわっと仄かに漂う甘い小苺の香りに鼻孔をくすぐられる。
問題の内装は――――
「ここはヌイグルミの天国なの!?」
このクアンの嬉しい悲鳴から分かるように色取り取り、姿様々なヌイグルミで溢れかえっていた。ちょっといつものクアンに似つかない声が出るぐらいにはヌイグルミだらけだった。
ヌイグルミには犬や猫、ひよこや小熊など代表的な動物。
変わった所だと、スライムやゴブリン、キメラなどのデホォルトされた魔物のヌイグルミがある。キメラに至っては細部まで細かく再現されており、まるで見て作ったかのような。
「可愛い! 可愛すぎるわ! 持って帰りたいくらい!」
クアンは真紅に染まった子狼と空色の蒼を身に
反対色だからこそ、その可愛さが極限まで引き出されており、クリッとした丸い瞳や毛先から先に至るまでモフモフの尻尾が更に可愛さを引き立たせるッ!
二匹の四足歩行の脚には各々朱から白へ、蒼から黒へと変化。
紅い子狼では金色の瞳、蒼子狼は黒い瞳になっている。
ミリアも店内を埋め尽くされんばかりに配置されたヌイグルミの中でふとある子が目に付いた。
その子は少し目つきの悪い漆黒の黒猫と純白の猫のヌイグルミをそっと両手で持ち上げ、優しく柔らかく微笑んだ。
あの子達を思い出すように。
そんなとき、奥の部屋へ続く扉からパタパタと音がし、扉が開く。
そこには淡いラムネ色の髪と瞳の特徴的な一人の少女が眠そうな目でフラフラと歩いてきた。
ミリアと同じか少し小さな身長の少女が、身長の半分ぐらいありそうな大きな熊のヌイグルミを抱え、目を片手で擦りながら。
「いらっしゃいませなの……です。私はスフィ、この子はミニュ」
可愛らしい唇をパクパクと動かし、ふぁ~と小さな
上限突破していたクアンがハッと意識を取り戻し、次にミリアの方をチラリと見て頬を少し赤く染めながらコホンッと一息。
「貴女はこの店の店員なの? 私はクアン、彼女はミリアよ」
「ふふっ……くくっ……」
「ちょ、ちょっとミリア……」
いつもの彼女との、あまりのギャップの差が可笑しくて堪えようとしていた笑い声が漏れる。
彼女は彼女で頬から耳まで赤く染め、子狼のヌイグルミを抱きしめた手を左右にわたわた。
「? よろしく。驚くが良い~、私は~店長なのだ~。普段は一人で切り盛りしてるの」
寝起きで頭が回って無いのか、元からこの独特の喋り方なのか不思議な子だ。寝起きの猫の様にグイッ~と両腕を上に伸ばし、ん~と艶のある喉声を出す。
真っ赤になったクアンと今にも寝そうなスフィ。まるで髪色も相まって正反対の様だ。
涙で眼を潤ませたスフィが――――
「それで、その子達買う?」
と、そう言って指差したのは二人の抱えているヌイグルミ。
ヌイグルミの周囲には値札らしき物は見当たらなかったが、何処かに値段が書いてあるのだろうか。ミリアが周囲を見渡す様にきょろきょろと見回している間に、「えぇ、買わせて貰うわ。ミリアはどうする?」クアンが答え、質問。
高い金額だとそこまで懐に余裕の無いミリアが困る。
とは言え、あれこれと考えるのは値段を聞いた後でいいだろう。
「うん、私も買おうかな」
「あ、そうだミリア。ラウが好きな動物とかって分かる?」
「ん~ ラウは昔からかっこいい動物の中でも可愛い仕草をする動物が好きだよ。例えば、
「ええ。槍なんて渡したらラウのお父さんになんて言われるか分からないもの……」
「確かに、ラウのご両親はラウの事溺愛してるからね~」
あの両親の溺愛ぶりには毎度驚かされる。言い換えれば重度の過保護状態。
最初にラウの家へ行った時は私の身辺調査をされ、二回目は外で遊ぶ事になった為により、ラウの父親である侯爵様が雇っている数十人規模の隊を動員させての護衛なんかもあった。
流石に二度目はラウが要らないと怒った事により無くなったが、あの領主の事だ。
人数を小規模にし、隠密に長けた者を配置している可能性は無きにしも非ず。
「それにしても難しいわね……」
「ラウならヌイグルミなら何でも喜びそうだけど、最近のラウだと……」
「ぷっ! ふくくっ……ちょっとミリア。貴女、今ラウの事犬っぽいって思ったでしょ?」
「え!? な、なんで分かったの?」
「そんなの表情を見れば分かるわよ。まぁ、あながち間違ってないと思うし。それに私、友人にプレゼントなんて選んだ事無いからどんなのが良いのか分かんないのよね……あっ! この子はどうかしら!?」
「なになに?」
そう言ってクアンが持って来たのは漆黒の身体と
ミリアはクアンがなんで黒馬を選んだのかすぐに分かった。
ラウが以前言っていた事もあり、覚えていたのだ。
「その馬、クアンをラウが助けた時に乗ってた時の馬に似てるの?」
「そう! あれがラウとの出会いだったから、一番印象に残っててね」
「良いんじゃないかな? でも私の場合、
ミリアが頬に人差し指を当て、悩む仕草をする。
幼馴染であるラウとミリアの二人が出会った最初の思い出は一つの
思い返してみれば、まさか、たった一つの果物が今後の運命を変えるとは思ってもみなかった。
「ん~、だったら、出会ったその状況をもう一度思い出してみると何か思い浮かぶんじゃない?」
「あ、それだったらあるかも! でもここには無いだろうし……」
ミリアが困っていると椅子に座ってウトウトと船を漕いでいたスフィが話し掛けてきた。
「なんだったら私がお金貰えたら作る?」
疑問形の言葉ではあったが、そこに不満は無いみたいだ。
「え、作って貰えるの!? そ、それなら……白い猫がリンゴと寝てるヌイグルミって作れないかな?」
「ん、任せる! 明日取りに来ると良い。完璧に仕上げてみせるの!」
「あ、ありがとう!」
「ミリア、良かったね。」
「うん!」
「じゃあお金の合計は作る分も合わせて3500クォーツで大丈夫」
「「え!?」」
ヌイグルミは全部で六個。
クアンの抱える子狼二匹とミリアの抱える猫二匹。
そこからクアンの注文した黒馬、そしてミリアの林檎を持った白猫。
普通に考えればヌイグルミは素材の質が高ければそれだけ高値が付く。
そしてこの店のヌイグルミは一つ一つ手作業で作られており、手触りの良い高級品の生地を使われている事からも値段は跳ね上がる。だとすると三千五百クォーツは破格の値段だ。
「それじゃあほとんど利益出ないじゃない!」
「そうだよ! もっと取って良いんだよ!?」
「大丈夫なの。これは趣味でやっててほとんどお金かかってないから。それに他に人使いの荒い本業がある」
「ほんと? また買いに来るから生活が苦しくなったら言うのよ?」
クアンの心配そうな表情。
その不安そうな表情はどこかスフィを誰かに重ねているように見えた。
「そうだよ? 私も今度はもう一人の友達と三人で来るからね! あとこれお金ね」
「え? クアン!?」
クアンがポンとお金を出してしまうもんだから慌てるミリア。
ラウといい、クアンといいどうしてこう私を引っ掻き回すのか。
「うん? どうしたの……ってあぁ、お金なら気にしなくていいわよ?」
「いや、気にするからね!? 私は二人と同等の存在でいたいの!」
「ふふっ、じゃあ分かった。お金は出世払いでいいわよ?」
「何それ?」
「ふふっ」と可笑しそうに含み笑いをするミリア。
仲良さそうに喋る二人を眺めた後、間を置いて話を進める。
「ありがとうなの。これからも、よろしくなの。じゃあこの馬さんと作る白猫さんはラッピングする?」
「ええ、お願いするわ」
「うん。私のもお願い出来る?」
「ん、分かった。」
そう言って、クアンとミリアが持っていた二匹の狼と猫をクアンのとミリアのとで別々の袋に入れ、今度は慣れた手つきで馬のヌイグルミを包み始めた。
「はい、できた。明日の正午までには作っておく」
「ありがとう、じゃあまた買いに来るわね?」
「うん、よろしくね。じゃあ明日の正午に取りに来るね」
クアンとミリアはそうスフィに言い、袋を受け取ると雑貨屋をスフィに手を振りながら出ていった。
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深夜の薄暗い部屋で幼い少女が呟く。
「ミニュ……仕事だよ」
瞬間――――爽やかな風が吹いた。
風が吹いた事で桃色のカーテンが揺れ、ふわりと短い髪が
しかし、もうそこには少女の姿は無く、少女がいた机上には細部まで細かく再現され、出来上がった白猫がリンゴと一緒に寝ているヌイグルミが夜の月明かりに照らされて残っていた。
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