第11話 なにも美少女は伶奈だけではない。
俺と静馬がオバケ部に入部してから数日が経ったある日の放課後…
新校舎2-B教室前。
あいにくの曇り空でやや薄暗くなった廊下を一人の女生徒が歩いていた。
その少女は背こそは小さいが、威圧感ともとれるその堂々たる歩きっぷりに、思わず周りの生徒も道を開け、彼女が通りすぎていく様を少しどよめきながら見守っていた。
その姿はさながら、なんとか先生の総回診。
もちろんここは学校なので、そのようなイベントが発生することはないし、あくまでもこれは『ただ単に一人の女生徒が放課後の廊下を闊歩している』だけの事なのである。
だが、意図せずこのような光景が生まれてしまうという事は、一重に彼女の美貌とカリスマ性がそうさせているのだろう。
「…見ろよ、
「…くぅ~!あの冷酷そうな目!見てるだけでゾクゾクするゼ~!!」
「たまんね~!!」
目の前を通りすぎる彼女を眺めながら、ひそひそと浮足だって口々に喜ぶ男子生徒達。
姫と呼ばれた彼女は、少しカールのかかったツインテールに、仔猫を思わせるようなつり目がちな大きな瞳。そしてその小さな唇の口角は上がり、常に腕組みをしながら歩く様も伴ってか、その全身からは自信に満ち溢れているかのようなオーラまでもが放たれていた。
何故かその頭に乗っかっている普通の女子高生には似つかわしいはずの黒い魔女っ子帽子も、むしろその少女の美しさを際立てる為だけのただのアイテムへと成り下がっていた。
彼女の一歩後ろを金魚のフンのようについてまわる二人の女生徒も、彼女のその恩恵を全身へと受け、大層ご満足気だ。
「最っ高!やっぱ未亜ってすごいね~!みんな未亜のこと見てるよ!」
「頭もいいし可愛いし、その上スタイルまでいいだなんて!何食べたらそんな風になれるのかな~?」
「…別に。未亜は普通に生活してるだけだけど?」
両側の耳から浴びせられる二人からの称賛の言葉がやけに心地良い。
未亜は、その二人の言葉を全身に感じながら、満足気に自分の教室へと入っていった。
廊下側の窓から見える風景には、いまだに未亜が通った後をどよめきながら眺めている男子生徒達の姿で溢れかえっていた。
「今日も有栖川可愛いかったよな~!」
「いや、マジで!あのSっ気たっぷりな表情がたまらん!」
未亜は、机の上に腰掛けながらその光景をしばし眺め、そして満足そうな顔で自分のツインテールをかきあげた。
…が、その男子生徒達からの称賛の嵐の中に、未亜達が決して聞き捨てならない言葉が混じっていた事を、彼女達は聞き逃さなかった。
「…有栖川もいいが…」
「…あぁ…お!来たぜ。」
「麻宮伶奈。あの可憐さがまたいいよな~!」
そう言って気味悪く体をくねらせ続ける男子生徒諸君。
見ると、同じクラスの麻宮伶奈が階段から登ってこちらに向かって来ているところだった。
後ろには新入生だろうか、見慣れない男子生徒が二人、大きな荷物を携えながら麻宮伶奈の後をついてきている。
「…ごめんね、二人共。私の用事に付き合わせちゃって。」
「いいんですよぉ~…こんな大荷物をか弱い麻宮先輩一人に押しつける坂本先生の方が悪いんですから!さ、さっさと終わらせて部室に行きましょ~!」
そう調子良く言った静馬が嬉しそうに先輩の周りをまとわりつく。
「…勇也君も、ごめんね。」
そんな静馬をよそに、そう言ってしおらしく、そしてやや上目遣いに俺の顔を覗き込んで来る麻宮先輩。
「…いや、俺は別に…!」
そんな先輩の姿に思わず顔を赤らめながらたじろぐ俺。
「…何アレ。」
「…カンジ
そんな俺達の様子を眺めていた未亜のとりまき達二人は、そう言って不機嫌そうに教室の外へと出ていくと、そのまま麻宮先輩の前へと立ちはだかった。
「あっれぇ~?麻宮さん、やっとお友達出来たんだぁ~」
「…でも…女友達じゃなくて男2人をはべらかすって、いかにも麻宮さんらしいっていうか~…」
そう言って何とも意地悪気な表情で麻宮先輩に詰め寄る二人。
「…何もそんな言い方…!」
「…お前ら!いい加減に…!」
突然の出来事に言い返そうとする俺と静馬だったが、
「…はぁ?下級生が先輩にそんな口きいていいと思ってんの?」
「女同士のただの話し合いに、男は入ってこないでよね。みっともない。そんなんだから『麻宮さんは、男にいつも媚び売ってる~』とか言われんだよ?いいよねぇ~、麻宮さんはちょっと困った顔すれば周りの男達がみんな助けてくれるんだもんねぇ~!」
そう言ってうっとおしそうに自分の長い髪をかきあげながら、威圧的に俺らの言葉を遮る二人。
「いいわねぇ~…麻宮さん。従順なしもべが出来て。あ!そうか!これが俗に言うオタサーの姫ってヤツか!!」
「そうだ!オタサーの姫だ!」
「あはははは!面白~い!オタサーの姫とか初めて見たんだけど!」
「あたしもー!!」
息つく間もなく嫌味たっぷりな言葉の連鎖を、麻宮先輩に向かって浴びせ続けたその二人は、次第にその態度と言葉を麻宮先輩をさらに馬鹿にするようなものへと変わらせていった。
麻宮先輩は、拳を固く握ったまま小刻みに震え、じっと耐えている。
「ひ~め!ひ~め!」
「ひ~め!ひ~め!」
そう言って手拍子混じりに麻宮先輩を馬鹿にし続ける二人。
「…くっ!コイツら…!!」
二人のあまりの行動に、我慢できなくなった俺がついに二人に向かって言い返そうとしたその瞬間――――――…
「へ~…面白い。オタサーの姫ってなぁに?」
二人の後ろから有栖川未亜が少し小首を傾げながらそう尋ねた。
「あ!未亜、聞いてよ!こんな風に男の子の多い部活とかサークルに、女の子一人だけが入ってチヤホヤされてるってのを、世間一般では『オタサーの姫』って言うんだってー!」
「ね~!麻宮さんにピッタリだよね!?『オタサーの姫』!!」
そう言ってさらに気分良さそうにキャッキャキャッキャと騒ぎながら未亜に説明する二人。
「…ホント面白い。」
「でしょ~?」
「…あなた達、私以外の人の事を姫って呼ぶだなんて。ホント笑える。」
「…へ?」
そう氷のように冷たい声で言い放った未亜の瞳がギラリと鋭く光った。
「この学校…いや、この宇宙で姫って言ったらこの有栖川 未亜様だけに決まってるでしょ?それをあんた達は、未亜の目の前で未亜以外の子の事を姫って呼ぶだなんて…」
「…いや、だからあの…『オタサーの姫』って言うのはただの悪口で…っ!」
「そうそう!私達はただこの女を馬鹿にする為に…!!」
未亜の突然の変貌っぷりに慌てて取り繕おうとする二人。
「え?そうなの?未亜、てっきり二人が麻宮ちゃんの事を誉めてんのかと思ってたんだけど、悪口だったんだぁ~…なんだ~…そうかぁ~…」
そう言って未亜はポンっと一つ手を打つと、一瞬だけ明るくなった声を再び反転させて、先ほどよりもさらに低く冷たい声で言い放った。
「…未亜、悪口とか言うヒト、マジで無理なんだけど。」
そう言って未亜が二人を見つめるその眼差しは、憎悪なんかをとっくに通りすぎて、完全に二人を蔑むものとなってた。
「…も…もう行こっ!」
「…う…うん!」
未亜のその言葉にバツが悪くなってしまったのか、二人は急いでその場から立ち去っていった。
「…あ…ありがとう。」
突然の出来事に、有栖川未亜に向かってお礼を言う麻宮先輩。
「別に~ぃ。未亜、自分以外の女の子が姫って呼ばれてるのが許せなかっただけだしぃ~!」
そう言って未亜は自分の頭の後ろで腕組みをしながら晴れやかな笑顔で答えた。時々彼女の口元から垣間見える猫のような八重歯が何とも可愛らしい。
「…というわけでぇ~、未亜、自分以外に姫って呼ばれる存在がいるのが絶対に許せないの!だから未亜も今日からオバケ部に入部するねっ!」
そう言って彼女がずずいっと俺達の前へと差し出して来たのは、『有栖川未亜』と氏名を書く欄からも遥かに飛び出して、デカデカと書かれたオバケ部への入部届だった。
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