第4話 よどみ荘の奇妙な住民
「…おい。」
高校入学当日。
まだ入学式しか済ませていないはずの俺は、段ボールを逆さまにして作っただけの簡易式の机の上に、まだ一度も授業を受けていないはずの教科書を並べながら勉学に励んでいた。
全ては、幽霊のいない生活を営む、ただそれだけの為に――――――…
その為にはまず、中間・期末試験で学年10位以内に入らなくてはならない。
うっかり「霊が視える」と口にしてしまったがばかりに、嘘つき呼ばわりをされ、何年もイジメ虐げられ続けてきたあの日々に比べれば、毎日の勉学なんてなんのその!
とにかく俺は、中間・期末試験で無事上位10位以内に入って、ヴェルサス狩鴨の最上階でワイン片手にペルシャ猫を膝に乗せながら、真っ白なバスローブを着て、窓からこの街の夜景を毎晩眺めてやるゼぇぇぇぇ!!
(※もちろん高校生の飲酒は認められていないばかりか、寮内へのペットの持ち込みは禁止されています。)
まるでタワーマンションを手に入れたIT社長にでもなったかのような自分の姿を想像しながら、俺は高らかに笑いを浮かべた。
「…と、こんな事をしている場合じゃない!今のうちに一つでも多くの英単語を覚えなくては…!!」
そう言って俺が再び机に向かおうとしたその瞬間――――…
「…おい。」
ここでやっと冒頭の言葉を発したのである。
「…だから、おいって。」
俺はとある方向を一点に見つめたまま、言葉を繰り返した。
もちろんそこには誰もいない。
いや、誰もいないのではない。
厳密に言えば、普通の人にはソイツが視えていないだけなのだ。
だが俺の目にはソイツの姿がハッキリと…いや、違うな。うっすらと見えている。
…というのもソイツらはかろうじて人型をしているものの、その姿は白い半透明で顔すらもない。
霊感の強い俺ですらその形をうっすらとしか捉えられない程に、『ただ人の形をしている』というだけなのだ。
浮遊霊とでもいうべきなのだろうか。どちらにせよ、ソイツら自体には何の悪意もなく、ただ『霊の通り道』となる場所を通っているだけのようで、どちらかというと精霊とか自然霊とかそっちに近い存在なのかもしれない。
とりあえずドス黒くない霊には、悪意がない事が多い。だからといって白い霊が必ずしも安全とは言い切れないのだが。
「おい、聞こえね~のか?お前だよ、お前。」
繰り返し声を掛け続ける俺のしつこさでやっと気がついたのか、そのうっすら人型人間はまるで『自分のこと?』とでも言わんばかりに、自分の事を指をさしながら首を傾げていた。
もちろん顔がないのでその表情など分からない。
俺はソイツのそんな反応に、自分が手にしていた英語の教科書の表面を、蛍光ペンでペシペシと叩きながら言葉を続けた。
「そうだよ、お前の事だよ!お前なぁ、勝手に人ン
俺のそんなむちゃくちゃな内容の怒声に、そのうっすら人間は、ペコペコと頭を何度も下げながら、隣の部屋へと壁をすり抜けていった。
「…全く、油断も隙もない…」
そう呟いて、俺が再び勉強に取り組もうとしたその瞬間――――――――…
すぽぽぽぽぽ!!といった何ともマヌケな効果音をあげながら、隣の部屋の壁から大量の黒い物体が俺に向かって飛び出して来た!
そのほとんどは、先程俺の部屋の蛍光灯に悪さをしていたあの黒い物体に似たり寄ったりの形をしていたが、それでも奴らの大群に体ごとすっぽりと包まれてしまったその瞬間、俺の全身に寒気と鳥肌が突き抜けた。
皆さんもよく、寒くもないのに悪寒が走るといったような経験がおありだろうが、ああいうのは大抵コイツらみたいな奴とすれ違った時に、体に奴らの一部が触れてしまった事が原因だったりする。
幸い奴らは俺の体を一時的に包み込んだだけでそのまま体を突き抜けて行くと、俺の部屋の窓から一斉に外へと出ていったが、それにしてもあの大量の霊に
「クソッ!一体なんなんだ!?」
霊の大群に襲われた勢いで、後ろへとひっくり返ってしまった俺は、畳の上でぶつけた自分の後頭部を擦りながら、再び起き上がった。
すると隣の部屋との境となる壁から、次々と黒い物体がこちらの部屋に入って来ているのが見える。
「…隣の部屋か!!」
俺は思わず英語の教科書を握りしめたまま外へと飛び出して行った。
そしてすぐさま隣の部屋の前へ辿り着くと、チャイムを激しく鳴らしてみたが、中からはなんの反応もない。
「すみませーん!すみませーん!!」
チャイムと並行してドアをドンドンと叩きながら、部屋の主へと声を掛ける。
すると中から、「はぁ~い…」といった気のない返事がしたかと思うと、それはすぐに慌ただしい物音へと変わり、
「…わぁ!何コレ!?…どうしよ、どうしよ!きゃぁぁぁッッ!!」
と悲鳴混じりの声が聞こえた。
「…えっと…その…大丈夫…ですか?」
その激しい物音と悲鳴に、思わず一心不乱にドアを叩きまくっていたはずの俺の手も止まった。
「…あ、大丈夫です。ごめんなさい…」
そう言ってドア越しに声を掛けた俺の声に答えるかのように、そっと部屋の中から出てきたのは、透けるような白い肌をした瞳の大きな美少女だった。
ドアの隙間から覗き込むようにして出したその顔が、上目遣いのようになって、より一層に彼女の瞳を大きく魅せる。
「…お…おぉぉ…」
その美少女はシャワーあがりなのか、それとも頭から水をかぶってしまったのか、何故か全身がビッショリと濡れていた。
色白の肌にはピンクの水玉のラフな部屋着がよく似合う。
だが…
「あ…あぁあぁぁ…」
俺の瞳は、その美少女の姿なんかをすっかり通り越して、部屋の中で巨大な塊となって禍々しい霊気を放ちまくっている、あの黒い物体達の姿を凝視していたのだった。
「…ゆ…幽霊の巣窟だ――――――ッッ!!」
霊が視えるという能力を嫌い、霊が視える事を隠し、霊とは無縁の生活を営む為に、わざわざ遠くの高校まで受験をして、やっと慣れない寮生活をはじめたはずのこの俺は、この404号室を見たその瞬間に、決して二度と言ってはいけないと自分の中で強く決めたはずのその言葉を、たった一瞬で発してしまったのだった。
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