#15.1 Tellmore
「気づかれましたか?」
目を開けると、ウーティスが僕の顔をじっと見ていた。起き上がろうとすると、頭がズキリと痛んだ。
「渚、あなたにお願いがあります。幸人と雅人を連れて、今すぐここを離れてください」
「急に何を言いだすんだよ」
ハルの脳が入っていた瓶に目を向けると、瓶の中が空になっていた。
「秋草ハルの脳は、貴方と意識を繋いだ際に消滅しました。そして、私もじきに消滅します」
ウーティスは自身の歯を使って、身に纏っている服の裾を引っ張り上げた。彼の真っ白な腕には赤色の数字が浮かんでいた。それはまるで時限爆弾そのものだった。
「数分後に私は爆発します。だから、貴方は早くここから逃げてください」
「そんな・・・・・・!!解除する方法はないのか?」
ウーティスは静かに首を横に振った。
「僕のせいだ。僕がハルに会いたいと言ったから」
自分のせいで、ハルはおろかウーティスまで失うなんて耐えられない。
「どうか、ご自分を責めないでください。貴方はよく頑張りました」
「そんな風に言うのはやめてくれ。僕はまだお前に何もしてやれていない。お前は何度も僕を救ってくれたのに」
「貴方は、私に沢山の優しさをくれました」
「え?」
「私はTellmoreから生みだされたロボットです。貴方の優しさは、確かに私の一部になっています」
ウーティスにそう言われて、胸が苦しくなった。
僕は、上辺だけの優しさを他者に与えることで自分を満たそうとした。ウーティスが偽物の優しさで出来ているなんて、思いたくはない。
「僕は、お前が思っているような綺麗な人間じゃない。僕の優しさは、すべて偽物なんだよ」
「そうですか」
「そうですか、じゃない。僕の話を聞いていたのか?」
「たとえ偽善でも、手を差し伸べないよりは良いじゃないですか。目を瞑る優しさよりも、差し伸べる偽善。貴方の行為は決して恥ずべきことではありません。それに、もし貴方が綺麗な人間だったら、私はきっと貴方を好きになることはなかったでしょう」
ウーティスが笑顔を見せたのは、それがはじめてだった。彼の笑顔に胸が締めつけられ、ボロボロと涙が零れ落ちた。
「whoではなくwhatでしかない私たちのために泣いてくれてありがとう」
ウーティスの手が僕の頬を撫で、そしてすっと僕から離れた。僕はすぐに彼の身体にしがみついた。
「ウーティス、嫌だ。行かないで。僕にはまだお前が必要なんだ。お前がそばにいてくれないと嫌だよ」
ウーティスは、みっともなく泣き喚く僕をじっと見た。
「渚」
強い力で抱きしめられ、身動きが取れなくなった。彼の額と僕の額が重なった。
「さようなら、私の大事な人」
次の瞬間、ウーティスは僕の身体を後ろに向かって突き飛ばした。僕はそのまま穴の中へ落ちた。
「伏せろ!」
金属の扉が閉まる音が聞こえた直後、耳を劈くような爆発音が鳴り響き、地面がぐらぐらと揺れた。
「渚。早くここから逃げるぞ」
暗闇のせいで何も見えないが、穴の中に父がいることは確かだった。父は僕の腕を掴むと、穴の奥へ進もうとした。
「放せ!まだ中にウーティスがいるんだ!」
「ウーティスはもういない。先ほどの爆発で死んだんだ」
「うるさい!ウーティスはまだ死んでない!」
父の腕を振り払い、金属の扉をこじ開けようとしたが、どんなに力を入れてもビクともしなかった。
「おい、ウーティス!まだ生きているんだろ?なあ、ウーティス!お願いだから、返事してくれよ」
扉を叩きすぎて手が血まみれになった。力尽きた僕は、血を扉にベッタリ付けながら、ずるずると地面に座り込んだ。
「気は済んだか?」
父に反抗する気力も残っていなかった僕は、ただじっとその場で固まっていた。父は僕を背中へ乗せると、そのまま静かに歩き出した。
「着いたぞ」
入り組んだ道を抜けた先には海が広がっていた。ロープで繋がれた救援ボートには、蒼白い顔をした兄が横たわっていた。
「兄さんは無事なの?」
「一応な」
父は僕をボートに乗せた後、身に着けていたジャケットから小さな箱を取り出した。
「ウーティスからお前に渡すように言われたものだ。受け取れ」
箱を開けると、そこにはハルのピアスと小さな紙が入っていた。
『心はいつもあなたのそばに』
僕は小箱を胸にあて、再び泣いた。
「生きろ。それが今のお前に出来る唯一のことだ」
父から櫂を手渡された。僕は燃え盛る島を見つめながら、櫂を漕ぎ続けた。
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