#11.1 家族ごっこ
家に着く頃には、すでに辺りは真っ暗になっていた。
「おかえりなさい」
玄関の扉を開くと、制服の上からエプロンを身につけたウーティスが立っていた。ハルそっくりの彼が僕に向かってゆっくりとお辞儀をする。
「渚、おかえり。そんなところに突っ立っていないで早く上がって」
兄に手を引かれてリビングに入ると、クリスマスの飾りつけが部屋全体に施されていた。テーブルの上には、グラタンや唐揚げなどたくさんの料理が並べられていた。
「これ、全部ウーティスが渚のために用意したんだよ。今日はクリスマスイブだしさ、せっかくだから家族みんなでお祝いしようと思って。どう?ウーティスのこと、気に入ってくれた?」
僕は兄に問いたい質問を腹の中に押し込み、黙って席についた。
スプーンを手に取り、ケチャップで『渚大好き♡』と書かれたラグビーボール型のオムライスを深く抉る。ケチャップの色に染まったチキンライスを見た瞬間、ハルが朝食に作ってくれた炭のオムライスを思い出した。
「渚?どこか具合でも悪いの?」
一向に料理を食べようとしない僕を、兄が心配そうな顔で見てきた。その顔に強い嫌悪感を覚えた僕は、手にしていたスプーンを乱暴に机の上に置いた。
「兄さん。ハルを探しに行ったんじゃなかったの?」
「探しに行ったよ。でも・・・・・・」
「でも、なんだよ。ハルの偽物なんか要らない。ハルはいまどこ?どうしてハルを連れて帰ってきてくれなかったの?」
「秋草ハルは焼却炉に捨てられました」
ウーティスの一言に、部屋の温度が五度ぐらい下がったように感じた。
「焼却炉?なんの冗談だよ」
「紛れもない事実です」
「嘘だ。一体誰がそんな酷いことを?」
「秋草ハルを連れ去り、焼却炉へ捨てたのは、秋草ハルの叔父、レンです」
その後、ウーティスはレンという男について話し始めた。レンは、僕の父とハルの父親であるルカと同じ研究所で働いていた。だが、レンはある日を境に研究所のデータを持ち出し、忽然と姿を消した。数年に渡ってTellmoreロボットの焼却場に身を潜めていたレンは、先日の騒動に紛れてハルを連れ去り、その後、ハルの身体を処分したと、ウーティスは言った。
「彼女は貴方に会いに行くと決めた時から、こうなることは覚悟していました」
「だからなんだって言うんだよ!・・・・・・ん?彼女って、ハルは男だぞ」
「いえ、秋草ハルは女性です」
「はあ?なに言ってるんだよ」
「渚。ウーティスの言っていることは正しいよ」
兄が後頭部を掻きながら、気まずそうに言った。
「兄さんもハルが女だと知ってたのか?それなら、どうして僕に教えてくれなかったんだよ」
「どうしてって、それは渚があの子のことを男だと思い込んでいたからだよ。あの子も自分のことを「僕」って呼んでいたし、わざわざ言う必要もないかなと思って」
「そんなこと言ってくれなきゃ分からないだろ。ハルもハルだ。一体何のために、そんなどうでもいい嘘をつくんだよ」
ハルが男だろうが女だろうが関係ない。僕にとって、大事な人であることに変わりはないのだから。ただ、僕以外の人間が知っていて、僕だけが知らなかったという事実が我慢ならなかった。
「どうでもいい嘘でしょうか」
「なに?」
「なぜ彼女が性別を偽ったと思いますか?」
ウーティスが僕の目をじっと見つめた。エメラルドグリーンの瞳に見つめられると、どうしても目の前にいる彼がハルに見えてしまう。彼はハルではないのに。
「返せ!ハルを返せよ!」
ウーティスに掴みかかろうとすると、兄に腕を掴まれた。
「渚」
「触るな!」
兄の手を全力で振り払った。彼の手が机の上の食器に当たり、グラスや皿が床に落ちた。
「紛い物を連れて帰ってきて、何が家族みんなでクリスマスだ。ふざけるな!兄さんなんて、永久に死んでいれば良かったんだ!」
床に置いていたカバンを掴み、逃げるようにリビングを飛び出した。人混みを掻き分けながら、僕は行く当てもなく走り続けた。
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