The Moon

床町宇梨穂

The Moon

彼女は月が好きだった。

月になりたいとか、月から来たとか、月に行くとか、とにかく月が大好きだった。

僕はそんな彼女をちょっといじめたくなった。

「月なんて一人で光ることができないし、地球から離れる事も近寄ることもできないただの衛星なんだよ。」

彼女は大きな反応はしなかったが少しうつむいて寂しそうな顔をした。

そう、ちょうどあなたに言っても分かるわけ無いわよね、という顔だ。

僕はどうしてそんなに月が好きなのか彼女に聞いたが彼女は、分からないと言った。

そして、初めて彼女を抱いた夜、僕はその訳が分かったような気がした。

彼女の体には傷跡がたくさんあった。

幼い少女にとっては月がすべてだったのだ。

両親が喧嘩していて部屋で肩を丸めていた時。

学校でいじめられて帰ってきて泣いていた時。

そして父親の暴力に何も抵抗できないでいた時。

いつも月が彼女を見守っていた。

彼女の中にある嫌な記憶はすべて月に癒されていた。

僕にとっては何でもないただの星であっても、彼女にとってはすべてだったのだ。

だから僕は彼女に月について話すのを止めた。

彼女の思っているとおり僕になんか彼女の気持ちは分かりはしないのだ。

でもあれから僕は月がとても愛しいものに感じられる。

そう、ちょうど僕が彼女の事を愛しいと思うように・・・。

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The Moon 床町宇梨穂 @tokomachiuriho

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