異世界転生したら神話生物になった件

@Diqen

終わりの始まり

気付くと俺は、見知らぬ場所にいた。そもそも、それまで何をしていたのか、記憶が曖昧だ。ひょっとしたら、いま流行りの異世界転生ってやつかな、なんて出来の悪い冗談を思いながら辺りを見渡して。

後悔した。ふらりとよろめく。胃からせり上がってくる不快感を、どうにか堪える。

なんだ、これは。

目の前に建ち並んでいたのは、奇妙な建造物。俺の知らない幾何学に沿って作られたとしか思えないような、歪んだ異物の集合体。それでいて、ああ、どういう訳か、整然と並んでいるのだと、理解させられる。まるで、俺の中にある常識だとかが間違っていて、目の前の光景こそが真実だとでもいうような──

俺は頭を振って、その馬鹿げた考えを何処かに追いやろうとした。

「───?」

声がかけられた気がして、思わず振り向いた。それで、多分全部が決まったんだろう。そこにいたのは、俺のちっぽけな予想も、想像も、はるかに超えた存在だった。

高さ2メートル余りの、歪な五角柱。象牙の様な硬質な表面でおおわれているそれは、螺旋を描くように体をくねらせて、五角柱の上面の、感覚器とも捕食口ともつかない虚ろな孔を俺に向けていた。

俺は今度こそしりもちをついた。それでも、食われる、とか、殺される、みたいな恐怖を感じなかったのは、多分目の前のそいつが、俺の知るどんな生物とも似つかない姿であったからだろう。

その五角柱に取り付けられたみたいな、金属質で節くれだった、不揃いな三本の触腕を駆使して、こいつがその体を維持するために何かを食べるかなんて想像もできなかったし、正直に言えば考えたくもない。

「───?」

ふたたび、五角柱は奇妙な音を立てた。俺の喉からはどうやったって絞り出せない、奇天烈な子音の羅列と、極端すぎる抑揚。ただの鳴き声、と一蹴出来たらどんなに幸せだろう。残念ながら、矮小な人間である俺は、それがやつらの言葉なのだと、想像せずにはいられなかった。意味なんて分かりはしないし、この音を漏らさず書き下せるような文字だって知らない。

何を思ってこいつは、俺に話しかけているのだろうか?憐憫だろうか、嘲笑だろうか。敵意や殺意じゃないと思えるのは、俺の願望だろうか。それとも、もしかすると、感情なんていう下等なノイズを、こいつらは持ち合わせていないのかもしれない。

五角柱から鳴り響く異音を俺がぼうっと聞き流していると、そいつは諦めたように直立した。俺の目の前で触腕を複雑に絡ませてみせると、音もなく滑るように離れていく。少し離れたところで立ち止まり、上面の孔をちらりとこちらに向けた。ついてこい、ということだろうか?俺は未だ震える膝を拳でたたいて、よろよろと立ち上がった。そして、さっきの五角柱のほうへと、ふらふらと歩きだす。逃げ出すにしてもあてなんかないし、それよりはこいつが友好的な存在で、俺をもといたところに返してくれると空想するほうが、幾ばくか気持ちが楽だった。

歩きながらふと上を見上げると、七つの恒星がぎらぎらと俺たちを照らしている。それらの光を反射して、五角柱の体表では十四とも二十一とも、あるいは四十九ともとれるスペクトラムの縦縞が、ゆらゆらと揺れていた。

俺たちはまっすぐに歩いているのだと思っていたが、いくつもの構造物の間をくぐり、通りを何度も横切るたびに、影は奇妙に向きと、形を変えた。

「───!」

五角柱は足を止め、、今までのものとは明らかに違う、ひときわ甲高い音を立てた。目的地にたどり着いたのだろうか?十三角錐を斜めに切り落としたような台座があり、その周りにほかの五角柱が何本も立っていた。俺を案内してくれたやつとは高さや太さが微妙に違うような気もしたし、まるっきり同じ形状のようにも思えた。そいつらの中心にある台座を見て、祭壇だ、と直感する。すでに心地よい酩酊感に包まれていた俺は、彼らに促されるままに祭壇へと昇った。つるつると滑る表面にいら立って、靴を脱ぎ棄てる。

歓声が上がった、ように思う。俺の周りを取り囲んでいた五角柱を数えると、ちょうど十九本だった。そいつらは、思い思いに音を鳴らす。楽しそうだ。天の七つの恒星は、さらに赤赤と燃えている。彼らの熱狂が、俺にも伝わってくるようだ。体が熱い。叫びだしたくなる。

「───!」

おれは、思わず音を鳴らした。それは、俺には出せるはずがないと思っていた、彼らの声とそっくりだった。気づけば俺の目は一つになり、天の偉大なる七星を仰ぐのに適した配置になっていた。いまではそれらの脈動も、干渉しあう素粒子のゆらめきも、余すところなく観測できる。耳と鼻は節によって自在に動き、同胞の言葉を正確に理解し、この星の豊潤な大気を体いっぱいに吸い込むこともできる。腕も、足も、もはや必要なかった。ただ思い、偉大なる古き星々を崇めるだけでいい。俺は、今こそ完全に理解した。

この星は疑いようもなく完全で、幸福なる調和に満ちていたのだ。俺の体は美しい放射対相へと変質し、星々への賛歌を奏でられる喜びに満ち溢れている。

俺の中に残っている人間としての精神は、この幸福をぜひとも書き記すべきだと考えた。俺と同じように、この星へと迷い込んでしまった同胞のためにも。

タイトルは、そうだな、分かりやすいほうがいい。

俺はこの星に来てからのことを思い起こし、小さなひらめきを得る。これはきっと、俺の最後のジョークになるだろう。そう思って、くく、と小さく笑おうとして。俺にはもはやその機能がないことを、少しだけ残念に思った。

まぁ、かまわない。俺は心理へとたどり着いたのだ。小説なんか書いたこともないが、願わくば、俺の残したものが、友の援けとなればいい。


タイトルは、『転生したら神話生物になった件』

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