第5話 ビートボックスを習いたいお嬢様と、仲間から逃げたJKビートボクサー

 今から一ヶ月前のこと。


 放課後、わたしはクラス最強のお嬢様「四条院 サオリ」に残るよう言われた。


 夕暮れの教室に、二人きり。

 どちらも部活には所属していない。


 用件はなにかというと。


「ヒューマン・ビートボックスを教えてほしい?」

 わたしは、サオリさんに聞き返した。


「そうですわ、筧トワコさん。貴女、中学のアカペラ大会で優勝したそうじゃありませんの。その技術をぜひに」


「いや、そんなに教えられるほどのモノでは」


 謙遜していると、サオリさんはわたしの手を握ってきた。


「実はワタクシ、期末試験の疲れを癒やすために、会場まで行きましたの。フラッと」


 そのときのパフォーマンスを、サオリさんは覚えていてくれたのだ。嬉しいような、複雑な気分である。


「教えるのはいいけど、発表とかはするの? YouTuberにでもなるつもり?」


 ビートボックスを世に知らしめたYouTuberの名を、わたしは口にした。


 だが、サオリさんは首を振る。

「違います。再来月の文化祭でお披露目しようかと思いますの」


「わたしも一緒に出ろ、と」


「おイヤでしたら、ワタクシ一人で舞台をこなしますわ」


 中途半端なパフォーマンスで、お嬢様に恥をかかせるわけにはいかない。


 よし、責任を取ろう。わたしの中に、妙な使命感が生まれた。


「分かった分かった。教えるから見ててよね」

 小一時間ほど基本的な練習を終えて、休憩する。


「素晴らしいですわ。これが、ビートボックスなのですね」

 サオリさんが両手を繋いできた。


 こんなに、ビートボックスにハマる女子も珍しい。


 繋いできたサオリさんの手をほどき、わたしは、机の上に足を組んで座る。


「お一人で、寂しくないので?」


「実は、あのとき目立ち過ぎちゃってさ。今でも仲間とは気まずくて」


 アカペラにおけるビートボックスの立ち位置は、あくまでも楽器の一つだ。


 優勝したときのポイントは、わたしのパフォーマンスについていた。会場も、わたしだけを見ていたと言ってもいい。わたしと彼女たちとの差は、そこまで開いていたのである。


 優勝は嬉しかったが、仲間との間には亀裂が乗じてしまった。

 みんなで楽しくパフォーマンスできれば、それでよかったはずなのに。

 自然と、技術を要求している自分がいた。


 正直に言うと、もう合わせる顔もない。あのときは、完全にわたしのスタンドプレーだった。調子に乗っていたと思う。


 それで猛勉強をして、中学の子たちが絶対に通えないような、全寮制の超お嬢様学校に入った。



 あの子たちと離れて分かったのだ。





 自分がやりたいのは、仲間を伴うアカペラではなく、一人でも可能なビートボックスだと。






「サイテーでしょ? わたしは仲間と離れたことで、余計に仲間なんか必要ないんだって、分かったんだから」


 ふてくされていると、サオリさんが、わたしの手を強く握ってきた。


「とんでもない! 目標があることは、いいことですわ!」

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