──第36話──

闘技場の壁の上に乗り中を覗くと、凄まじい数の魔物が闘技場を埋め尽くしていた。


決して平たく置いている訳では無い。

動けない魔物は山積みにされ、拘束が甘かったのか鈍い足取りで動いている魔物もいた。


『何か……凄い光景だな。』


俺が呟くと、ネロもラルフも同意を示した。


『すごく多いねー。』


『これだけの数を運んだのも凄いけどな。』


『俺……これだけの数を燃やすのって……』


『なんだ、ルディ。魔法の威力が足りなさそうか?』


『それとも、魔力ー?』


『いや、そこは大丈夫だと思うけど、良心が痛むなって。』


俺の言葉に対して二人は、ぱちくりと瞬きをした。


『ルディに良心があったのか。』


『失礼な。俺はいつだって清く正しく生きてるぞ。』


『あぁ、良心があったとしても常識が無いのか。それと、脳ミソも。』


『あははははは!!』


なぜラルフが笑う!?

それって肯定してんの?

俺は良心も常識もどっちも持ってるよ!


三人で軽口を叩いていると、気分が少し楽になった。


今も聞こえる、小さく助けを呼ぶ声。

その声を聞くと心が締め付けられそうな感じがしていた。


おそらく他の人達にも聞こえているんだろう。

他の人達は恐怖でも憎悪でもなく……何とも言えない表情をしていた。


『さて、やるか。』


『……気を付けろよ。』

『いってらっしゃーい!』


俺は二人の声を後ろに聞き、闘技場の中へ足を降ろした。

遠目から見るよりも生々しい光景が広がる。


動いている魔物が俺に気付くが、足取りは遅い。

地面に手をつき、目を閉じる。


───タスケテ────────クルシイ────────オネガイ─────コワイ─────


悲痛な声。

哀しい嘆き。


自分に防御膜と結界を展開し、地面に魔力を注ぐと大きな魔方陣が浮かび上がる。


『……ごめんな。』


これくらいの事しか出来ない自分を不甲斐なく思いながら、魔法を発動させた。


地面から眩しい光が溢れだし、次の瞬間には火柱が立ち登る。

火柱が落ち着くと、薪に点いた炎があちこちにあり、キャンプファイアーの様な状態で魔物を最後まで燃やしていた。

麻がらも燃え、煙が空へと続いている。

その煙に導かれる様に、蛍の様な白い光が空へと登っていく。


────アリガ、トウ。


小さな声だったが、しっかりと俺の耳に届いていた。

その声に、その言葉に涙が出そうになるが、ぐっと堪えてネロの元へ戻った。


『……泣くか?』


『泣かねえよ。』


『泣きそうな顔だ。』


『泣かねえって。』


『俺達にはこれが最善だった。それが全てだ。』


『言われなくても分かってるって。……ネロは、この魔物達をどう思う?』


『……そうだな。何か不自然な……違和感?があったな。』


『だよな。……ちょっと確認したい事があるから行くわ。』


『どこに?』


『長老の家に。』


『長老に用事か?』


『いや、違う。その家にある神殿みたいな場所に用があるんだ。』


『ふーん…………そこで一人で泣くのか?』


『だから、泣かねえって!……じゃな!』


まだ燃え尽きていない火を後にし、長老の家へ向かった。



長老の家に着くが、そこには誰もいなかった。


長老に一言声を掛けようと思っていたが、道中会うことも無かったのでそのまま神殿のような場所へと向かう。


不法侵入だな。


まぁ、悪さをしようとしている訳では無いので多目に見てもらおう。


一本道の道中に、誰も入れない様に結界を幾度となくかけ歩みを進める。


辿り着いた神聖な場所。


俺は今まで抑えていた怒りをそこにぶつける。


『カルロス!カルロス=ブレイク!!居るんだろっ!出て来やがれっ!!』


俺の声が部屋に響き渡り、その音が消える頃に辺りが光だし台座の上に人の形が現れる。


『手荒い呼び出しだな、ルディよ。して何用か?』


『カルロス!これが、あんたの言ってた厄災か?』


『……ふむ。そうである、とも言えるし、そうでない、とも言える。』


『ハッキリ言いやがれっ!』


『少し落ち着かぬか、ルディよ。』


『これが落ち着いていられるかっ!あんたが、この厄災を引き起こしたんだろっ!』


『何故、その結論に至ったのか、分からなくも無いが……。』

『そうだろうな!魔物が来ている時、一人の人間に会ったんだよ!その人間を【鑑定】するとカルロスの加護を持ってやがった!あんたが、魔物をこの里に向かわせたんじゃないのか!?』


人間が爆発する直前に【鑑定】で見た時は驚きを隠せなかった。

あの時、近くにネロやラルフがいなくて良かったと思う。


『確かに、我は加護を与え導いた。』


『だから何でなんだよっ!何で里を攻撃させたっ!』


『それは、ルディ。お前だ。』


『……は?』


意味が分からない。


『今回の厄災は厄災であるが、厄災ではない。現にルディが対峙できる程度の魔物しかおらんかっただろう?』


『そ、それは……っ!』


『それが答えだ。この里であった厄災よりも、大規模な厄災がこれから起ころうとしている。』


『……それは、いつ?』


『はて、十年後か、二十年後か……。百年以内に起こる事は間違いではない。』


……。

…………。

まだまだ先の話じゃん!!


あぁ、そういえば俺の周りには時間の概念が百年単位の人達しかいなかったわ。


『……なら!里をわざわざ攻撃させる事は無かっただろ!俺に言えば良かったじゃねぇか!』


『言ったとて、心からその厄災に向き合う事が出来たか?我が厄災の話をしたとて、ルディの心には響いておらんかっただろう。』


『だからって、里に危害を加えなくても良かっただろ!もし、俺が……俺達が対象しきれなかったら、母さんや父さんは死んでたんだぞ!』


『それならそれで致し方あるまい。』


『は?人の命がかかってたんだぞ!あんたら神ってヤツは、そんなに命を軽く扱うのか!?』


『軽くなど扱ってはおらぬ。役目を果たした魂は磨かれ、次の生でより良い環境に身を置くことが出来るからな。ルディに分かる様に言うとすれば、得を積む、と言うのか。』


『……カルロスは父さんや母さんが死んでも良かったって事なのか?』


『ルディの成長の為、理解を得るためには仕方がなかろう。』


『ふざけんなよっ!!』


『ふざけてはおらぬ。ライアとカインの命が掛ければ、ルディは自発的に動くと思っていた。結果、見事此度の厄災を退け、今この場にいる。……して、再び同じ厄災が起こる事を知ったルディはどうする?』


『…………。』


どうするも何も。

また里に危険になるのなら……。


『厄災を未然に防ぐ。』


『ならば、七日後この里を去れ。そして、人間の国〈リシュベル国〉を目指すのだ。』


『そこに行けば厄災は防げるのか?』


『ルディになら防げるであろう。すでに人間との縁があったようだしな。』


『は?人間に知り合いなんていないぞ?』


『すぐに分かる時が来る。』


『あぁ、そう。…………一つ聞かせてくれ。』


『なんだ?』


『里が危険に晒されても、誰も死なないと……思っていたのか?』


『…………ルディが動けばそうなると思っておった。』


『そうか。…………分かった。七日後、人間の国に行く。』


『我の加護がお主を守らん事を。』


神様と喧嘩はいつぶりだろうか。

カルロスとは喧嘩にすらなってなかったと思う。

軽くあしらわれていただけだ。

会話の途中で頭が冷えていくのが分かっていた。

俺にどう言えば良いのかカルロスは分かっていたんだろう。

カルロスに悪意があってやった事でも無かった。

カルロスは俺には分からない何かの為にやるしか無かったんだろう。


俺はカルロスとの会話が終わるとその場を後にした。


後ろから『人間の心は神にも分からんからな……』と呟いた声が聞こえていた。













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