──第32話──

俺は泣く事しか出来ないのか……?


これは悪い夢じゃないのか……。

俺を育ててくれたライアとカインが死んでしまうなんて……。


ライアが注いでいる優しく暖かい魔力を感じると、これは現実なのだと思い知らされる。


どうして、この二人なんだ……?


どうして


どうして─────


『ルディ!お前いつまで泣いてやがんだっ!』


ネロの声にハッとする。

振り向くと、近くにネロと俺と同じく泣いているラルフの姿があった。


『ルディ…………だいじょーぶ?』


『はっ!いつまでも泣いてんじゃねぇよ!ガキがっ!!里の連中も自分達が出来る事やってんだ。ルディもお前が出来る事をしやがれ!!』


『…………でも、なにを……?』


俺に出来る事って?


突然の出来事で頭が混乱し、考えがまとまらない。


だって……ライアとカインが死ぬかもしれない。

あの三人の幸せで平和だった頃には戻れないかもしれない。

賑やかで騒がしく、鬱陶しい事もあったけど……。

俺はあの日々が好きだった。


バチンッ!


頬に強い衝撃あり、ネロに叩かれたと認識するのに数秒かかった。

ネロが乱暴に俺の胸ぐらを掴むと息がかかりそうな程、顔を近付ける。

そのネロの真剣な目に、つい視線を反らしてしまった。


『ルディに出来る事があるだろうがっ!お前、アホみたいに回復薬作ってただろ!それを出しやがれっ!そうしたら多少は時間が伸びるだろうがっ!』


『……薬?』


薬……。


薬や毒はノア達に調合を教えてもらい、耐性や調合の練習で作って【収納】に入っている。


ネロに叩かれ、頭が少しずつ働いていくのが分かった。


─────そうだ。


『ありがとう、ネロ。お陰で俺が出来る事……思い付いたよ。』


俺は胸ぐらを掴んでいるネロの腕を取り、目を合わせる。


『フン。』


ネロは乱暴に胸ぐらを離す。


『ねぇ、父さん。父さんは、父さんの魔力を母さんに渡す事って出来る?』


『……あぁ、出来るぞ。』


俺はカインに向き合い質問をすると、カインは腕を組み少し悩んだ後に返事をした。


『父さんの他の人は?』


『数人出来る奴は知っているが……限られているな。だが、わしは、ここに来る魔物を倒さねばならん。』


数人いれば多分大丈夫だろう。


『魔物を倒すのは、俺がやる。』


『ルディ!何を言ってるんだっ!!どれ程危険が……』

『知ってるよっ!だからこそだろっ!!このまま父さんが討伐したら確実に〈闇落〉になるじゃないかっ!』


『それは覚悟の上だ!それがわしの役目なのだからなっ!!』


『役目が大切なのも知ってる!だけど、俺は父さんを失いたくない!!』


俺とカインは睨み合う。

どちらも引く気は無い。

俺を心配し、危険な目に合わせたくないカイン。

カインを〈闇落〉にしたくない俺。


俺は一つ息を吐き、ネロに言葉を投げ掛ける。


『ネロ。』


『……んだよ。』


『俺の種族は何だ?』


『……は?……いや、お前は……小さい頃から神狼族として……』

『いいからっ!!俺の種族は何だっ!!!』


ネロは優しい。

いつも口喧嘩が絶えないけど、心根が優しいのを知っている。

俺がずっと……どれだけ神狼族としての役目をやったとしても、俺は神狼族にはなれなかった。

俺がこの里で、一人だけ違うのだと……寂しくツラい思いをしていたのを、ネロは知っていた。

どんなに危険な事をさせられていても、どこかで「これで神狼族になれるのなら」と思っていた事もあった。

俺の心が寒くなる時にはいつもネロやラルフが声を掛けて来ていた。

俺はステータス欄で種族が皆と違うのが嫌だった。


だけど


だからこそ


『良いから言えよっ!』


ネロは苦渋に満ちた顔で絞り出す様に言葉を紡ぐ。


『……ルディは、人間族……だ。』


自分で認識していても、人から言われるのは、心のダメージが結構違うんだな。


俺が見ているステータスと他が見ているステータスが違うかも知れないと思った時期もあったけど……。


俺はカインに向き直り、目を反らさない様にする。


『父さん……俺は、人間族だ。父さんと母さんの子だけど、人間族に変わりは無い。』


『……ルディ。』


『だから、神狼族の役目は俺には…………関係無い。〈闇落〉も敵意も無い相手を殺した所で…………俺は〈闇落〉にはならない。それは父さんも分かってるだろ?』


俺のぎこちない笑顔がカインの揺れる瞳に映る。


『……分かっておる。だが、危険な事に変わりは無い。』


『危険だけど…………考えがあるんだ。』


『……なんだ?』


『俺、色々な耐性をつける為に毒類も大量に作ってるんだよね。幻覚……は使えないけど、麻痺や睡眠、もちろん猛毒も沢山あるから、それを使えば魔物を一気に相手にしなくても済むと思うんだ。』


『それなら、わしがそれを使えば良いだろう?』


『ううん。……そうすると母さんの魔力が尽きてしまう。魔力を渡せる人はそんなにいないんだよね?』


『……あぁ、そうだ。高度な魔力操作が必要だからな。…………全員は出来ん。』


『なら、尚更父さんは母さんの側にいて。魔力を渡してあげて欲しい。俺が作った魔力回復薬も置いていくから、母さんの生命力を使わない様に見張ってて欲しいんだ。』


『…………だが、』

『父さん、お願い。』


カインの言葉を遮り、言葉を重ねると、カインはゆっくりと深いため息をついた。


『……分かった。母さんの事は父さんに任せなさい。…………ルディ、無理をするなよ。』


『うん、ありがとう。父さん。』


俺の言葉を聞くとカインはいつもの優しい笑顔をくれた。

そこには心配を隠しきれていなかったけど。


納得してもらえて良かった。













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