最終章 暗黒城~ すべての悲しみを乗り越えて(3)

 プラチナの街から旅立つこと数時間ほど。

 ジュエリー王国の美しい大自然、緑眩しい森林やそびえる山を越えていくと、シルクたちの遠目に、魔族たちの根城である暗黒城が見える。

 澄み切った青空を覆い隠さんばかりの真っ黒な雲。その雲に覆われるように佇んでいる暗黒城に、彼女たちが乗り越えねばならない宿敵クレオートがいるはずだ。

 なだらかな山道を下り切った草原の上から、不気味な根城を見つめる彼女たち。

「魔剣将の使いが言っていた通り、暗黒城の完成ももうまもなくだね」

「完成したら、どうなるんだワン? 恐ろしいことでも起こるのかワン?」

「そんなこと知るかコケ。今はただ、クレオートをぶっ倒す、それだけだコケ」

 こうしてる間にも、シルクの足元に黒い影が映っては、それが暗黒城の方へと流れていく。

 上空を見上げてみると、その正体がはっきりとわかった。それは、魔剣将を迎えるために休みなく行動している、魔物たちの飛行している姿であった。

 数十体はいるであろうか、空中をせわしなく舞っている魔物の群れ。その数が多くなればなるほど、暗黒城の完成披露の挨拶も近いのかも知れない。

「あ、姫、クリスタルの塔はきっとあれだワン」

 ワンコーが指し示したのは、暗黒城から斜め八十度ほど傾いた東の方角。

 太陽の光を反射しているクリスタル造り、草原に似合わないほど幻想的でミステリアスな塔が、シルクの視界の先で神々しく輝いている。

「間違いないわ。行ってみましょう」

 空を飛んでいる魔物に見つからないよう、静かな足つきで歩き始めるシルクたち。

 背丈の低いステップを一歩一歩踏み締めて、数分後、彼女たちはクリスタルの塔の正面へと辿り着いた。

 入口と思わしき扉へそっと近づく彼女、すると、神聖なる天神の力を持つ支配者(ルーラー)を待っていたのだろうか、その扉は自動的に開放された。

 彼女たちは誘われるがまま、クリスタルの塔へと足を踏み入れる。

 四角い間取りの塔の一階、そこは、部屋一面鏡張りの壁に覆われており、彼女たちの不安げな顔をありのままに映していた。

「あ、見て。あそこに階段があるわ」

 シルクが発見したものとは、上階へ螺旋状に伸びる白塗りの階段。

 女神の祭壇があるとすれば最上階だろう、そう判断した彼女は、ワンコーとクックルーと一緒にその階段を上っていった。

 チラッと頭上を窺ってみると、この塔はどうやら、最上階まで部屋らしきものは存在しないようだ。それを証拠に、伸びる階段が切れ目なく最上階へと続いている。

 白塗りの階段を上ること数分ほど経過し、最上階まで到着した彼女たち。階数でいったら、地上五階ほどの高さだろうか。

「ここが、神聖なる天神に仕えていた女神が祭られている祭壇」

 クリスタルの塔の最上階、清らかな心を映すような神秘的な鏡で囲まれたこの部屋には、煌びやかな装飾を飾り付けた祭壇が鎮座していた。

 神聖なる天神のオーラが届くからなのか、室内を包み込む空気はどこか澄んでおり、それを吸い込むほど、激戦続きで疲弊した身と心を癒してくれるようだ。

 シルクは緊張の息をゴクッと呑み込んでから、おこがましいと思わせるぐらい壮麗な祭壇のある室内へ入っていった。

(!?)

 突然、シルクの耳に下がるシルバーのイヤリングが輝き出した。この祭壇に眠る女神と、イヤリングに眠る女神が意思疎通でも図っているのだろうか?

 彼女は瞳を閉じて、イヤリングから聴こえてくる声に耳を傾ける。それは、いつも神聖なる天神の力を導いてくれる、心に語りかけてくるあの女神の美声だ。

(シルク、よくここへ来てくれましたね。あなたがここへ来ることは、生まれた時からの宿命だったのです)

 女神の声が、イヤリングと祭壇の両方から反芻するように響いてきた。

 これまで、女神の声を聴くことがなかったワンコーとクックルーは、唖然とした顔でキョロキョロと周囲を見渡している。

 シルクはそんなことなどお構いなく、姿の見えない女神と会話しようとする。

「女神よ、答えてください。あたしがここへ来る宿命、それは、あたしが支配者(ルーラー)として生まれたからなのですか?」

(もちろんそうです。ですが、もう一つの理由は、あなたがパール王家に代々伝わる”神聖なる天神”の力を授かった、この世界でたった一人の救世主だからです)

 パール王家を代々守護してきた神聖なる天神――。

 その神の力を受け継ぐ者は、邪悪なる魔族の襲来など、人類が脅威に晒される有事の時、人の上に立つ指導者となり世界を救う救世主となる。

 生来より不思議な力を持ち合わせて、伝説の支配者(ルーラー)として誕生したシルクは、生まれた時からその宿命を背負っていく立場であった。

 彼女の宿命を助言として授かった国王と王妃は、幼少時代からスパルタとも言える英才教育を彼女に教示し、天神の力に耐えうる知恵と勇気を持つ人格者として育て上げた。

 母親から幼年期に教わった不思議な言葉、そして、父親から十五歳の誕生日に贈られたイヤリング。それらも、神聖なる天神からの啓示の一つだった。

(本来であれば、人類が脅威に晒されない限り、あなたに宿る神通力は解放されることはなかったのです。しかし、あなたは魔族の罠により闇魔界へ誘い込まれて、そこで、幾多の苦難と試練の果てに、イヤリングに眠る女神を目覚めさせてしまったのです)

 鬼門を越えて辿り着いた地獄、闇魔界――。そこでシルクは、苦しみや悲しみ、妬みに憎しみ、いろいろな感情を抱く人たちの心の葛藤と直面し、そして、魔族との苦戦により生命の危機にも直面した。

 天神の裁きでもある聖なる魔法”雷撃破”。女神が言う通り、それを習得した彼女の能力の開花は、それらの出来事が起爆剤になったことは言うまでもない。

(しかし、魔族たちを率いる魔剣将が人間界を征服しようとする今、どちらにせよ、あなたは天神の力を解放して立ち向かうことになっていたでしょう。そう、宿命の赴くままに)

「わかっています。あたしは人間たちを虐げる支配者にはなりません。人間たちとともに暮らし、ともに育み、ともに喜びを分かち合う救世主になります」

 それを実現するためには、ここより北西にある暗黒城を目指し、そして、闇の支配者である魔剣将クレオートと対決しなければならない。

 戸惑いや迷いを生じるほど、一人の少女にはあまりにも悲しい運命が待っている。だが、支配者(ルーラー)として生まれた彼女は、それをすべて受け止めたのか、表情も心も不思議と晴れ晴れしかった。

(さぁ、シルクよ、旅立つのです。今ここに、救世主としての第一歩を踏み出しなさい)

「はい、行ってきます。どうか、あたしたちのことを最後までお守りください」

 シルクは旅立つ前に、女神が祭られている祭壇に両手を合わせる。

 ワンコーとクックルーもそれを真似て、礼儀作法とばかりに頭を静かに垂らして祈りを捧げた。

「よし、行こうか」

「ワン」

「コケ」

 シルクたちは気合十分でクリスタルの塔を駆け出していった。

 パール王家代々から受け継がれてきた神の力を駆使し、この世界にただ一人存在する救世主、パール王国王女シルク=アルファンス・パールは最後の戦いに臨む。

 彼女たちが足を速める中、暗黒城という魔の巣窟にいるであろう魔剣将クレオートは、果たして、何を思い、何を見つめているのだろうか?


* ◇ *


 澄み切った青空に浮かぶ眩しい太陽。

 せり立つ山々、生い茂る緑の木々、そして大地を潤す河川。そのすべてが人工的なものではない人類における生命の源だ。

 真っ暗な闇に包まれた空間から、優美な大自然を窓越しに眺める魔族が一人。

 血塗られた真紅の鎧に身を包み、闇の支配者の証し”魔剣”を手に従える彼こそ、人間が創造したこの世界の征服者を目論む魔剣将クレオート。

 ここは暗黒城の天守閣。ここで王座を構えようする彼の命令により、この城ももうまもなく完工といったところだ。

 暗黒城が築城すれば、人類が滅亡の脅威に晒される憂慮な非常事態。彼が支配者として人類の上に立ち歴史を塗り替える、まさにその瞬間でもあるのだ。

「こうして見てみると、何という美しさだろうか」

 クレオートの微笑みは悪意に満ちていた。

 この美しい景色も、そこで暮らすありとあらゆる生物もすべて手に入れる。そんな邪な欲望と野望が、彼の表情をよりおぞましく変貌させていた。

 しかし、闇を支配した彼でも不安な要素はある。それは言うまでもなく、支配者(ルーラー)として神の能力を覚醒させた、かつての旅のパートナーだったシルクその人である。

「フッフッフ、どうやら来たようだな」

 神経を逆撫でるほどの聖なるオーラを感じ取ったクレオート。

 それは身の危機を感じる戦慄か、はたまた、再会を心待ちにしている悦楽か、彼は鎧の下にある全身を身震いさせていた。

「だが、魔剣を手にしたわたしの邪魔は誰にもさせない。たとえ、神聖なる天神の力を持ち、最大の脅威となるであろうシルク、おまえでもな」

 クレオートは魔剣を力強く握り締める。すると、お互いの意思が共鳴したのか、魔剣が不気味に笑うかのごとく妖しく黒光りしていた。

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