第五章 歓喜の都~ 未来を拓く革命の果て(5)
時を同じくして、ここは地下街の奥でひっそりと佇んでいる大きな館。
話し声も足音もない清閑としている応接室で、たった一人、胡坐をかいて瞑想に耽っている地下街王。
思い詰めるように瞳を閉じて、険しく口を真一文字にして、眉一つ動かさない彼のその姿は、まるで眠りの世界を彷徨っているかのようだ。
まもなく訪れるであろう革命の瞬間。積年描き続けてきた歓喜の都をより強固とすべき構想。それを実現できる一歩手前にも関わらず、彼の表情はなぜか憂慮に染まっている。
固く閉じられている瞳の奥で、彼はいったい何を見つめて、何を探し出そうとしているのだろうか?
そこへふらりとやってくる一人の年配の男性。それに気づき、地下街王の眉がピクリと動いた。
「神父か?」
「はい。大変お待たせいたしました、地下街王殿。どうかお許しを」
「気にすることはない。待っておったぞ」
清潔感のある法衣を纏った神父は、地下街王の真正面に静かに正座する。
彼は経典らしき本と十字架を取り出し、地下街王率いる、出陣していく革命戦士たちに祈りを捧げた。
「地下街王殿の勝利に間違いございません。どうかご安心ください」
神父は穏やかに目を緩めて、革命軍の武運長久の成就を心から確信した。ここで一致団結し、迷いを断ち切るほど士気を高めた兵士たちに、敗北という二文字などあり得ない、と。
幾分か緊張が和らいだのか、地下街王も口元をわずかに緩ませる。しかしその直後、彼の虚ろな視線が、焦点の合わない虚空へと飛んでいった。
「つい今しがた、昔の夢を見ていたようでな。この街に人が集まり、家を造り、道具を作り、水を引き、そして木を植える。その頃の住民たちは、歓喜に包まれる都を創造しようと、誰もが希望に満ち溢れていた」
この都がその名の通り、歓喜に満ち溢れる都と成り得たのは、人間同士が互いに手を取り合い、苦楽をともにしてきたからこその貴重なる賜物だ。
先祖代々引き継がれてきた者の中には、街の行政を一手に担ってきた都長も、そして、街の治安に目を光らせてきた地下街王の姿もあったはず。
人間たちが快楽に溺れてしまい、いつ来るともわからない魔族の侵攻に太刀打ちできない今こそ、この二人は協力し合って立ち向かうべきではないだろうか?
しかし……。地下街王は愛すべき都へ攻め込み、都の全土も地位までも乗っ取ろうと画策している。
「なぁ、神父よ。ワシの成すべきことは、本当に地下街で暮らす者のためであり、都に住む民のためでもあるのだろうか?」
決戦を目前に控えて、地下街王は弱気の胸のうちを吐露してしまう。
人一倍気概があり、常に猛々しい彼の苦渋の面持ちを目の当りにし、さすがの神父も表情が強張り唖然としてしまった。
「おお、地下街王殿。どうなされたのですか? これよりまさに決戦の時。そんな弱音を兵士たちが知ったら、高揚している闘志すら失われてしまいますぞ」
「すまぬ。ワシもただの人間、不安と緊張で、ついそんな声を漏らしたくなるものだ。案ずることはない」
地下街の革命戦士の長であり、さらに、この地を牛耳る統治者でもある地下街王は、自らを戒めるように、口から漏れてしまった躊躇いを豪快に一蹴した。
もう迷っている時ではない。ここまで来たからには、勝利こそが歓喜の都の未来なのだ。彼は心の中でそう鼓舞し、心の奥に仕舞っている葛藤を完全に断ち切った。
そんな矢先、物静かだった応接室まで響いてくる轟音のような足音。その慌てふためく音はまさに、風雲急を告げるものであった。
「地下街王、ご報告申し上げます!」
血相を変えて室内へ入ってきたのは、繁華街地区の偵察を任されていた兵士の一人だ。
色めき立つ彼の口から飛び出した一言、それは、地下街の兵士たちが一日千秋の思いで待ち望んでいた、都を制圧せんとする革命の狼煙だった。
「繁華街地区の偵察を完了いたしました! いよいよ機は熟しました。都長率いる自警団が戦闘態勢を万全とする前に、我ら革命戦士たちが出陣する時です。地下街王、どうかご命令を!」
ついに来た! 地下街王はギラッとした目を大きく見開いた。
この劇的とも言える瞬間に、気持ちが震えるほどに高ぶり、心が燃えるように熱くなる。
だが、彼は決して気持ちを乱したりはしない。あくまでも冷静に、心をゆっくり冷ましつつ、革命という名の宣戦布告をここに発布する。
「よし、皆に告げろ! 戦闘準備を整えて、この館の前に集合せよと。ワシもただちに支度をする」
「はっ、かしこまりました!」
地下街王は毅然と振る舞い、沈ませていた己の腰を上げる。
神父はこの時を運命の一瞬と説き、これまで以上に十字架を掲げて武運を祈った。
まだ地下街に辿り着くことができないシルクたちに、地下街王たち革命軍の野望を、そして、血を流し合う無意味な争いを食い止めることはできるのだろうか!?
◇
金属が切断された時の、鼓膜を打ち付ける破壊音が鳴り響く。
青々とした林の中に佇む岩屋。その出入口を塞いでいた鉄格子の扉が今、クレオートが振り放った太刀筋により禁を解かれた。
錆びついた扉を恐る恐る開け放ち、シルクたちはいよいよ、地下街へと繋がるであろう、腐りかけた材木で築かれた階段を慎重に下りていく。
薄暗い視界が少しずつ開けてくると、そこに待っていたものとは、都からの侵入者を厳しく監視している数名の門番兵士たちだった。
「誰だ、キサマたちは!?」
門番兵士は刃物を巻きつけた棒を手にして、突如姿を現した不審者たちを警戒した。その目つきはまるで獣のように鋭く、有無を言わさず襲い掛かってきそうな勢いだ。
階段を下りきる最後の最後で足止めを食らったシルク。しかし、彼女はすぐさま、しわの寄った通行証を門番たちに見せ付ける。
「通行証ならここにありますわ。これなら文句はないでしょう?」
通行証を奪い取るなり、染みが目立つ厚紙を食い入るように見据える門番の一人。
彼は手に持つランタンの灯りを頼りにして、通行証に書かれたメッセージを読み取っていく。その数秒後、怪訝そうな顔をしつつも、彼は地下街への入場許可のサインを示した。
「言っておくが、地下街は現在、厳戒態勢を敷いている。やたらと歩き回るんじゃないぞ。わかったな?」
地下街への立ち入りを許可されたシルクたち。そこで真っ先に目に飛び込んだのは、歓喜といった言葉など皆無な、都から見捨てられた土色の街であった。
「陰と陽……。歓喜の都とは、まるで別世界ね」
シルクは百八十度視点を動かし思わず息を呑み込んだ。
大地という低くて厚い屋根に覆われて、松明の揺らぐ明かりに浮かび上がるその地下街は、まさに洞窟のような佇まいを映し出している。
目に眩しい日の光は届かず、目に美しい緑も生えてはいない。
この殺伐とした荒野にあるものは、自然豊かな地上へ這い上がろうとする、革命に沸き立つ人間たちの野望だけなのだろうか?
「地下街王はどこにいるのかしら?」
「もう少し先へ進んでみましょう」
あちこちに石ころが転がり、歩き難いでこぼこの土砂の上を歩き始めるシルクたち。
彼女たちの視野に広がるのは、歓喜の都とは似ても似つかずの風景だった。
貧相なぐらいにボロボロの廃墟と化した小屋ばかりが点在し、それでも人が暮らしている証しだろうか、建物の隙間からはぼんやりとした明かりが漏れていた。
営みを感じることができても、そこに快楽や悦びなどなく、風すらも吹かないこの地下街には、閉塞感という胸苦しさしか存在しなかったようだ。
いつ何時暴漢が襲ってくるかわからないだけに、やはりこの時も、クレオートがシルクの盾となって先頭を歩いていた。
そんな彼の研ぎ澄まされた聴覚に触れたもの、それは、土砂を掘削して引いたのであろう、地下街の生命の源である川のせせらぎであった。
「見てみて。この地下街にも、ちゃんと川が流れていたんだわ」
小川の上流へと目を向けてみるシルク。すると、この川が地下からではなく、地上とも言える歓喜の都から、パイプ管を伝って流れてきていることに気付く。
そこへ近づいてくるのは、いびつなバケツを手にして、川の水汲みに来た一人の女性だ。泥や染みで汚れた衣類が、この地での生活の侘しさを物語っていた。
「あなたたち、地下街の住人ではないわね。どうしてこんなところへ?」
その女性はコクリと頭を傾げつつ、バケツを川の中へそっと注ぎ入れる。
見栄えこそ綺麗とは言えないものの、飲料水としては十分な水質を誇るこの川の水。彼女はそれを手ですくって飲んでから、穏やかな視線をシルクたちに向けた。
「この川は、都を流れる美しい川から分流して引いているの。地下街で暮らすわたしたちが生きていけるようにと、都長がせめてもの配慮をしてくれたのよ」
都の裕福さからかけ離れた、ずさんなほどの地下街の貧困さ。それでも、生活の糧となる飲み水と必要最低限の食料だけは確保されていた。
飢えに耐え切れぬ人間の行き着く先は強奪、そして殺戮――。それだけは断固としてあってはならないと、都長と地下街王がお互いに譲歩し合った、破ってはならぬ紳士協定がそこにあった。
シルクはグッと拳に力を込める。都長も地下街王も思いやる心を持っているのなら、これからでも話し合い、流血なき和平交渉も可能なはずだ、と。
「あの、すみません。あたしたち、地下街王に会いたいんです。彼はどこにいらしゃいますか?」
都を制圧しようとする地下街王の野望、それを打ち砕こうと奔走するシルク。
その無謀とも言える目的を耳にし、重たい溜め息を零した女性は、懸念を示すように表情を曇らせてしまう。訪問したところで、部外者の謁見など叶うはずもない、それが首を横に振る彼女の答えだった。
「わかっていても、あたしたちは行かなければいけないんです。お願いです、教えてください!」
シルクは迫りくる焦りから、藁にもすがる思いで懇願した。
それでもやはり消極的なのか、女性は憂い顔のまま川のそばに屈み込み、虚ろな視線をそっと川の下流へ向けた。その先に映っていたものとは、水遊びに興じている数人の子供たちだった。
純粋無垢に、無邪気に遊んでいる子供たち。それを遠目で見つめる女性の横顔は、まるで母親のように穏やかな優しさに包まれていた。
「こんな薄暗くて湿っぽい窮屈な街でも、子供たちはどこまでも陽気で、わたしたちに元気をくれるわ」
子供たちの笑顔は、まさに平穏平和の象徴そのものだ。こんな闇魔界の中でもすくすく成長し、その日暮らしの生活に泣きべそをかいたりはしない。
それに引き替え、大人たちは光の射さない絶望に嘆き、その日暮らしの生活に困窮ばかり訴えている。女性は遣る瀬無さを映した表情で、そんな皮肉めいた愚痴を吐露した。
シルクもまだ成人ではない年代。この呪われし運命に悲観し、混沌とした現実から逃げたくなるはずだ。しかし、彼女はそれぐらいで音を上げたりはしない。その凛々しい顔つきからも、人々を苦痛から救う使命感がより強くなっていることが見て取れる。
「あなたたちが何者かはわからない。……でも、もし、あの子たちの未来を救ってくれるのなら、地下街王の居場所を教えてあげる。ただし、命の保証はできないわ」
「ご安心ください。あたしたちは、犬死するためにここへ来たわけではありませんから」
その直後だった。川のはるか向こうから鳴り響いてくる笛の音。
まるで風雲急を告げるかのごとく、その低い音色は窮屈な地下街に染み入るように駆け巡る。
「ああ、この音は革命軍の集合の合図……。いよいよ、始まってしまうのね」
兵士たちを鼓舞するこの音色こそ、革命を起こすべく集結の報せだと、女性は塞ぎ込みながら落胆の色を一層あらわにした。
急がなければいけない――! その女性もシルクも、突発的に飛び出した言葉はまったく一緒だった。
「この川を渡ってさらに五分ほど走れば、月の紋章を記した大きな旗が見えるはず。そこが地下街王の住む館、どうか、急いで!」
シルクは大きく一礼すると、クレオートやスーパーアニマルたちに声を掛けて、地下街王の館があるという、目印となる月のマークを目指した。
小川を渡す木製の橋を一気に駆け抜ける彼女たち。蒸し暑さ漂う不快な空間の中でも、歪んだ大地を踏み締めるその足を止めることはなかった。
息を切らせて疾走すること丁度五分。
川のほとりで出会った女性の言っていた通り、シルクたちの目前に、長いポールの先端に括り付けられた、真っ白な月の紋章が記された旗が見えてきた。
風のない街で小さく揺らめく旗、その真下に悠然と構えている大きな館。その前に一堂に会している革命兵士らしき複数の後ろ姿。間違いない、地下街王はそこにいる――!
「み、みんな、待ってっ! 早まらないでー」
シルクの割れんばかりの大声が、この地下街の淀んだ空気を切り裂いた。
駆けつけてくる見知らぬ不審者を目撃し、月の紋章をあしらった兜をかぶった兵士たちは、列を崩して臨戦態勢を敷いた。
革命軍を指揮する地下街王も、招かざる来訪者たちに反応し眉をピクリと顰める。日本刀のような刀の鞘に手を宛てて、厳めしい表情で警戒の色を濃くした。
「何者だ、キサマたちは!?」
「あたしたちは名乗るほどのものではありません。ただ、意味のない革命を阻止するために、ここまでやってきたんです!」
「な、何だと? 我ら革命軍の邪魔をする気か? 容赦はせんぞっ!」
兵士たちは一斉に腰から下げていた武具を抜き、シルクたちに向かって躊躇いなく突き立てる。
そんなもの収めて! 彼女の気迫のこもった怒鳴り声が、兵士たちの表情を瞬時に強張らせた。彼らは武器こそ仕舞わぬものの、口を閉ざして数歩後ずさりしてしまった。
戸惑いを隠せない兵士たちの間を縫い、険しい顔つきのまま登場した地下街王。銀色の甲冑のような格好が、これからの交戦の始まりを示さんばかりだ。
得体の知れない客人を前にしても微動だにせず、彼は冷めきった目つきで彼女のことを凝視した。
「意味がないと申したな? この地下で長年燻ってきた我々の気持ちも知らんおまえに、有意義も無意義もどうして判断が付くというのだ?」
地下街王の威圧感に負けず劣らず、シルクも表情を引き締めて毅然と身構える。
「武器を手にして、都を制圧することが本当の正義なのでしょうか? あなたたちのしようとしていることは、人の生きる価値すら無視した、この闇魔界に巣食う魔物と変わらないわ」
闇魔界という絶望の淵に立ち、もがき苦しんで生き長らえる人々。それを忘れようと快楽に溺れる者、そして戦いに身を投じる者同士が、無駄に血を流し合うような争いをすべき時ではない。
こんな混沌と戦慄しかない世界だからこそ、人間同士が手を取り合い、救い合い、生き続けるべきと力説するシルク。それはまさに、十五歳とは思えないほどの魂のこもった心の叫びであった。
ところが、生意気と取れなくもない彼女のその主張が、地下街王の逆鱗に触れてしまう。
「小娘の分際で何を抜かすかっ! まるで、この世界のすべてを知ってるかのような口を叩くんじゃない」
地下街王は怒気を含んだ声で執拗に訴える。歓喜の都をあれほど自堕落な住処にした張本人こそが、あの憎々しくて忌々しい都長なのだ、と。
歓喜の都を希望ある未来へ導くためには、魔物の侵略に備えて街を要塞化し、革命軍の指揮のもと腐り切った民の者を制圧し、さらに、他ならぬ邪魔者を排除すること。彼は詰まることなくそう捲し立てた。
「この革命は我ら地下街の民にとっても、都にいる民にとっても意義のあることだ。話し合いに応じない石頭のあの男と、いつまでも子供の喧嘩などしている場合ではない!」
もうこれで話は終わりだ。地下街王は自分勝手に話を打ち切ると、兵士たちに何やら目配せをした。
彼に指示された数人の兵士は、またしても武具をかざしてシルクたちを包囲する。まるで、彼女たちが排除対象であるかのごとく。
「部外者であるおまえたちを処罰するつもりはない。だが、我らの志の邪魔者である以上、このままここから帰すわけにもいかん」
見張りの兵士数名に取り囲まれてしまい、その場から身動きが取れなくなったシルクたち。
力でそれを突破することも容易な彼女たちだが、目が血走り、戦うことに活路を見出そうとする彼らに手を出そうものなら、それこそ勢い余って命を奪ってしまいかねない。
あまり相手を刺激してはさらなる混乱を招いてしまう。シルクとクレオートは小声で相談し、不本意ながらも、ここは我慢するという結論に行き着くしかなかった。
地下街王は仕切り直すように、月の紋章が揺れる旗の真下へと舞い戻る。
総勢百名ほどだろうか、見張り役を除く兵士たち全員も、彼の正面に向き直りピシッと姿勢を正した。
「皆の者、よく聞けっ!」
ここへ集いし有志たちへ言葉を投げかける地下街王。それは、都制圧という名の革命の始動を告げるものであった。
「いよいよこの時が来た! 我々、革命軍にとって名誉ある日が訪れた。この闇の世界に降り注ぐ、日の光を浴びる記念すべき一日となるであろう」
討伐すべき宿敵こそ、下らない思想で都を統括している都長ただ一人。待ち構えているであろう自警団など蹴散らし、栄光ある勝利をこの手に掴めよと、地下街王は血気盛んに奮起を促した。
革命兵士たちは一斉に、シュプレヒコールのような雄叫びを上げる。誰もが革命の栄えある成功を信じ、息詰まる世界ではなく、陽の光を感じる明るい世界を夢見ながら。
地下街に蔓延する歓喜に沸く声。シルクは複雑な面持ちのままそれを耳にし、遣る瀬無い思いから憤りを覚えずにはいられなかった。
「では、行くぞ! 我々にとって、新しい時代の夜明けのために!」
「おおー!」
地下街王を筆頭とした革命軍の獅子たちは、奇声を上げながら意気揚々と駆け出し、一人、また一人と、都へ通じる階段を駆け上っていく。
誇りを胸に突進していく戦士たちにもう迷いなどない。命を惜しまず戦場へ向かうその勇姿を、唇を噛み締めて見つめるしかないシルク。
もう我慢なんてできない――。彼女の生まれ持っての正義感が、抑圧を余儀なくされている心を大きく奮い立たせた。
「動くな! キサマたちはここでじっとしているんだ。さもなくば、この場で処刑するぞ」
シルクのことを凶器を突き立てて制する見張りの兵士。それだけ感情が高ぶっているのか、捲し立てる彼らの顔つきは奇怪なほど狂気に満ちていた。
話が通じる相手ではないと、彼女は強行する以外に突破口を見出す術はないと悟る。これには、穏便に事を済ませたいあのクレオートさえも、落ち着いていられなかったのか、彼女の意見に賛同してしまうのだった。
彼は紳士を振る舞うように、主君とも言うべき姫の身を挺し、腰に据えてある大剣に手を宛がった。
「姫。ここはわたくしにお任せください」
「あたしのことはいいわ。クレオートは背後の方をお願い」
「え?」
その刹那、シルクは電光石火のごとく、名剣スウォード・パールを引き抜いた!
彼女は華麗なる身のこなしで、目の前にいた見張り役の兵士の鳩尾に、剣の柄で一撃を与えた。
急所に大きな打撃を食らい、白目を剥いて地に沈んでいくその兵士。それを見るなり、周囲の兵士たちは一斉に反撃を仕掛けようとする。
一瞬だけ呆気に取られたものの、ここからがまさにクレオートの出番。
彼も素早く大剣ストーム・ブレードを抜き取るなり、襲い掛かってくる兵士の群れを打撃技で瞬時に吹き飛ばしてしまった。
それは、ほんの十数秒のことだった。彼女たちの足元には、痛打を受けて蹲っている男性たちの無残な姿だけが転がっていた。
「ふぅ、これでおしまいっと」
「いくら何でも強引過ぎますよ。少しタイミングがずれていたら、姫も無傷ではいられませんでしたよ」
ホッと一息つき、名剣を静かに鞘の中へ片付けるシルク。そして、そんな無謀な振る舞いをした彼女に、反論とまではいかないが、やんわりと苦言を口にしてしまうクレオート。
終わり良ければすべて良し。これこそが、ベストパートナー同士のなせる業と気取って、彼女はクスッと愛らしく微笑した。
「いけない! のんびりしてられないわ。みんな、急いで都へ向かいましょう。地下街王が過ちを犯してしまう前に止めないと!」
いびつな大地を踏み出して、シルクたちは脇目も振らず一目散に駆け出した。
歓喜に溢れる都を脅かす革命が、ついに火ぶたを切ってしまった。果たして、彼女たちは地下街王の暴挙を食い止めることができるのだろうか?
都の覇権のためだけの、血で血を洗う威信を賭けた指導者同士の争いを、踏み止まらせることができるのだろうか!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます