第五章 歓喜の都~ 未来を拓く革命の果て(3)

 ここは、歓喜の都の中でも一際目立つ大きな屋敷。

 存在感を誇る厳かなその邸宅が、この都の行政と立法を担う都長の住まいである。

 無駄にだだっ広い屋敷内の奥座敷、十数人はくつろげるであろう室内の上座で、どっかりと腰を据える一人の男性。

 ロマンスグレーの髪の毛を整えて、苦み走った顔つきから冴える理性と知性が窺えるその人物こそ、賑やかで楽しい都の安定化を図らんとする都長であった。

 踏ん反り返る彼の真正面には、敬意を払うように跪く制服を来た男性がいる。

 お耳を拝借……。奥座敷から決して漏れることのない忍び声で、都長とその制服姿の男性は何やら密談をしていた。

「……ほう、そうか。ヤツめ、いよいよ準備を始めているようだな」

「はい。部下たちの耳にした情報によると、地下街の連中は兵力をかなり強化している模様です。頭数だけは揃えているようですが、都長、いかがいたしましょうか?」

「聞くまでもなかろう? 我が都の警備陣もこの時のために、極秘裏に訓練を重ねてきたのだ。今こそ、地下街の軍勢をねじ伏せる好機と言うべきだ」

 卑しく口角を吊り上げる都長の微笑で、制服姿の男性は敬服するようにひれ伏した。

 余裕を見せつつも、どこか表情を引き締める都長の思惑は、この都の治安維持のみならず、地下街に巣食う革命戦士たちを一網打尽にすることだった。

「聖戦とも言える戦い、ヤツらに奇襲されてしまっては、この都も無傷では済まんだろう。警戒レベルを最高に上げて、これからも監視を続けろ。わかったな」

 警戒だけではなく、兵力増強と訓練強化も怠らないよう指示を出した都長。来たるべき紛争を前に、敵陣に遅れを取るなと言わんばかりに顔つきを険しくした。

 制服姿の男性は敬礼をしながら身を翻し、都長が居座っている奥座敷から即座に去っていく。それと入れ替わるように、先ほどとは違う制服姿の男性が入室してきた。

 いったい何事だ? 訝るような視線を飛ばす都長の耳元に、滑り込みながら近寄ってくるその男性。

「都長、客人です。どうやら、悲劇の村の方からやってきた、旅の者のようですが?」

「旅の者だと?」

 都長は部外者の来訪と知った途端、これ見よがしに眉をひそめる。

 この切迫している時にとんだ邪魔者が……と、彼はぶしつけに来訪者を追い返そうとも考えたが、地下街の連中に良からぬ噂が立つのを恐れたのか、渋々ながらも、丁重におもてなしすることにした。

 お通しするよう制服姿の男性に命令を下した彼、しかし、招かざる客人を受け入れるその訝る目は、決して笑ってはいない。

 仰せのままにと、敬礼しながら指示に従う制服姿の男性。小さい足音を立てて去っていく彼の向かう先こそ、地下街へ赴く術を求めてここまで足を運んだ、シルクたち一行が待つ玄関先であった。


 その頃、都長の屋敷の玄関先では、焦れる表情を隠し切れないシルクたちがいた。

 さすがは都を統率する指導者の住まいだけに、この屋敷の佇まいは想像をはるかに超える物々しさだ。

 背丈の高い城壁のような門構え。玄関先から入口までを取り囲む緑生い茂った木々。そして、無闇に人を寄せ付けない冷たさを放つ、群青色に染まったコンクリートブロックの通路。

 庭石と池を望める庭園の一角には、空に向かって伸びる一本のポールが立ち、その先には、太陽のマークが入った旗がたなびいている。

「そういえば、あの太陽の模様、都のあちこちで見掛けたわ」

「きっと、この歓喜の都のシンボルマークか何かではないでしょうか」

 手持ち無沙汰のせいで、人工的な微風で揺れるシンボルをただ見上げるしかないシルクたち。

 そこへ駆け付けてくる、パリッとした制服を着衣した一人の男性。礼儀正しく頭を下ろした彼は、わざわざ訪問してくれた客人たちを快く招き入れようとした。

 都長との謁見という願いが叶って、シルクとクレオートはホッと胸を撫で下ろした。

 それはもちろん、お供として同行しているワンコーとクックルーも同じで、足止めを食わずに済んで安堵の吐息を零していた。

「どうぞ、こちらよりお入りください」

 やはり実力者が君臨しているせいだろうか、張り詰めた空気が漂うこの屋敷内。

 そこへ一歩足を踏み入れたシルクは、その独特の緊張感に飲まれそうになり、肌を突かれるような感覚が駆け抜けた。

 黒ずんだ木材で築かれた廊下はどこか薄気味悪く、部屋を区切る襖にも幻獣らしき装飾が描かれており、訪れる者を萎縮させてしまう、そんな威圧感を放出していた。

 息詰まるような長い廊下を歩き続けること数分。彼女たちが辿り着いたのは奥座敷、そして襖が開け放たれると、そこには、客人の来訪を喜んで迎え入れる恵比須顔の都長の姿があった。

「ようこそ、おいでくださいましたね。快楽と憩いの街、この歓喜の都へ」

 奥座敷の上座にどっかり腰を下ろし、どうぞ、どうぞと、訪問者たちを座布団の上に手招きする都長。

 にっこりと微笑んでいる彼のその表情、初めて拝む者には普通に見えるだろうが、本当のところは、穏便にやり過ごしたい苛立ちをごまかす作り笑いだったりする。

 少なくともシルクは、代表者との接見という緊張もあってか、そんな都長の裏の顔など気付く様子もなく、誘われるがままに座布団の上に正座した。

「都長さん、いきなりの訪問でしたのに、お会いいただき本当にありがとうございます」

「いやいや、とんでもありませんよ。旅をされているそうで、まあ、この都でのんびりと疲れを癒されるといいでしょう」

 闇の世界の中でも苦痛を感じることなく、楽しく賑やかに暮らせる夢と希望が溢れる街、都長は口々にそればかりを自慢する。

 人間が人間らしく生きるすべての快楽がここにはあると、彼は満面の笑みを浮かべて、自らが施行してきた行政方策の素晴らしさを繰り返した。

 しかし、この世界からの脱出を目指すシルクにとって、そんなまやかしな夢と希望など空虚なもの。

 それよりもまず、この地で燻っている不穏な事態を食い止めることが先決。彼女は都長の自慢話を遮りながら、その核心を突こうとする。

「大変失礼ですけど、あたしたちの来た目的は、都の素晴らしさを知るためではありません」

 冷静沈着なまでの、一人の少女の歯に衣着せない態度。これには笑顔を繕っていた都長も、機嫌を損ねたのかつい眉根にしわを寄せてしまう。

 輪を掛けるように、シルクの麗しい口元から漏れた”地下街”というキーワードで、彼の柔和の表情ががらりと一変してしまった。

「地下街で暮らしている人たちが、革命と銘打って、この都へ突入しようとしていると、ある方から伺いました。都長さんはもちろん、それをご存知ですよね?」

 革命? 都長は地下街の存在こそ認めるも、革命そのものの存在は否定した。

 穏やかさの中にもわずかに窺える焦り。彼の表情からそれを読み取り、シルクは疑心を抱かずにはいられない。

 お互いに腹を探り合っているのか、この二人の隙間に気まずい空気が流れ始めていた。

 しばしの沈黙……。重々しい雰囲気の中で口火を切ったのは、都長の取り繕ったような笑い声だった。

「はっはっは、どこでそんな物騒な噂を聞いたのやら。困ったものですね。旅の方々には知る由もないが、この都は平和そのもの。一部の住民の戯言など、決して信じないよう願いたいですね」

 シルクは繰り返し尋ねる。地下街王と呼ばれる元軍曹が、都を制圧しようとしていること、それが真実ではないのか、と。

 それでも都長は最後まで白を切った。革命などという暴動が独り歩きしてしまい、都全体を混乱に陥れるわけにはいかない思いで、彼は精一杯、この話題から離れようと躍起になっていた。

「そういうことなら、地下街にいらっしゃる軍曹さんへ尋ねてみます。その地下街へ行く方法を教えていただけませんか?」

「いやいや、地下街は都の行政方針に盾を突いた罪人たちの居場所。そんなところへ、部外者を行かせるわけにはいきませんな」

 ささくれ立つ一進一退の押し問答。都長とシルクのせめぎ合いはしばらく続いたが。

 いい加減痺れを切らした都長は伝家の宝刀を振りかざす。それは、自警団と名付けた警察組織を呼び寄せて、彼女たちの身柄を拘束する強制連行であった。

「あなた方がそこまで言い張るのなら、あらぬ噂を嘯く偽証罪で逮捕することも可能だが?」

 シルクたちを取り囲みながら集結した制服姿の自警団。彼ら全員の胸には、この都のシンボルである太陽の紋章のバッジが貼り付けてある。

 都長は勝ち誇ったかのように、腕組みしながらほくそ笑んでいる。

 彼に絶対服従である自警団の男性は皆、握り締めた長い棒で、彼女たちを今にも包囲せんばかりだ。

「姫、ここは身を引きましょう。ここで問題を起こしてしまったら、それこそ、取り返しがつかなくなります」

「わかってるけど。でも、それじゃあ、地下街に行く方法がわからずじまいだわ」

 落ち着き払うクレオートが説得しても、釈然としないまま気持ちが乱れてしまうシルク。

 だが、牢獄監禁という憂き目にあってしまっては、それこそ、革命そのものを阻止することもできなくなるだろう。ここは、彼の指示に従う方が賢明と判断せざるを得ない。

 もし自分が大人だったら、きっと平和的解決に導けたはず……。彼女は子供であるばかりに、苦渋の面持ちで悔しそうに唇を噛んだ。

「それでは、お引き取り願おうかね。しばらく静養を取られたら、一刻も早く、この都から旅立たれたらいかがかな?」

 初見の時の、あの穏やかさなどどこへ行ったのやら。

 都長はふてぶてしく不敵に笑い、目の上のたんこぶになり得る邪魔者たちを追い返そうとした。無論、このお屋敷からではなく、歓喜の都という自らが掌握するオアシスからである。

 自警団の男性が睨みを利かせる中、本来の目的すら果たせぬまま、強制退去というぞんざいな扱いを受けたシルクたち。

 追い出された途端、まるで警備を強化するように、体格のいい屈強の警備員たちの包囲網が敷かれた都長の屋敷。その物々しさこそが、この都で良からぬ事件が起こる前兆を物語っていた。

「困ったことになったワン」

「あの都長ってやろう、絶対に何かを隠しているコケ」

 行き詰まり感に憤りを募らせて、ワンコーとクックルーはすっかり仏頂面だ。

 シルクはシルクで、まだ苛立ちを抑え切れないのか、顔を紅潮させて地団駄を踏んでいる。

 このパーティーの中でただ一人冷静でいられたクレオートは、そんな怒りんぼたちの宥め役に徹するしかなかった。

「ここは一先ず、作戦を練りましょう。都長が当てにできないのなら、他の手段を考えるしかありませんし」

 何事にも不動心なクレオートのアドバイスにより、シルクもようやく高ぶる感情を落ち着かせることができた。

 それを横目で眺めていたスーパーアニマルたち。やっぱり子供なんだなぁ……と、思わず声に漏れそうだったが、それだけは口が裂けても言えない彼らであった。

 名残惜しくも、都長の屋敷に背を向けて去っていくシルクたち一行。

 その時、背後に忍び寄る不穏な影が存在したことなど、今の彼女たちは気付くことはなかった。



 一方その頃、ここは歓喜の都とは正反対の、賑やかな喧噪を失った静寂なる世界、”地下街”――。

 荒野のような地下街のとある一角、周囲の景色の中で一際目立つ大きな館では、都の騒がしさに負けんばかりの、威勢のいい叫び声が鳴り響いていた。

 館内の応接室に集結している兵士たち。そして、彼らの目線の先にいるのは、かつて都を守護する軍曹だった地下街王。

 生温かいぬるま湯に浸かる都を制圧し、この地下街だけではなく、歓喜の都のすべての実権をその手にしようとする地下街王は、革命という名の蜂起のために、意思疎通を図る決起集会を開いていた。

「今こそ、我が軍勢が立ち上がり、快楽なんぞに溺れる不埒な者を叩き潰す時だ!」

「オーッ!」

「我が軍勢が都を指揮し、魔族の軍勢にも脅かされない鉄壁の城塞を築き上げるのだ!」

「オーッ!」

 十数人ほどしか入れないこの応接室で、シュプレヒコールのような多勢の喚声がこだまする。

 この叫びが繰り返されるたびに、その声が大きくなるごとに、地下街王の鼓動は騒がしくなり、野心と呼ぶに相応しい躍動感がみなぎっていく。

 伸び切った無精ひげを弄び、大将気取りで肘掛け椅子に鎮座する地下街王。

 彼は何かを待つように押し黙り、ギラギラとした目をそっと瞑る。

 絶対的権力を持つ王の勅命を待っているのか、兵士たちも一様に閉口し、姿勢を崩すことなく整列したままだ。

(地下にこもって、早数年。いよいよ、このワシが都の希望のために、皆の未来のために立ち上がる時が来た)

 地下街王は騒がしい心の中で、そんな独り言を漏らした。

 話し声の消えた静かな室内だけに、自分自身の激しい鼓動が耳に伝わるほどだった。

 興奮に色めき立つ彼の鼓動をより激しくさせたのは、彼の配下と言うべき兵士の報せを告げる声であった。

「地下街王、ただいま戻ってまいりました!」

 うむ、報告せよ。閉ざされていた鋭い眼光を見開く地下街王。

 息せき切って駆けつけてくる兵士は、椅子の肘掛けで頬杖をつく彼のもとへ滑り込んだ。

「都の方でも、警察組織が慌ただしくなっているようです。どうやら、こちらの奇襲をある程度想定してのものかと思われます!」

「そうか……。都長のヤツも、とうとう重たい腰を上げたようだな」

 宿敵である都長もついに動き出した、だが案ずることはない。地下街王は同志である兵士たちの闘争心を萎えさせまいとする。

 迎撃してくるであろう警察組織、その総数は革命軍よりはるかに少ない。軍事力も統制力も、さらに戦術における知力すらも勝っていることが、地下街王が勝利を確信できるただ一つの理由なのだ。

「地下街王、これで繁華街地区の偵察をしている班が帰還すれば、出陣の号令発布も可能かと」

「うむ、そういうことだな……」

 兵士の囁きかける声を、鼓膜でしっかり受け止めた地下街王。ところが、なぜか彼の声のトーンが若干低くなった。

 その様子が気になってしまったのか、兵士から気遣われた彼は、気に留めることではないと、頬を緩ませながら高らかに笑った。

「もうすぐだ。我が革命軍が日の目を浴びる時がもうすぐやってくる。皆の者、その時まで英気を養うがよい!」

 地下街王の掛け声一つで、革命軍の団結が一つとなった。兵士たちの誰もが彼を信じ、彼の命令に従う決死の覚悟を決めた瞬間であった。

 意気揚々と応接室を後にする兵士たち。そして、応接室を出ていく最後の兵士に向かって、地下街王は一つの指示を下した。

「すまんが、神父をここへ呼んでくれ。勝利ある決戦を前に、武運を祈りたいからな」

「はっ、かしこまりました!」

 水を打ったように静まり返る室内。その静けさの中で、地下街王は腰を据えたまま物思わしげに目を閉じる。

(……仕方がないのだ。我らは所詮、戦わねばならぬ宿命なのだ)



 革命に沸き立つ地下街の真上、ここは歓喜に沸き立つ都のとあるエリア。

 都長と会うことは叶ったシルクだが、結局、地下街へ行く方法までは入手できなかった。

 屋敷を強引に追い出されてしまった彼女たち、作戦会議を開催すべくその向かう先とは、先ほど休憩で訪れた小高い丘にある野原であった。

「こうしているうちにも、地下街王はこの都を攻め込まんとしている。どうしたらいいのかしら」

「入口が一つだったら、そこをブロックすればよいのですが、一つではないとなると防ぎようがありません」

 シルクとクレオートの顔色は落胆の色に染まっている。

 事を進めたくても、どうにもできない歯がゆさで、心の中が焦慮に埋め尽くされてしまいそうだ。

 しかし、じたばたしていたところで、この事態を打破できるものでもない。そう心に思う彼女たちは、野原にいったん戻って気持ちを落ち着かせることにした。

 その距離五メートルほどだろうか。そんな彼女たちの後ろ姿を目で追う、数人の怪しい影の姿があった。

 気配を押し殺し、気付かれないような忍び足で、彼女たちの後を付かず離れず付け狙うその影たち。

「あの野原って、こっちの方角だったよね」

 シルクたちは道に迷うことなく、街路の角にある煉瓦造りの建物を左側に折れていく。

 彼女たちに気付かれまいとする影たちも、慎重にかつ足早に歩を進めていく。そして、様子を窺うべく、建物の壁にぴったりと張り付いた。

 その中の一人の男性が息を潜めて、壁の淵から恐る恐る顔を覗かせると――。

 そこには何と、太陽の光で眩しく輝く、名剣スウォード・パールの剣先が待っていた。

「――!」

「あたしたちに、何か御用かしら?」

 さすがは百戦錬磨の強者。強敵とも言える魔族を粉砕してきたシルクが、人間が醸し出す不穏な気配を察知できないはずはなかった。

 名剣の切っ先を突き出したまま、クスリと余裕の笑みを浮かべる彼女、目的はいったい何?と、動揺を隠し切れない男性にじりじりと詰め寄っていく。

 後ずさりしていく男性の風貌を目の当りにし、彼女はたった一つの結論に辿り着いた。

「あなたの正体は自警団のようね。ということは、都長さんの命令なのね?」

 太陽の紋章を象ったバッジを胸に付けた、緩みのない制服を着衣したその男性。

 もう逃れられないと覚悟を決めたのか、彼の号令のもと、隠れていた自警団の面々が突如と姿を現し、シルクたちを一斉に取り囲んでいった。

 おとなしくするんだ! 自警団は腰元から警棒を取り出して、彼女たちに抵抗しないよう自制を促した。どうやら彼らの目的は、地下街のことを嗅ぎまわる部外者を拘束することだったようだ。

 こんなところで捕まるわけにはいかない。シルクにクレオート、そして、ワンコーにクックルーも警戒を強めて、それぞれが武具を手にしながら身構えた。

 鬼気迫る緊張感の中、口を閉ざしたまま対峙する冒険者と自警団。一歩も引けを取らない両者の激しい睨み合いが続いた。

「待って。あたしたちは、人間同士が戦うことなんて望んではいない。話し合いで解決しましょう」

 話し合いなど皆無。それこそが、偉大なる都長に絶対的服従を誓う自警団の信念なのだ。

「おまえたちに罪はないが、しばらくの期間、我ら自警団の監視下に置かれてもらう。無駄な抵抗などしないことだ」

「そうやって、あたしたちを足止めさせて、いったい何を始めようとしているの? どうしてそこまで、あたしたちと地下街王の接触を拒もうとしているの?」

 何を聞かされても、何を求められても、自警団の面々は誰一人応じようとはしない。

 必要なこと以外は口外してはいけないのだろうか、馬耳東風を貫き通す彼らは、邪魔者を排除するという職務を遂行するだけであった。

 明るさも穏やかさもない、まるでプログラミングされたロボットのように感情を示さず、じわりじわりとシルクたちとの距離を詰めていく。

 名剣の剣先こそ輝かせていた彼女だったが、無論、それを振りかざすつもりなど毛頭なかった。

 しかし、交渉がまったく通じないロボットが相手では、抵抗しないままじっとしてもいられない。彼女は致し方なく、名剣の柄を握る両手にグッと力を込めた。

「クレオート、こうなったらやむを得ないわ。打撃技で気絶させましょう」

「了解しました。ここは、わたしにお任せください」

 クレオートは大剣ストーム・ブレードを鞘から抜き取った。

 スケールの大きい剣を目の当りにした自警団も、この時ばかりは表情に焦りの色が滲んだ。

 兜の下から見える目を凛々しくし、大剣を軽々しく振り上げるクレオート。赤き鎧を纏った剣士の凄まじい威圧感で、自警団の誰もがその足を止めてしまう。

「さあ、受けて立とう。我々を拘束したければ、このわたしを倒してみるがいい」

 自警団は一瞬だけ怯むも、恐怖心も気迷いすらも見せず、猪突猛進の勢いで赤き剣士に牙を剥く。尊大なる都の支配者に背けぬ宿命を背負ったまま。

 迫りくる数人の男たちに立ち向かうクレオートは、その名の通り、ストーム・ブレードを振り回して竜巻のような嵐を呼び起こす。

 うねりを伴った嵐は大地の砂煙を巻き込みながら、自警団たちをことごとく飲み込んでいった。

 建物の外壁に叩き付けられる者、大木の幹に打ち付けられる者、そして、宙を舞った挙句、地面に突き落とされてしまう者。自警団の面々は息をつく間もないまま、クレオートの一撃により玉砕されてしまった。

 痛撃のショックでのた打ち回る男性たちだったが、その中で一人だけ、這いつくばりながらも、この場から逃走を図ろうとする者がいた。

「待ちなさい!」

 地を這う自警団の男性の正面に、シルクが腕組みしながら毅然と立ちはだかる。

 いつしか彼は、クレオートやスーパーアニマルたちにも周囲を取り囲まれてしまっていた。

 どこにも逃げる術を失い、自警団は悔しそうに拳を握り締める。歪んでいるその顔は焦りの汗でびっしょりだ。

「あたしたちはどうしても地下街へ行くわ。お願い、その方法を教えて」

 都長に口止めされているのか、はたまた、ただ知らないだけなのか、自警団の男性は一切口を割ろうとはしない。その揺るがない強硬姿勢は、どんな尋問や拷問にも耐えうる様相すら漂わせるほどだ。

 それでも、シルクはここで諦めるわけにはいかない。一歩も引かない彼女にも、都で暮らす人々を救いたいという使命感が根付いているのだ。

「あなたは、都長を防衛する自警団の一人だけど、この都を防衛する自警団の一人でもあるわ」

 シルクは眉を吊り上げて、声を張り上げながら力説する。

 この都がこれからも平穏であるためには、都長や地下街王の対立を取り払い、つまらない考え方で人間同士が血を流し合ってはいけない。それを食い止める役割こそ、都の防衛を担う自警団の務めなのではないか、と。

 都長の政策方針に雁字搦めになっている自警団。そんな彼らも、この都の住民であり人間でもある。意味のない交戦を望んでいるはずはないのだ。

 だからといって、彼らに反逆する意思を持つことは絶対に許されない。しかし、一人の人間として、人道的な考え方ぐらいは持てるはずだ。

 ここだけの話にしてほしい……。自警団の男性から囁くような小声が漏れた。

 彼女の熱意ある説得に目から鱗が落ちたのだろうか、彼の鉄壁なまでに閉ざしていた心が、今まさに氷解した瞬間であった。

「地下街へ行くには、通行証が必要だ。それがないと、入場口の兵士たちからスパイと判断されて、処罰されてしまうだろう」

 風雲急を告げる地下街に辿り着くには、兵士の厳重なる入場チェックを潜り抜けなればならないのだという。ただでさえ、革命騒ぎに沸き立つ時期だけに、誰もが皆、神経を尖らせているのも無理はない。

 さて、通行証の存在は知ることができた。だが、それをどうやって入手したらよいのだろうか?

 セキュリティー強固な入場パスがそこらへんに落ちているわけもなく、無論、敵対している自警団の男性にも、その在り処などわかるはずもなかった。

「これは、あくまでも噂程度で聞いた話なんだが……」

 辺りに注意を払いつつ、さらに声を潜める自警団の男性。何やら、手掛かりだけは掴んでいたようだ。

「この都の繁華街に、カジノが楽しめるギャンブル場があるんだ。どうも、そのギャンブルの賞品の中に、地下街の通行証があるって噂だ」

 どうしてギャンブル場のような公共の場に通行証が?と、耳を疑ってしまうところだが、これも噂でしかなく、地下街で暮らしていた者が快楽に溺れてしまい、身ぐるみを剥がされた顛末だろうということだ。

 シルクにとって、噂だろうが何だろうが関係ない。進むべき道に繋がるきっかけなら、それが小さな手掛かりでも大きな収穫と言えなくもなかった。

 繁華街にあるギャンブル場――。彼女はパーティーの仲間たちとともに、さらなる収穫を求めて、次なる目的地を目指す決意をあらわにした。

「話してくれてどうもありがとう。あなたにも、人を想う優しい心があって安心したわ」

 シルクが心から謝意を伝えるも、自警団の男性は複雑そうな顔のまま項垂れてしまった。彼の心情は定かではないが、絶対的服従に背いた後悔の念に囚われていたのかも知れない。

「……この街に住まう者は皆、戦いなんぞ望んではいない。都長にだって、人を想う気持ちはある!」

 それは指揮官のことを庇う気持ちの表れだったのか? 自警団の男性は小刻みに震えて、口惜しそうに唇を噛み締めていた。

 ここでの話は誰にも口外せず秘め事にする、シルクはそう頑なに誓った。それこそが、助言をくれた彼に対するせめてもの配慮であった。

 作戦会議の予定をキャンセルし、静かな野原とは真逆の方角へ針路を変える彼女たち。そう、その向かうべき先こそ、まだ未踏の地でもある賑やかな繁華街の一角だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る