第一章 パール城~ 運命という名の旅立ち(4)

「う、う~ん……」

 石畳のような地べたに倒れる少女は、その冷たさでようやく意識を取り戻した。

 そっと開いた瞳に映ったもの、それは、見たことも感じたこともない不思議な世界だった。

 ここはあかずの間ではない――。それだけは、まだ頭の中がはっきりしていない彼女にもすぐにわかった。

「ここはどこ? あたし、どうしてこんなところに?」

 外壁にぶら下がる松明のかすかな明かりを頼りに、シルクはゆっくりとその場に起き上がる。

 冷え切った壁に手を宛がい、彼女は薄らぐ意識のまますり足で先へと進んでみる。

「キャ!?」

 シルクはいきなり、足元に転がる生暖かい物体の感触を覚えた。

 慌てて足元に目を向けると、そこには何と、あかずの間から忽然と姿を消したはずの、お供のワンコーが横たわっていた。

「ワ、ワンコー!」

 地べたに伏せるワンコーのそばに寄り添うシルク。泣き叫びながら、必死になって彼の全身を揺さぶった。

 献身的な介抱もあり、その数秒後、彼は呻き声を上げながら意識を取り戻した。

「あ、ひ、姫……」

「ワンコー、よかったわ! 生きていてくれたのね」

「オ、オイラ。どうしちゃったんだワン?」

 シルクの手を借りて、ワンコーはその身を起こした。

「……あたしにもわからないわ。ねぇ、周りを見てみて」

 シルクの視線を追うように、ワンコーもこの不思議な空間を見渡した。

 網目状の石畳で埋め尽くされた、殺伐としている広い区画。

 暗闇に包まれているものの、あちこちに点在している小さな松明が、この空間の全貌をおぼろげながらも映し出していた。

 暖かくて湿っぽかった先ほどとは違い、身を切るような冷気が辺りを漂っている。その冷たさは、緊張で汗ばんでいたシルクの火照りを一瞬で冷ましてしまうほどだ。

 初めて目にするこの世界を前にして、シルクたちは息を呑んで唖然としている。

「ど、どこだワン、ここ? オイラたち、あかずの間にいたはずだワン」

「あたしもね、気が付いたらここにいたの。あたしのおぼろげな記憶なんだけど、宙を浮いていたみたいな感覚が残ってるのよ」

 あかずの間は損傷が激しかったため、床の至るところに大小さまざまな穴が開いていた。

 もしかすると、何かの拍子に足を踏み外した自分たちは、その穴の中に落ちてしまい、ここへ辿り着いたのではないか?

 シルクがそう推測すると、ワンコーも思い起こしながら納得したような顔をした。

 それならそれで困った問題が発生する。下のフロアへ落ちてしまった以上、お城の上層に帰るためには、上のフロアへ上る必要がある。

「どうやってここから脱出するんだワン? 見たところ、上るための梯子や階段は見当たらないワン」

 ワンコーは腕組みしながら困惑めいた表情を見せる。もちろん、それはシルクも同様だった。

「そうだよね。とりあえず、先へ進んでみましょう。この先に階段があるかも知れないし」

「了解だワン。ここにいても途方に暮れるだけだワン」

 シルクとワンコーはだだっ広い空間の中をゆっくりと歩き始めた。

 手足に纏わりつくような冷気が、彼女たちの体温をじわりじわりと奪っていく。

 歩いても歩いても変化の起きない殺風景に、彼女たちの不安感がますます煽られていった。

 それでも彼女たちは休むことなく、松明のかすかな明かりに導かれて前進するのみだ。

「あまりに広すぎて、進んでいるのか戻っているのかわからないワン」

「うん。もしかして、迷っちゃったのかなぁ」

 一向に進んでいる気配のないこの状態に落胆し、歩く足を緩めて逡巡としてしまうシルクたち。

 その刹那、ワンコーの垂れた両耳がピクリと動いた。

 得体の知れない何かをキャッチした彼は、暗がりに包まれた周囲に神経を尖らせる。

 警戒している彼を不審に思い、シルクが小さな声で問いかける。

「どうかしたの、ワンコー?」

「何かいるワン」

 ワンコーがそう囁いた瞬間、彼女たちの頭上から、その何かが奇襲をかけてきた。

「!」

『キキィィィ』

 滑空してきた黒い影を、瞬時に身を屈めてかわしたシルクたち。

 金切り声を発してきたその怪しき影は、真っ暗闇に紛れていたコウモリの群れだった。

 驚くべきことに、シルクたちの想像をはるかに超える体格を誇っているコウモリたち。その大きさと身のこなし、どうやら、ただのコウモリではなさそうだ。

「あんな大きなコウモリ、初めて見たわ……」

「オ、オイラもだワン……」

 シルクとワンコーは頭上を見上げたまま、襲い掛かってきた敵の存在に唖然とする。

 巨大コウモリたちは緑色の眼を光らせて、第二の攻撃を仕掛けてくる。

「姫、どうするワン!?」

「どうするって。こうなったら退治するしかないでしょ!」

 シルクは立ち上がりざま、王家継承の名剣を鞘から抜いた。

 スウォード・パールはこの暗闇の中でも、伝世されてきた存在感を示さんばかりに美しく輝き出す。

 襲い掛かる無数のコウモリたちを、一太刀、また一太刀と、彼女は華麗な身のこなしで切り裂く。

 抜群の切れ味、そして両手に馴染む感触が、彼女を超一流の剣闘士に成長させてくれた。

『キキッ』

 シルクを取り囲むように、巨大コウモリたちの亡骸が散らばった。

 彼女の巧みなまでの剣捌きに、ワンコーは絶賛の拍手を送っていた。

「ワンコー、拍手はいいから早く行きましょう。仲間が現れたら大変なことになるわ」

「ワン!」

 シルクたちは猛ダッシュで、床に散乱した黒い躯のそばから走り去っていく。

 しかし……。彼女たちの向かう先にあるものは、青白い石畳に覆われた広い空間しかない。

 走り続けている彼女たちの顔に、肉体的な疲労だけではなく、精神的な疲労までもが浮かび上がっていた。

 それでも、どんなに苦痛を感じようとも、見えない出口を暗中模索しながら疾走するしかないのだ。

「あっ!」

 何かを発見したのか、ワンコーが突然大声を上げた。

 急停止した彼に驚き、シルクは思わず前のめりになって転びそうになった。

「ど、どうしたの?」

「見てください、姫! あそこに階段があるワン」

「本当に? どこどこ?」

 キョロキョロと顔を左右に振るシルクに、ワンコーはある一方向を指し示した。

 彼の指先の方角へまじまじと視点を合わせてみる彼女。――ところが。

「階段は階段だけど、あれ、下りる階段じゃない! あたしたち、地上に上がらなきゃいけないのよ」

 眉根を寄せて嘆くシルクの言うことは尤もで、彼女たちが目指す先は地上への道のりであって、今よりも地下のフロアは御免こうむりたいところのはず。

 とはいっても、この空間を走り続けていても進歩がなく、徒労に終わってしまう可能性が高い。それならば、行けるところまで行ってみるのも一理あるのではないか?

 ワンコーからそんな風に諭されても、シルクは内心不安と緊張でいっぱいだった。

「そうかも知れないけど……。だけど、もっとぬかるみにはまったら困るじゃない?」

 いつまでも煮え切れないご主人様に痺れを切らし、ワンコーは勇敢にも、たった一人でその階段を下りていく決心を固めた。

「オイラは行くワン。姫は姫で、上への階段を探せばいいワン」

「あ! ちょっと待ちなさい。ご主人を置いていくなんてひどいわ」

 もう独りぼっちになるのはたくさん。心細さに半泣きしてしまったシルクは、勇ましい愛犬の揺れる尻尾を追いかけていった。


 ワンコーとシルクが恐る恐る降り立った、さらなる地下の新しい空間。

 そこも上の階と同じように、青白い色をした石製の壁と床だけが支配する静寂な世界だった。

 ただし少しだけ違う点があった。

 それは、薄明かりの中に浮かんでいる扉、そして、不気味なほどに禍々しい気配と息遣い。

 この先には何かが潜んでいる。鼻の利くワンコーも、感覚が人一倍鋭いシルクもそう感じずにはいられなかった。

「見てみて。あの先に大きな扉があるよ。きっと何かあるわ」

「オイラもそう思うワン」

 禍々しい雰囲気が漂っている中、シルクたちは静かに歩き出す。

 いつ、どんな時に物の怪が出現するかわからない。彼女は神経を研ぎ澄まし、剣の柄に右手を置いたままだ。

 大きな扉に一歩一歩近づいていく彼女たち。その距離、あと数メートルというところまでやってきた。

「――!」

 シルクとワンコーはビクッと全身を硬直させた。

 彼女たちの視界の中に、しゃれこうべをもたげた骸骨らしき銅像が飛び込んできた。それはまるで門番のごとく、この先にある扉を堅守しているように見えなくもない。

 二体ある骸骨の銅像は扉の両脇で向かい合って立ち、来訪者のことを沈黙したまま待ち構えていた。

「すごいわ。これ、今にも動き出しそうだよ」

「本当だワン」

 二体の銅像を交互に見上げるシルクとワンコー。

 さすがに煤けてはいるものの、その銅像はやけに色艶や質感が良く、近くに寄れば寄るほど、生きているような躍動を感じさせてくる。

 彼女が思わず口から漏らした通り、骸骨たちは今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出していた。

 その直後、それが現実のこととなる……。

「わっ、姫! 銅像の目がぁ」

 骸骨の銅像の窪んだ眼が、光を放ちながら今ここに開眼した。

 二体の骸骨は軋む音を響かせて動き出し、シルクたちの目の前に悠然と立ちはだかった。

 ワンコーは腰を抜かすほど驚いた。

 シルクは慄きつつも、条件反射とばかりにスウォード・パールを翻した。

 立ちはだかる二体の骸骨は、彼女たちに言い伝えるように静かに口を開く。

『我らは鬼門を守る者。鬼門の先にあるもの、闇魔界の入口となり……』

『汝たりともここから先は通せん。行きたくば、我らを倒してから行け……』

 まるで機械がしゃべっているようなその口調。さらに、読解することができない意味不明な言葉。

 シルクたちは開いた口が塞がらず、ただ動揺するばかりだ。

「キモン? ヤミマカイ? 何なんだワン?」

 ワンコーが混乱のあまり右往左往している中、シルクの頭の中には、ある憶測がぼんやりと浮かんでいた。

(ここへ来たことも、この骸骨も、お父様が仕組んだ悪戯だとしたら? これがあたしたちに与えられた試練だとしたら……?)

 そんな思惑を頭に描いたシルクは、まだ怯えているワンコーの耳元で囁いた。

 この世に摩訶不思議なことなど存在しない。暗闇の空間も、骸骨たちも皆、人工的に創り上げられたまやかしなのだ、と。

 それを耳打ちされた彼は、みるみる冷静さを取り戻していく。それだけではなく、目の前の敵に闘志をみなぎらせる変貌ぶりであった。

「それじゃあきっと、あの先が出口なんだワン!」

「うん、きっとそうだよ。あの扉の先が地上に繋がっているんだわ!」

 シルクとワンコーの答えはここで一致した。

 そう。彼女たちは、目の前にいるまやかしに打ち勝つ決意をあらわにしたのだ。

「そういうことなら、徹底的に試させてもらうわ。あたしの剣術をね」

「やい、デクノボー! オイラの潜在能力をとくと見せてやるワン」

 いざ戦闘態勢を整えて、奇怪な骸骨たちに立ち向かうシルクとワンコー。

 一方の骸骨たちは微動だにせず、士気を高める彼女たちの前に敢然と立ち塞がる。

『ならば、我らを倒してみるがよい……』

 ”闇魔界”なる地への入口となる”鬼門”。それを死守すべく門番を担う不気味な骸骨たち。

 そのうちの一体が、腰に従えていた剣を抜き取るなり、シルクたち目掛けて襲い掛かってきた。

 剣を持つ骸骨の大振りな一撃を、シルクとワンコーはさらりと素早く回避した。

「次はあたしの番よ!」

 シルクは両手で握り締めた名剣を光らせて、気合いとともに一気に振り切った。

 スウォード・パールが織り成す閃光は、剣を持つ骸骨の胸骨を確実に捉えていた。

『グゥゥ……』

 呻くような声を漏らして、石畳の床の上に骨でできた膝をつく骸骨。

 これがとどめと言わんばかりに、一刀両断の構えのまま、華麗に空中へと舞い上がったシルク。

 勝負あった――! そう思われた瞬間、もう一方の骸骨の手から鋭利な疾風が飛んできた。

「キャア!?」

 刃のようなその疾風が、宙を舞っていたシルクの胸元を掠めた。

 バランスを失ってしまった彼女は、冷たい地べたへと叩き落とされてしまった。

 苦悶の表情を浮かべる彼女のともに、ワンコーが大慌てで駆けつけてくる。

「姫、大丈夫かワン!?」

「ええ、大丈夫よ」

 何が起こったのか判然としないシルクに、ワンコーが声を潜めながら物知りぶりを発揮する。

「用心した方がいいワン。あの骸骨の手から出た疾風は、真空破だワン!」

「シンクウハ? 何それ?」

「真空破は、相違して交わる風が生み出す”かまいたち”に威力を付けた風殺魔法だワン」

「うそ! あの骸骨たち、魔法が使えるというの?」

 茫然自失となるシルクを嘲笑うように、骸骨たちの閉じることのない口から失笑が漏れていた。

 剣を持つ骸骨は傷を負いつつも、門番の勅命を果たすが故に、ギミックな動作で起き上がっていった。

 彼女も負けじと、ワンコーの手を借りて、せせら笑う骸骨たちの前に勇猛果敢に立ち上がる。

 ワンコーも護衛役として、ご主人様であるシルクを補助しようと、身構える彼女の背後に陣取った。

 今まさに、敵と対決すべくシルクたちの、試練となる第二ラウンドのゴングが打ち鳴らされる。


 骸骨が剣を高々と持ち上げると、もう一方の骸骨が、魔法を解き放とうと右手を突き出してくる。

 二体同時に攻撃されたらたまったものではない。シルクは一歩後退し、冷静なままに敵の出方を窺う。

 冷たい空気を引き裂くような疾風。右手を突き出した骸骨は、かまいたちを起こす真空破を仕掛けてきた。

「そんな魔法、もう食らいはしないわよ!」

 シルクはそう叫びながら、迫りくる真空破の一撃を瞬時にかわした。

 ワンコーも壁にへばりついて、刃物のような疾風を何とか避けていた。

 骸骨の手から繰り返し放たれる魔法を、彼女は武闘着を切り刻まれながらも、天性なる素早い立ち振る舞いで次々とかわしていく。

 敵の次なる攻撃は、鈍色に光る剣を振り下ろしてくる骸骨の一撃だ。

「姫、気を付けるワン!」

 ワンコーの警告を発する声に弾かれて、シルクは咄嗟に反応する。

 それはとてつもない破壊力だった。振り下ろされた剣先が、大きな地響きを上げて、石製の床を突き刺しながらめり込んでいた。

 しかし、その威力が骸骨にとって仇となってしまった。

 地面に叩きつけられた剣の隙を突き、彼女はいとも容易く、骸骨の大きな懐に入り込んでいたのだ。

 スウォード・パールを握り締めて、ニヤリと微笑んだ彼女。気合いの声を張り上げて、骸骨に渾身の一太刀を浴びせる。

『グァァァ……』

 シルクの冴え渡る一撃により、剣を持つ骸骨の大きな全身が崩れ落ちていく。そして、機能が停止したかのように、窪んだ眼から光を失った。

 勝利を手にした彼女に、まだ安堵して喜んでいる余裕などない。

 もう一体残っている骸骨が、憤怒したかのごとく眼を真っ赤に光らせて、彼女目掛けて魔法攻撃を繰り出そうとしてきた。

「そうはさせないワン!」

 それを見るなり、勢いよく走り出したワンコー。

 骸骨が真空破を放つよりも早く、彼は白骨化した足の根本に思い切り噛み付いた。

 突き出した右手がわずかに緩み、小さい呻き声を漏らした骸骨。こんな物の怪でも、痛みという神経がある証拠でもあった。

 このワンコーの勇敢な行動こそ、シルクにとって絶好のチャンスを告げるものだった。

「ありがとう、ワンコー! あなたの努力、無駄にしないわ」

 つま先で床を蹴り出したシルクは、眩しく輝くスウォード・パールの剣先を振り抜いた。

『ムゥゥ!』

 致命傷こそ与えぬものの、一文字を描いた名剣の太刀筋は、骸骨のあばら骨を掠めるように切り裂いた。

 その痛撃に数歩後ずさりした骸骨。それでもなお、不気味な赤い眼は光を失ってはいない。

 シルクは片膝をついて肩で息をしていた。ここまでの戦闘による体力の消耗、彼女の表情に疲労感が滲み出ている。

 それでも勇敢にも立ち上がった。これが王国王女として認知されるための、耳に輝くイヤリングを継承する者の試練なのだと、彼女は挫けそうな心を奮い立たせる。

 こんな時こそ、お姫様のサポート役を担うワンコーの出番である。

「姫、体を軽くしてあげるワン!」

 ワンコーは祈るようなポーズで、ご自慢の回復魔法を解き放った。

 真っ白な眩い光に包まれていくシルク。無数の光の粒子が弾けると、彼女の体力がみるみる回復し、彼女の傷口までもがみるみる完治していった。

「ワンコー、助かったわ。あとはあたしに任せて」

 みなぎる活力をもらったシルクは、より軽やかに、よりスピーディーに、戦意を失いつつある敵に向かって疾走する。

 彼女は類稀なる身軽さを生かして、骸骨の頭上目掛けて高々とジャンプすると、スウォード・パールを握り締めた両手に大きな力を込める。

「あたしの必殺技を食らいなさーい!」

 シルクの研ぎ澄まされた一撃は、骸骨の骨のすべてを一刀両断に断ち切った。

 骸骨は小刻みに震えながら、その大きな身を冷え切った床の上へと落としていった。怒りに満ちた赤い眼光も、息が途絶えていくように点滅している。

 ”鬼門”を守る役目を果たせなかった骸骨は、生命機能を失うまでの、そのわずかに残された時間に、口をカタカタとぶつけて途切れそうな声を漏らす。

『鬼門を越えたくば……先へ進むがよい……。汝らに……待っているのは……闇魔界という地獄だ……。もう帰ることもできない……。それでもよいなら……鬼門の扉を越えていくがよい……』

 そんな言葉だけ言い残すと、骸骨は静かに息絶えて、銅像のように動かなくなった。

 シルクとワンコーには、そんな意味深な忠告など聞く耳持たずだった。彼女たちは勝利という栄誉に、ただ喜びを爆発させていた。

「さすがは姫、見事な剣術だったワン」

「これもすべては修行の成果だけど、それよりも、この王家伝承の名剣の使いやすさは素晴らしいわ」

 薄暗い空間の中でも、異彩を放つほどに光り輝くスウォード・パール。

 作り仕掛けの禍々しき敵をねじ伏せたその煌めきに、シルクはすっかり魅了されてしまっていた。

 神の祭壇に捧げられるはずだったこの名剣、今となっては、彼女の手元にあることが、この剣の宿命なのではないかとも感じさせた。

 スウォード・パールを鞘に仕舞い込んだ彼女は、暗がりにぼんやりと浮かび上がる大きな扉を見据えた。

「さあ、あの扉を開いて、お父様たちのところに帰らなきゃ」

「早く行こうワン。やっとオイラたち、お城へと戻れるんだワン」

 いよいよシルクたちは、”闇魔界”へ通じるという”鬼門”の前に立つ。

 無論、そんな摩訶不思議な、夢とも現実とも思えないきな臭い話など、当然信じようとはしない彼女たち。

 この扉の先にあるもの、それは太陽がさんさんと降り注ぎ、明るく照らされた住み慣れたお城なのだ。彼女たちはそう信じながら、固く閉ざされていた扉をこじ開けた。

 扉の向こうから漏れる眩しい輝きが彼女たちを包み込む。

 ついに”鬼門”が開け放たれてしまった。

 そこは、入ってしまったら二度と戻ることができない地獄への入口――。

 そんな悲劇の舞台へ導かれたことを、この時のシルクとワンコーはまだ知る由もなかった。

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