梅田にて

古新野 ま~ち

第1話 豪雨

灼熱ならどれほどよかったか。亜熱帯然として、つまり商談に失敗した私を蒸し殺そうという天の思し召しのような気がしてくるから耐えられない。私たちはセブンイレブンで慌てて傘を買った。ゲリラ豪雨というが、これはスコールと呼ぶべきではないだろうか。


「JRでしたよね、大変でしょう」

「ええまぁ。芦田さんはここからバスでしたっけ」


そうです。と既にぐしょぐしょの芦田さんはパンツからのぞく足首が悲惨なほどである。パンプスでさっきまでの水溜まりを歩くことになるとは、なんとも可哀想としか言えない。寒そうだ。


だがあの女、どうも、私の邪魔をしに来たとしか思えない。書類にお茶をこぼす、先方にみせた内容と違う譲歩ギリギリの見積り額を漏らしてしまう。


何より、彼女の何かが気にさわったのか、相手の幼稚さを刺激したらしい。なかば強引に私たちとの話を打ち切りたがるから頭を下げた。芦田さんはそれを見ているだけだった。どっぷりと濡れて帰って風邪を引いてしまえばいい。


服部天神駅まであと数分歩けばよいだけだが、道が混雑しているのは、商店街の狭い道は通勤通学の人々で溢れている。いつもならガラスが鳴いているのに、どこに逃げたのやら。


そろそろバスが来るのでと、何度も頭を下げる芦田さんを見送り、依然として猛威をたもつ雨空を呆れて見上げた。


自分も覚悟を決めて外に出た途端に、雷鳴も響きはじめた。稲妻がみえるとすぐに銅鑼を叩いたような音がした。なるほど雷神と太鼓の関係は、案外分かりやすいものだったのだなと急に得心した。


服部天神駅には普通車両しか止まらない。21分の電車を逃したから次は10分後である。ホームの屋根を叩きつける雨粒の音、時折の雷鳴、通過していく急行。


放置しすぎた髪の長さはすでに煩わしさを越えて、仕事中に引きちぎってやろうかと苛立つ域に達していた。襟足からじとりと垂れる汗と混じり温くなった雨水がうなじのニキビに当たった。ひりつくだけなら良いが確実にばっちい。触るのが躊躇われるほど大きく膨らんでいるのだ。


ようやくやってきた普通車両の扉が開くと、むわんと音がするような熱気であった。誰も彼もが濡らした大阪の豪雨は、誰も彼もを幸せにしていない。


実家のあるところでは、これだけ雨が降れば蝸牛がどこからともなくあらわれて建物の壁に引っ付いていそうなものだが、整地されすぎて燦々としたときに身を隠すところが無いから生きていけないのかもしれない。私は大きなくしゃみをした。車内は熱気で満ちていたが、どうやら冷房を強めにかけているらしい。じっとりと濡れたカッターシャツが冷たくなっていく。隣に座っている男がさっきから隣の車両の方に視線を向けている。何があるのかとみれば、ブラウスの女子高生たちである。遠目にでも肌色が浮かび上がっているのが分かる。


玉のような雨滴をみるに、まだ雨が酷いのだろう。分厚い雲が大阪のビル群を押し潰してしまいそうだ。光は一筋もみえない。


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