第5話 本の危険性
独特な香りのするお茶を人数分用意すると、エルフは席に着く剛士達の前にそれを並べた。礼を言って早速口に含んだ途端強烈な刺激を受け、思わず隣に座るグエンを仰ぐ――が、彼は剛士と違って平気な顔で飲んでいる。そんな状況で自分だけ中身を吐き出すわけにもいかず、剛士は涙を滲ませながら口の中の液体を一気に飲み干した。
(ゴーヤと栄養ドリンクを混ぜて温めたみたいな味だったな。よくこんな不味いもん飲めるな)
「じゃあ名乗らせてもらうわね。私の名前はリエス。それで、剛士さんは狩人に興味があるの?」
剛士の浮かべる苦悶の表情など気にもしないで、リエスは問いかける。興味も何も端から狩人になどなる気はなく、エルフ見たさでここまでやって来た剛士だ。どうやって断ろうか頭を悩ませている間に、何となく気持ちを察したリエスが冷たく言い放つ。
「……どうやら欠片も興味が無いみたいね。グエン、なんでこんな人連れてきたの?」
刈り上げエルフに凄まれた剛士はビビって声も出せない。下手なことを言うと頭からかじられそうな外見だというのもあるが、予想の斜め上をいくエルフの容姿に彼は心底ガッカリしていたのだ。
「いやその……俺も一人だと辛くてな。手伝いが増えるなら助かるんだが……」
「だからってやる気のない人連れてきてもしょうがないじゃない。何を考えてるんだか……」
あきれ混じりで嘆息するリエス。剛士の事を冷たい目で見ていた彼女だったが、彼が手に持つ本の存在に目をとめると、興味深そうに観察し始めた。
「ねえあなた。その手に持っている本は何? 何が書いてあるの?」
「え? いや、これは俺が書いた――」
「いいからちょっと見せてみなさいよ」
ひったくるように剛士の手から本を奪い取ったリエスは、そのままパラパラとページをめくる。最初こそ興味深そうに見ていたリエスの表情が、ページをめくるにつれ次第に驚愕の表情へと変化していった。
「な、何これ!? 見た事も聞いた事もないような道具の絵が沢山描いてある! これは何なの!? あなたが考えたの!?」
剛士の持つ本にはプロ――とは言わないまでも、素人の域を超えた画力で各種道具の絵が描かれてあった。と言うのも彼は昔から特に練習しなくても絵を描くのだけは得意だったので、妙に細かいディテールまで再現してあったのだ。初めて見る道具の類いにリエスは興奮気味だ。グエンはいまいち価値がわかっていないのか戸惑ったままだが、この場合はリエスの反応が正しいのだろう。
「ええ、まあ。全部俺が考えた道具なんですよ。いずれこれを実際に作り出して大儲けするつもりです」
と言って得意げになる剛士。彼の考えた物など何一つ無いので勿論大嘘なのだが、リエスがそれに気がつくはずは無い。彼女はさっきまでのゴミを見るような目とは正反対な、尊敬の眼差しで剛士のことを見つめていた。
「コレは……武器? 変わった形の弓みたいね。こっちは水車だと思うけど……なんだか形が違うわね。驚いたわ……長年生きてきた私や仲間でも、こんな面白いものを考えられる人はいなかった。あなた凄く頭が良いのね」
見た目がアレとは言え、女性におだてられて悪い気はしない。ふんぞり返る剛士の横で、いまいち事態について行けないグエンが首をかしげている。
「つまり……どう言うことなんだ?」
「つまりねグエン。彼はこんなところで狩人の真似事をしなくても、十分やっていけるって事なのよ。豊富な資金を持つパトロンが見つかれば、彼はこの本に書き留めた道具を作り上げて一生優雅な生活を送る事が出来る――って、ちょっと待って。よく考えたら、そんな簡単にいくわけ無いわね」
ハッとしたように正気に戻ったリエスが考え込む。同じように浮かれていた剛士はリエスの言うバラ色の未来に思いを馳せていたものの、彼女の変化を見て急に不安になってきた。
「あの、何か不都合でも……?」
「不都合と言うか……冷静に考えてみただけよ。そんな本があるのなら、わざわざあなたの面倒を見なくても本だけ奪い取って殺せば良い。そう考える人間が出てきても不思議は無いでしょう?」
「あ……」
都合の良い妄想に浸っていた剛士は、リエスの指摘で初めて自分の危うさを実感する事が出来た。この本に書かれている知識を上手く使えば、この中世ヨーロッパを彷彿とさせる世界の有様を丸ごと変えてしまう危険性がある。確かに中には役に立たない知識もあるだろうが、他の知識までそうとは限らない。言うなれば剛士の本は金の卵を産み続ける雌鶏だ。もしこの本の内容が公になれば、本を巡って多くの人間が血で血を洗う争奪戦を繰り広げるに違いない。今更ながら自分がどれだけ危険な代物を気軽に持ち歩いていたのかに気がつき、剛士は青を通り越して白い顔色になってしまった。
「どどどどどうすれば……おおおおお、俺、ひょっとして殺される?」
「落ち着きなさい。別に今すぐどうこうなるって訳じゃないんだから」
(生まれ変わったばかりなのに、いきなり死ぬとか絶対嫌だぞ!)
生来もった気の弱さのおかげで必要以上に怯える剛士を、リエスが呆れ顔で眺めていた。グエンに至っては説明されてもいまいちピンときていないらしく、剛士達をそっちのけで弓の具合を確かめている始末だ。未だ動揺が収まらない剛士を哀れに思ったのか、ここでリエスがある提案を口にした。
「……そんなに心配なら、安全なところに案内してあげましょうか? そこなら滅多に人は来ないし、住んでる人達もお金とか興味の無い人達ばかりだから、あなたを利用しようとは思わないはずよ」
思わぬ提案に、震えていた剛士の体がピタリと止まる。
「……そこは絶対安全ですか? できたら本の知識で作った物を輸出して大儲けしたいんで、俺の代わりに外に出て売ってきてくれそうな人は居ますか? 凄く気になるんですけど」
「あなた人の話聞いてなかったの!? その本の内容がバレると命に関わるって説明したところでしょうが! まったく……! 賢いのか馬鹿なのか判断に困るわね」
命の危機に怯えつつも、目先の欲望を優先させる剛士にリエスは頭を抱えていた。一瞬の間に彼女の中で様々な葛藤があったらしく、腕を組んでしきりに頭を捻っていたリエスだが、やがて何か悟ったようにさっぱりした顔になった。
「このまま放っておいたら近いうち本当に殺されそうだし、とりあえず安全な場所に連れて行ってあげる。それからどうするかは、そこでしばらく生活して、自分自身で決めると良いわ」
彼女の出した結論――それは即ち剛士の身柄を他人に丸投げする事だ。最初こそ本の内容に驚かされたリエスだったが、剛士の言動を見て、なるべく関わってはいけない人種だと判断したのだ。そうとは知らず、とりあえずの身の安全が確保できた剛士はアホ面下げて微笑むのみ。彼女が剛士をどこに連れて行こうとしているのか、まるで考えていないのだった。
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