第12話交通事故と天使

相手が悪者なら、納得させる必要はない。

だって、悪者なのだから。


分かってくれなくていい、

理解しなくていい。

しようとしまいと、私の行為は変わらないし、

悪者の末路は変わらないのだから。


恨むなら、

自身の行動の愚かさと、

私を相手取ったことを恨め。


「ダメです!」


舌足らずのソプラノボイス。

併せて、降り注ぐ光の雨。

これも御都合主義か、私にしか見えない演出。

面倒なのがやってきた。


「ダメです!ご老人を騙すなんて、良くないことです!」


白いワンピース、

無垢な表情、

私の顔と私の声、

目障りな程輝く光の輪。


『五月蝿い、悪いのは相手だ。それに私はいつだって正しい。私に害をもたらすというそれだけで、この婆さんは悪なんだ』


「そんな時の独裁者みたいな考えはよくないのです!」


ぶんぶんと首を振って、私の言葉を否定する。

私の顔で、そんなぶりっこなことをやられると腹立たしい。

ーーけど、こういう私もありえたのかもしれないな。真っ当に、綺麗な人たちに大切に育てられたら。

いや、昔語りはやめよう。

取り急ぎ、このクソ天使野郎を無視して、対抗処置に入ろう。

論殺しよう。


「これ以上、罪を重ねないでください!あなたは本当は優しい人じゃないですか!」


『ああ、優しいよ。地球に優しいし、私に優しい。正義にも優しいな。だから、こうやって悪い人を懲らしめるという善行をするんじゃないか』


「それは詭弁です!まだきちんと話し合っていないじゃないですか、それなのに相手を悪と決めつけるなんて、それは良くないと思います!」


『話あって解決できることは何もない。それは歴史と現代社会が証明している。お互いがお互いのために、お互いの正義を掲げて戦っている。お前が言うように話し合いで解決できるなら、世界はもっと綺麗になってるよ』


そんな世界だったら、私は強くなる必要はなかった。

他者をいちいち疑う必要もなかったし、

他者を虐殺(精神的、ちょこっと物理的)することもなかった。

別に、やりたくてやった訳じゃない。

やるしかないから、やっただけ。

それが、世界にとっても自分にとっても最善と思ったから、やったのだ。


「これからも、ずっと続けるんですか!?誰かを悪者と決めつけて、話も聞かずに、一方的に」


『私が正しいと思って、その行為が必要なら、ね。』


涙を浮かべるクソ天使を振り払い、私は婆さんを見つめる。

この老人に幾ばくの価値があるというのだ。

かつてはあったかもしれない。

優しくて、

綺麗で、

社会的生産性もあって。


だけれど、今のこいつはどうだ。

自分の非を一度認めておきながら、金銭が絡むと保身に走った。

一目散に、自身を守ろうとした。

そこに正義はない。

広義の意味での正義ですら、ここにはない。


「お婆さん、あのねーー」


そうして、私はにこにことした笑顔で交渉(不平等条約の締結)を始めた。

こんなこと、私以外もみんなしているし、していた。

楽しくもない、

気持ち良くもない。


無垢な天使は、姿を消していた。

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