第9話爪楊枝と天使
今日も不幸だ。
きっと明日も不幸で、
これからもずっと不幸だ。
だけれど、あまり気にしない。
だって、今までそうして生きてきたのだから。
今だって、この通り五体満足で生きているのだから。
世界を探せば、俺より不幸な人間はいくらでもいる。
俺と同じ頻度で不幸な目に遭っているかと言えば、返答には困るが。
今も世界のどこかでは
誰かが、交通事故に遭っているだろうし、
誰かが、株やFXでぼろ負けしているし、
誰かが、じゃんけんで負けているし、
誰かが、飢えで死んでいるし、
誰かがーー
不幸の数と種類には限りがない。
人の数だけ不幸はあるし、
誰かの幸せは誰かの不幸に変化する。
その逆も然り、なのかもしれないが。
「そう世界を嘆くものではありませんよ」
白い閃光が見えたと思うと、爆炎とともに、先の爪楊枝の付近から『何か』が現れた。
神々しい光の輪、
純白のローブ、
全てを悟ったかのような表情。
「爪楊枝は、ネアンデルタール人の時代から使われていたもの。今回はこのような悲劇が起こったとはいえ、それでその存在を憎むのは筋違い、というものです」
俺の声、
俺の顔。
まさか、あっくまんの親戚か?
彼に確認しようとするも、既に姿はない。
「昔は爪楊枝は割り箸とセットではなかったようですがね。……かつて、とある飲食店に爪楊枝置き場がありました。みな、自由にそこから出して各々使用していたそうな。しかし、ある愚かものが使用した爪楊枝を置き場に戻したそうです。そして、さらに愚かなことに、その行為を吹聴した回ったそうな。その結果、衛生対策として、今のようにセットで入れられるようになったとか」
あくまで一説ですが、とそいつは付け加えた。
「お前は何者だ?」
あっくまんがいないので、本人に尋ねた。
そいつは薄く笑うだけで、何も答えない。
言葉のキャッチボールをするタイプではないらしい。
好き勝手喋って、
こちらの話は聞かない。
そんな友達にしたくないタイプの相手だ。
「物事には色々理由がある、ということです。爪楊枝にも、あなたの人生にも」
例えば、とそいつは言葉を続けた。
「好きな子に彼氏がいたのは、その子が可愛くて、他の男子もアプローチをかけていたから。そして、あなたは奥手でいつも最後になるまで動かない。状況が固定され、それでもやらないよりはマシだと奮起するまで動かない。それ故の結果」
淡々と言う。
「4択のマークシートの正解率が低いのは、単純にあなたの頭が悪いせい。加えて勘も悪いから、というところ」
言葉を止めない。
「エンゼルが当たらないのは、あなたが買う個数が少ないから。10に満たない数で確率を語るなんて、そもそもがおこがましい」
正論を、浴びせる。
「自分の人生は不幸ばかり、自身は悲劇のヒーロー、とでも思いたいようですが、それは間違いです。あなたがそう考え、そう感じるのは単純にーー」
そいつは続ける、俺の気持ちも気にせずに。
「あなたが不幸な記憶ばかりを思い出しているからです」
さらに、言葉をつなげる。
「逆に尋ねます。あなたにとって幸運なことは一度もなかったですか?単純に見ていない、見ようとしていないだけ。今の自分の状況を、全て自身に負っていると錯覚している『不幸』のせいにしたいだけ。本当に、悲劇的なまでに不幸なのだとしたらーー」
そいつの言葉を、俺は最後まで聞くことはなかった。
だって俺には、必要のない言葉だったから。
べちゃり、と足下に不快感。
見れば、吐き捨てられたガムを思い切り踏んでいた。
弁当も食べ切らず、全力で逃走したから足下がお留守になっていた。
いや、単純に運が悪いだけか。
「おい、いいのか。あいつ、天使みたいだったぞ」
あっくまんが何事もなかったように現れ、皮肉っぽく笑う。
「別にいいんだよ。人の話を聞かないのに、自分の話を聞いてくれるなんて、おかしな話だ」
「それもそうだな。てか、お前ガム踏んだんだな。相変わらず、というか早速だな」
「ああ、そうだな。俺は運が悪いからな」
俺はそう言って、
自身の運の悪さを、笑った。
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