彼らの旅路に祝福を~あるいは元勇者の巡礼の旅~

鬼灯 一夏

プロローグ

 気づけば雨が降り始めていた。

 木に背中を預け、いつからか降り出していた雨音に耳を傾けた。 もうどれほど走ったのかも、ここがどこなのかも、どれだけの日数が経ったのかもわからなかった。 ただひたすらに人が通らない道だけを通ってきたことだけは確かな記憶だ。

「……っ」

甲冑の隙間から入った雨水が傷口にしみこんだ。 先ほど不意打ちをしかけてきた野盗の一撃をかわしそこねた時につけられた傷だ。 想像していた以上に時間は経っていなかったらしく、まだ傷口は赤く濡れていた。

 天命なのだろうか、そんな言葉が頭をよぎった。 あたりに薬草はおろか、川や湖のような気配はない。 逃げるときに残った魔力をすべて使ってしまったために回復の魔法も使えない。 こんな森の中、加えて自分ですら場所の詳細もわかっていないのだからアテなんてあるはずもない。 ここで力尽き、野盗に好き放題弄られてそのまま雨風に打たれて朽ちていくのだろう。

 雨足が強くなった。

 俺のまぶたも重くなった。

(少し……休む、か……)

 心の奥底ではこの眠気がどういうものかは理解していたが、抵抗する気にはならなかった。

 かつて世界を救いし勇者、または王族虐殺事件首謀者、オサ=グロウリーは名も無き森の中で静かに幕を下ろした。

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