第431話15-20ボヘーミャ襲撃
15-20ボヘーミャ襲撃
「ところでエルハイミってなんで赤竜との戦いの時にあの力を使わなかったのよ? それにあの力を使えば『女神の』杖を壊せるのじゃない?」
いきなりシェルがシェルのくせに核心を聞いてくる。
あたしたちはボヘーミャに行く事を陛下に報告し、いよいよ女神の杖を処理する為に動き出す準備をしていた。
「シェル、魂の隷属でうすうす気づいていたのではないですの?」
『どう言う事よ、エルハイミ?』
必要なものをポーチに詰め込んでいるとシコちゃんも聞いて来た。
あたしは一旦手を止め、自分の手のひらを見つめる。
「あの力は、あの私は今の私では完全には制御できませんわ。もし気まぐれを起こされてしまえば私たちの望む事と真逆の事をしでかすかもしれませんわ、あの私は‥‥‥」
正直まだまだあの力を制御できる自信は無い。
ちょっとでも気が緩めばあたしの意思とは違う事をあのあたしはしてしまう。
彼女にとってはこの世界の事なんて全て些細な事、お遊び程度でしかない。
前回で風の精霊を従わせるのに呼び出してさらに実感した。
それほどにあのお方はあたしたちの世界に対して絶対的な存在だ。
きっとその気になればこの世界なんて紙屑の様に消し去る事だって、時間でさえ容易に扱う事だって出来るのだろう。
もしかするとあたしたちの知らない間にこの世界も何度か書き換えられているかもしれない。
あの力のほんのわずかなモノに触れたあたしにはわかる。
あれは本来人の手に扱える代物ではない。
「ふぅーん、そうなんだ。思っていたよりは不便なのね」
シェルはそれきり興味をなくしたかのようにマリアとお菓子の取り合いを始めていた。
『エルハイミがそう言うのなら、その力ってやっぱり面倒なのでしょうね? レイムのおかげでヨハネス神父はしばらく大人しいでしょうけど、どうするつもり?』
シコちゃんはジュメルの十二使徒、ヨハネス神父であり悪魔の王となったあれとの事を聞いてくる。
「ヨハネス神父の実力は計り知れない所がありますわ。でも今の私たちには力を増したコクやシェル、装備を固めたショーゴさん、そしてティアナの新たな力、『鋼鉄の鎧騎士』が有りますわ。それらの力はあの太古の竜、女神殺しの赤竜をも倒せたのですもの。きっといけますわ」
不安が無い訳ではないけどあたしはそう自分にも言い聞かせる。
勿論それでもダメな時はあの力を使ってでも何が何でもティアナを守るつもりだ。
「エルハイミ? ここに居ましたか。許可が下りて国庫から資金提供がありました。こちらの準備は済みましたよ」
ティアナはそう言ってセレとミアムを引き連れてやって来た。
「鋼鉄の鎧騎士」を修理する為の部材をボヘーミャで調達する為に資金の確保をしてきた所だ。
「こちらも大体準備は整いましたわ。それより、セレとミアムも一緒に行くのですの?」
「何を言っているのですエルハイミさん! 私たちはティアナ様の行く所には死んでもついて行きますからね!」
「そうです! そして今度こそティアナ様の子供を!!」
いや、だから無理だっての!
ミアムはセキを抱いていたがそもそもそれってあたしたちの子供ってわけでもない。
確かにあたしとティアナで魔力供給したからその影響であたしたちに似た姿になっちゃったけど本質は赤竜よ?
何時になくあたしに対しての対抗心をめらめらと燃やす二人を見ながらあたしはため息をつく。
「くっ! その余裕、二人目の子供を授かったからと言って私たちはあきらめた訳では在りませんよ! エルハイミさん!」
「そうよ正妻! 妾の私たちにだってまだ機会はあるのよ!!」
いや、それは無理だろう。
もしそうだとしてもあたしの目の届くところでは許さないから。
まあ、眼が届かない所でのティアナの浮気は仕方ないので大目に見るけど、発覚したらまた朝まで眠らせないからね!!
ティアナが誰の物かその体に叩き込んであげるから!
「ううっ、相変わらずかわいいなぁ、セレとミアムは‥‥‥ ついて行きたいけど私には仕事もあるしなぁ」
「アラージュもいい加減にしなさい。私たちにはやらなきゃならない事が有るのでしょう? ティアナ将軍、最新の報告書です」
そう言ってカーミラさんはティアナに書類を渡す。
どうやら第一軍から三軍までの報告のようだ。
ティアナはそれにさっと目を通し頷く。
「小規模の拠点をまた一つ潰したのですか。非常によろしい。このまま巡視を続けてもらいましょう」
そう言ってその書類をカーミラさんに返す。
カーミラさんはそれを受け取り「了解しました」と言ってアラージュさんを引っ張っていってしまった。
「さて、それではそろそろ行きましょうかエルハイミ」
「はい、良いですわよティアナ」
あたしたちはボヘーミャへとゲートを使って移動するのであった。
* * *
「殿下、聞きました! 赤竜を倒したのですね!!」
出迎えでアンナさんが来ていた。
「お姉さま! すごいです!! ドラゴンスレイヤーなんて!!」
イオマもこっちに戻っていた様であたしを迎えてくれる。
そしてミアムが抱いていたセキに気付く‥‥‥
「お、お姉さま、これってぇ‥‥‥」
「ええ、そうですわ」
「いつの間にティアナさんの子供産んだんですっ!? お腹だってふくれていたの気付かなかったのに!!」
おい、そうじゃ無いでしょう!!
イオマは頭を抱えて叫んでいる。
何故みんなコクと同じに頭から生えている角に気付かないの!?
誰がどう見ても普通の赤ちゃんじゃないでしょうに!!
しかもイオマはコクの小さい時を知っているはず。
「イオマ、騒がしいです。これは赤竜の再生した姿です。私と同じ人の姿で生まれ出ましたが」
コクが流石にイオマに突っ込みを入れる。
あたしは苦笑しながら今までのいきさつを簡単に話す。
「赤竜は魔法王の呪縛で今まで『女神の杖』を守っていましたわ。私たちに倒された赤竜はコク同様に秘術を使い再生をしましたが呪縛の無くなった赤竜の幼竜が近隣の村を襲わない為私たちのもとで管理する事になったのですわ。だから私とティアナで交互に魔力供給をした結果こうなったのですわ」
それを聞いたアンナさんは頷いた。
「そうですよねぇ、分かってから九か月近くは経たないと生まれませんものねぇ。出産は本当に大変でした」
今はルイズちゃんがいないので寝かせているのだろう。
経験者はよくわかっていらっしゃる。
「でもエルハイミちゃんだとそう言った事もきっと簡単に済ませてしまいそうなので二人目の時にはエルハイミちゃんに何か良い方法を教えてもらいたいでものすね」
いや、分かっていない人でした。
あたしは経験ないから分からないっての。
それにそんな方法知らないってば!
「来ましたか。エルハイミ、ティアナご苦労様です」
声のした方を見るとなんと師匠まで来ていた。
この人忙しいはずなのにこんな所に来て大丈夫なのだろうか?
「師匠、やっかいになります。最後の『女神の杖』を手に入れました」
「こんにちわですわ師匠。『女神の杖』と同様に『鋼鉄の鎧騎士』」の部品調達もお願いしますですわ」
ティアナに続きあたしも挨拶をしながら今回のもう一つのお願いもする。
「ええ、分かっています。マース教授も首を長くして待っていますよ。それとエルハイミ、先に連絡の有った部品は既にアンナが手配を始めています。ただ、魔獣の生体パーツはこちらでは入手困難ですね。他に代用で使えそうなものは無いのでしょうか?」
師匠もあたしたちに挨拶しながら質問に答える。
うーん、やっぱり魔獣のパーツが困難かぁ。
それにあたしとしては生体パーツはちょっと苦手だったりする。
今回の赤竜の戦いでも真っ先にダメになった事も有るしこの際何か他の手段を考えるのも有かな?
「こんな所で立ち話も何です、殿下、とりあえずマースの研究室へ行きませんか?」
話し込むあたしたちにアンナさんはそう提案をしてくる。
確かにこのまま地下室のゲート前で話し込んでいても仕方ない。
あたしたちはアンナさんに連れられてマース教授の研究室へと行くのだった。
* * *
「流石と言うか相変わらずだな君たちは」
挨拶もそこそこにいきなりマース教授にそう言われる。
苦虫をいつもかみつぶしたようなマース教授はそれでも機嫌が良いのか口とは裏腹に歓迎の雰囲気が漂っていた。
「最後の『女神の杖』を手に入れたそうではないか? いやはや、『女神の杖』はその女神の属性ごとにいろいろと能力に差があり非常に興味深い。それに同一空間に放置するとどれか一つの杖に魔力が集中すると言う事も理由がだんだんと分かって来た。まさに素晴らしい研究対象だよこれは」
珍しく饒舌になる。
マース教授が饒舌になるのはルイズちゃんの事を語る時くらいだった。
だんだんと白熱し始めるマース教授。
あたしは何となくアンナさんを見て聞いてみる。
「そう言えばルイズちゃんはどうしたのですの?」
「ルイズならエルハイミちゃんたちが来る前におっぱいをあげて隣の部屋で寝かせてありますよ? 後で見に行きますか?」
「そうですわね、是非にもですわ」
「それでイオマちゃんも言っていましたが赤竜の再生したあの赤ちゃんは本当に大丈夫なのですか?」
「ええ、それはコクが命名による従属の枷をかけましたから大丈夫でしょう」
アンナさんはそれを聞きほっとした表情になる。
と、マース教授の長話も終わった様だ。
「ではエルハイミ、マース教授に最後の『女神の杖』を」
ティアナに言われあたしは最後の女神の杖、シェーラ様の杖を取り出す。
マース教授はそれを受け取り呪文をかける。
「マース教授、その呪文は何ですの?」
「研究により判明した『待機』状態にさせるものだよ。一所に集めておくと相互間の魔力活性が激しくなるので運搬時などに杖の能力を押さえておくための物のようだ。例の古代魔法書に暗号の様に記載されていたよ。多分事情を知らないものに勝手に使われるのを防止する為に一部関係者にしか分からない様にしていたのだろうね」
そう言ってからマース教授は今までの杖も引っ張り出し机の上に並べる。
「愛の女神ファーナ、土の女神フェリス、水の女神ノーシィ、暗黒の女神ディメルモ、光の女神ジュノー、商売の女神エリル、そして火の女神シェーラ。実にここに女神の杖が七本も集まったわけだ」
それぞれの杖はそれぞれの色に魔結晶石を輝かせている。
マース教授が見つけた「待機」の呪文のおかげでそれらは静かにしている。
あの強力な存在感さえ今は全くと言っていいほど感じない。
「すごいですよねぇ、これってお姉さまがみんな関わっていたんですよね?」
「エルハイミのおかげで十本中七本もの杖をこちらに集められました。杖一つ一つでも恐ろしいほどの魔力を持ち使うものに絶大な力を与え、その力を制御できなければ暴走さえしてしまう恐ろしい『女神の杖』。これがすべてそろえばあの『狂気の巨人』が復活してしまう。しかしこれでジュメルの野望は防げた」
イオマが杖に見入りティアナは感慨深くそう言う。
他のみんなも並べられた杖を見ながらいろいろと思う所があるのだろう。
コクなんかディメルモ様の杖を凝視している。
「さて、この中で一本だけを異界に飛ばすという事だが、エルハイミ君、数日の時間をもらえないかね? 最後に試してみたい事が有るのでね」
「ええ、それはもちろんかまいませんわ。その間にアンナさん、イオマ『鋼鉄の鎧騎士』初号機の実戦資料と構造説明、それの修理に手を貸してもらいたいのですわ。だいぶ私の手が入り零号機とは勝手が変わってしまいましたのでね」
「エルハイミ、修理が終わりましたらその『鋼鉄の鎧騎士』を見せてもらえますか? 話ではあのジュメルの『巨人』にも引けを取らないと聞いています」
珍しく師匠も興味を持っている様だ。
あたしはもちろんそれを承諾して早速行動に移るのだった。
◇ ◇ ◇
「本当にこの初号機はすごいですね? 零号機とは全くの別物です。生体パーツの代わりにミスリル水銀を使うとはすごいアイデアです!」
初号機を解体しながら素体での構造の変化点や代替パーツの説明をし、ボヘーミャで手に入れられそうな部材で修理を行っていく。
「エルハイミ、初号機の状態はどうですか?」
ティアナが仮の整備場である研究棟に来た。
勿論セレとミアムも一緒でセキを抱いている。
「代替パーツの取り付けをして稼働の確認をしている所ですわ。これで問題が無ければ部材購入して【創作魔法】で加工して取り付けて‥‥‥ 後二、三日で修復できそうですわ」
ティアナはそれを聞き安堵したようだ。
これはアイミのあの力に変わるティアナの新しい力、体への負担も最小限に赤竜とも渡り合える力。
万が一ジュメルと敵対しても、場合によってはヨハネス神父と敵対しても対抗できるだろう。
「大丈夫、あたしが一緒にティアナに飛び方教えるから安心して!」
シェルがマリアを連れてやって来た。
マリアはあたしたちの周りを飛びながらティアナの肩にとまる。
「あたしが一緒にティアナとこれに乗れば百人力なのだぁ~!!」
「ふふっ、あてにしてますよ、マリア」
思わずみんなも笑う。
と、イパネマさんが慌ててやって来た。
「大変よ! ジュメルの攻撃よ!! ジュメルがこの学園都市に攻めてきたのよ!!」
長い紫色の髪の毛を乱しイパネマさんが肩で息をしている。
「!!!?」
あたしたちは慌ててイパネマさんについて行くのだった。
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