第191話7-28鍋
7-28鍋
「既にティナの町に入った奴らは捕まえた。」
ダークエルフに襲われたことを伝えに行ったあたしたちはゾナーからそう聞かされた。
ゾナーもその可能性は考えていたらしく、偵察部隊の帰還後にいろいろと調べたたらしい。
だがこうも早くあたしたちが狙われるとは思っていなかったらしく、素直に頭を下げて謝罪してきた。
「まさかこうも早く動いて来るとは思わなかった、主よすまない。」
「俺もすまない、主たちの部屋に入るわけにはいかないが忍び込まれたことに気付かなかったとは・・・」
一緒にショーゴさんも頭を下げてきた。
まあ、ショーゴさんは部屋に一緒に入るわけにはいかないもんね。
そんな二人にティアナは特に気にした様子も無く聞く。
「もうそれはいいわよ、それより捕まえた他の奴ってやっぱりダークエルフなの?」
「いや、捕まえた三人は人間だった。行商人のふりをして偵察部隊の帰還と同時に町に入ってきたらしいがな。」
そうすると少年が言っていた目撃した人数とほぼ合う。
今回はこれで全部だったかな?
「そう言えばその捕まえた連中は自害しなかったの?」
「よくわかったな、主よ。その通り全員既に物言わぬ屍さ。奥歯に毒を仕込んでいて全員死んだ。全く、暗部らしい。」
そう言ってゾナーはため息をつく。
しかし今回あたしたちが襲われたことではっきりした。
ホリゾンはあたしたちが邪魔なようだ。
「水面下で失敗したとなるともう一度来るか何かを理由で正攻法で攻めてくるかだな。流石に正攻法はこの雪だからまだまだ先だろうが、春先以降は注意が必要だな。本国へはその旨を伝えた方が良い。」
ゾナーの言う通りだろう。
暗殺失敗となればもう一度刺客を送り込むか何かの理由で正攻法で攻め入るかだろう。
どちらにせよここも要注意となる。
* * * * *
「わかってはいるけど、いい加減こういった物には食べ飽きたわ・・・」
翌日食事をしながらティアナはぼやく。
分からなくもないけどこればかりは仕方がない。
あたしたちが食べている食事はここの料理人がそれでも工夫をしてくれて出してくれている。
しかしいくら工夫しても限界はある。
「ああっ!あたしも新鮮な野菜や果物食べたい!!」
シェルもシチューをつつきながらぼやく。
あたしたちが食べているこれらは全て保存食や保存の効く物から作られたものだ。
塩漬けだったり冷凍された物だったり乾燥させられた物だったりとおおよそ新鮮と言う言葉からは程遠い。
寒い中食べる冷凍ミカンって流石に嫌になるよね?
しかしこればかりはどうにもならない。
まさかその為だけにゲートを使って食材を王城に取りに行くわけにもいかないので定期的にアイミを研究で連れて行く時にだけ果物は持ち帰ってるけど。
最近でもアンナさんの異界への渡航ではまだまだ難航しているらしく師匠のいた世界が限定できていない。
むしろ他の事の研究が進んでいるようでアイミたちもその都度協力しているようだが。
「はぁ、煮込み料理でももう少しマシだったらなぁ。ジャガイモと玉ねぎ、にんじんって根物ばかりのシチューなのだもの。」
保存のきく根物は冬場の野菜としては重宝されるけどね。
ほぼほぼ毎日シチューメインの食事なのは流石に飽きてきたね。
「確かにシチューは温まるけど、毎日これじゃねぇ~。」
シェルはニンジンをほおばりながらシチューの中身をかき混ぜる。
「あたしはシチュー好きだよ~!あったまるしねぇ~!!」
マリアは寒さに弱いので温まる食事だったら何でも好きなようだ。
温まる食事ねぇ・・・・
冬。
寒い。
温まる食事・・・
ふとあたしの中である料理が思い出される!
そう冬の定番鍋料理である!
前にもゾナーが言っていた雪をかき分ければまだまだ収穫もできるという野菜。
確かあの中に葱のようなものもあったはず。
森にも自生しているキノコっぽいのが有ったはず。
後は白菜だけど、保存食の塩漬け野菜に似たようなものがあったはず?
お豆腐はさすがに精霊都市ユグリアまで行かないと手に入らないけど、あとは魚や肉が有ればなんとかなる?
味噌はまだ手持ちもあるし、薬味の類は乾燥させたものが有るし。
いけるんじゃないだろうか?
そう言えば明日は七日目の休みの日。
あたしはシェルに向かって言う。
「シェル、森で食べられるキノコをたくさん取ってきてくださいな。明日は少し変わったお料理をしたいですわ。」
「キノコ?別にいいけどそんなんで何か作れるの?」
「なになに?エルハイミ何か変わった物作ってくれるの?」
「ええ、もしかしたらうまく行くかもしれませんが、師匠の国元の料理の一つで『鍋』と言うものが有りますのですわ。シチューと違った味わいでたまにはいいのではないでしょうかしら?」
あたしは人差し指を立ててそう言う。
「いいわね!料理人には悪いけどたまには違ったものが食べたいわ!!」
「え~?それって体温まるの~??」
マリアが不服そうに聞いて来るけど冬の定番鍋料理は確実に体が温まる。
「勿論ですわ!冬に食べる料理なので確実に体が温まりますわ!!」
あたしのその提案にみんなは乗り気で今日の公務をとっとと終わらせることにした。
* * * * *
「主よ、こんなものでいいのか?」
ショーゴさんに庭先から凍った土を取ってきてもらった。
鍋を作るにはまず土鍋を作らなければだ。
「ええ、ありがとうございます、ショーゴさん。それではさっそくですわ!」
あたしは錬金魔法を使って凍った土を錬成する。
ほどなくそれは蓋つきの大きな土鍋へと姿を変える。
あたしはその出来を確認してから水を入れてお湯を沸かす。
本当は米のとぎ汁が欲しいけど無いので仕方なくお茶の葉を入れる。
しばらくして沸騰を始める土鍋。
「主よ、こんな器でお茶を煮るのか?」
「これは出来たばかりの土の鍋を慣らすための行為ですの。土の臭みを消したり小さな隙間はこれで落ち着きますわ。」
そしてある程度煮込んだらそのお茶を捨て土鍋を確認する。
うん、好いみたい。
さてと、まずは出汁を取らなきゃ。
あたしは師匠から分けてもらった鰹節を削り出汁を取る。
出来たかつおだしに味噌、どぶろく、しょうがにニンニクを入れて煮立てる。
いい香りがし始めてきた。
そしてシェルがとってきたキノコ類を入れる。
これで更に出汁が出る。
「なになに?なんか好い匂いがする??」
向こうから匂いにつられてシェルがやってきた。
マリアも一緒のようだ。
「エルハイミ、これが体温まる食べ物?スープ??」
「まだまだですわ。これから具材を入れていくのですわ!」
そう言ってあたしは準備していた肉や魚、野菜を入れ始める。
するとさらにおいしそうな匂いがしてくる。
「エルハイミ殿、何をしているのだ?なんだかうまそうな匂いがするのだが??」
どこからともなくゾナーまで現れた。
鼻をひくひくしながらこちらに来る。
「エルハイミ、ここにいたの?あれ?何この好い匂い??」
とうとうティアナまで来た。
みんな、わざわざ厨房にまで寄ってくるなんてどれだけ食いしん坊なのよ?
あたしは小麦粉を使って締めのうどんも作る。
追加の野菜や肉も大皿に準備してみんなを振り返る。
「さあ、出来ましたわ、味噌鍋の完成ですわ!」
おおーっと歓声が上がる。
あたしは七輪のようなものも作っておいたのでそこに炭を入れて火をつける。
これでゆっくりとした過熱もできる。
食堂にこれらを運んでみんなにフォーク、スプーンを渡す。
「さあ、頃合いですわ、ふたを開けますわよ!」
熱いのでショーゴさんにお願いして土鍋のふたを開ける。
すると途端にふわっと良い香りが部屋中に充満する!
「なにこれ好い匂い!!」
「あ、野菜がいっぱいだ!!」
「ほお、珍しい煮込み料理だな?」
「おいしそう~エルハイミ、早く食べようよ!!」
みんなに器によそってあげて食べ始める。
「「「!!?」」」
「なにこれ!美味しい!!」
「ほんとだ!色々な野菜のうまみが出てる!!」
「ほお、これは美味い。冬野菜がこうも化けるか?肉や魚まで入ってるのか?これはいいな!」
「あったか~い!おいし~!!」
どうやら好評のようだ。
あたしも一口。
とたんに懐かしい鍋の味が口いっぱいに広がる。
そうなんだよねぇ~。
寒い冬にみんなで鍋囲んで食べるのって幸せなんだよねぇ~。
「さあ、まだまだお代わりありますわよ!最後の締めにはうどんもありますから楽しみにしてくださいですわ!」
おおっー!
「エルハイミ、うどんってあの白くて細長いやつ?」
「そうですわ。これを最後に残り汁でゆでて食べるととても美味しいのですわよ!」
「それは楽しみね!」
「うどんって何よ?あたしにも食べれるの??」
初めて聞くそれにシェルは眉をひそめる。
「大丈夫ですわよ、小麦で作った食べ物ですわ。エルフでも問題無く食べれますわよ?」
「あ、あの焼うどんに入ってた白くて長いやつだよね~?あれ美味しよシェル!!」
「ふう~ん、マリアまでそう言うなら試してみようかしら。エルハイミすぐに食べれるの?」
「まだですわ、先にほとんどの具材を食べてからですわ。さ、みんなどんどん食べてくださいですわ!」
じゃんじゃん追加の野菜や肉を入れたりして鍋を食べていく。
そして最後の締めのうどんを入れて煮え立つのを待って・・・
あたしは葱と卵を用意する。
卵を割ってフォークでかき混ぜる。
「卵なんかどうするの?食べれなくはないけどすこし苦手なのよあたし。」
怪訝な顔をするシェル。
「大丈夫ですわ、それほど多くは無いですから、さて、煮えたようなので仕上げですわ!」
あたしはそう言って最後に卵をさっと鍋に入れてから葱をふりまける。
卵はすぐにふわっとした感じでうどんに絡まりネギもほど良くなじむ。
さあ締のうどんの出来上がりだ!
あたしは皆にうどんを配る。
アツアツのそれをみんなは口にして・・・
「「「美味しい!!」」」
口をそろえてそう言う。
「ないこれ!あの焼うどんよりこっちの方が好きかも!!?」
「へぇ、これは美味しいわね!野菜のうまみが染み込んで卵も気にならない?これなら平気で食べれるわ!」
「あったまるぅ~!」
「ふむ、こいつはいい。最後にしっかりと腹に溜まるな!」
「主よ、量は食えぬがこのうどんと言うのをもう少しもらえないか?確かにこれは美味い。」
うんうん、みんな鍋の偉大さが分かったようだね?
良きかな、良きかな。
あたしたちは鍋が空っぽになるまで冬の定番料理、味噌鍋を堪能するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます