第8話2-2-魔法

2-2-魔法



 ジーナさんのスパルタ教育はなかなかのモノだった。



 この世界の言語はコモン語が共通言語となっている。

 コモン語にも上級言語と下級言語があるが文字は同じであった。


 基本は英語と同じで決まった記号をまとめた単語の羅列で文章を作っていく。

 助かるのは単語自体の変化がないので複数形やら過去、未来の表現はすべて別単語がやってくれる。

 ブロックの組み合わせの様な部分であるおかげで思いのほか早く文字を覚えることができた。


 それと、ジーナさんは思っていたより気さくなところがあって、下級言語も少しばかり教えてくれる面もあった。


 普段は使ってはいけないけど、知らないと緊急時に困るからとの理由だが、一番はこの世界では下級言語でしか会話できない人間も多いからだという事だ。



 確かに、聞き取れるけどしゃべれないってのは日本の地方でもあるもんなぁ~。

 田舎のじいちゃんなんかたまにわからん方言で話してたから子供心に驚愕を覚えたもんだ。



 で、文字の習得は何と数カ月でできてしまった。


 文字が読めると言う事は一人で本が読めると言う事である。

 俺は頻繁に書庫に通う事となった、もちろんジーナさんの「作法のお勉強」が終わった後でだ。



 「作法のお勉強」は正直予想の遥か斜め上の授業であった。


 基礎的な作法の勉強で話のネタとして頭の上に本を載せて歩くというのは聞いた事があるが、ジーナさんは水の入った深めの皿を載せてきた。



 どこの仙人の修行だよ!?



 その他も座るときの足さばきや、常に指先や足先がピンとなるように指先や足先に重りをつけさせられて基本動作の反復練習をさせられる。


 食事の時もナイフやフォークを取る寸前まで指先を伸ばしたまま優雅に取らなければ重りがカチカチと鳴ってしまい怒られる。



 なんか全身がバレリーナ状態になってしまう。



 ママンなんか「あらあらあら~」とか言いながら「作法のお勉強」の様子を見に来るが、「私も昔よくやったわねぇ~、懐かしい。エルハイミ、頑張って!」などとうれしい応援をしてくる。



 この世界の貴族ってこんなのが普通なのか?




 

 まあ、そんな感じで半年近くがたったわけだが・・・


 「ヨバスティン、また来ましたわ!」


 「おお、エルハイミ様、いらっしゃいませ。本日のお勉強は終わったのですか?」


 「ええ、滞りなく。それより先日お話いただいた『魔法原理解析』のご本、見つかりまして?」



 ヨバスティンはにっこりとほほ笑んでから、カウンターの下から分厚い本を一冊取り出した。

 

 「エルハイミ様、こちらの本になります。しかし、かなり内容は難しいと思いますよ?」


 やや苦笑いをしながらヨバスティンはカウンターの上に本を置いた。

 そんな彼に営業スマイルでおまけのピンク色背景、バラの花にキラキラフォーカス付きで俺は言った。


 「大丈夫ですよ、困ったらヨバスティンが助けてくれますよね?騎士様のように!」


 ニッコリ笑顔にヨバスティンは頬を赤らませ、胸に手を当て見事なお辞儀をしながら答えてきた。


 「もちろんにございます!エルハイミ様!私のできることであれば何なりとお申し付けくださいませ!!」


 うん、文系にしてはいい返事だ。

 俺は早速本を小脇に抱え読書台にもっていった。



 実はすでに明かりをともす魔法や軽いものを少し動かす魔法はジーナさんに教わっていた。



 日常生活で最低限必要な初歩の魔法はこの世界では誰でも当たり前に使っている。

 もちろん、その内容は些細なものがほとんどで、明かり、着火、水生成、念動辺りが標準らしい。

 

 かく言う俺もこの辺は呪文を唱えると出来てしまう。




 ただ、先日気付いたことだが、あることを試したら無詠唱で魔法が発動した。




 魔法を使うときは呪文の詠唱をしながらイメージしなさいと教わったのだが、呪文はどちらかというとイメージの確認を言葉でするようなプロセスで、実際にはイメージと魔力の集約ができると無詠唱で発動するようだ。


 ただ、呪文の言葉にはそれなりの意味があるので簡単な魔法は呪文通りにイメージすればいいが、難しい魔法は更に言葉の意味を考えイメージして魔力の集約や集中をしなければいけないわけだ。



 そんな訳で無詠唱の研究という意味で世間一般的な『魔法の原理解析』を読んでこの世界での解析レベルを見ようと思ったわけだが。



 ・・・なんだこれ?


    

 いかにもって感じの難しそうな言葉で書かれてるそれは曰く、「魔術は女神から教えられた力ある言葉により発動する」。

 曰く「力ある言葉は女神からの贈り物であり、それを一字一句間違えて使ってはいけない、間違うと言う事は奇跡を起こす術が違うと言う事となり、魔法は発動しない」だの。

 曰く「呪文を唱えても発動しないのはその者の魔術を使う技能が低いか保有する魔力量が足らないからである」等と肝心な所が書かれていない。


 もちろん原理の解析なのだから常識範疇からの解析なのだろうけど、俺の仮説とだいぶ違う。


 どちらかというと宗教的な側面が強い?

 解析というよりこうだからこうしろ、教え通りにするから魔法が使えるんだ見たいな書き方だな?


 ・・・うーん、そうすると俺が無詠唱で魔法発動させたのって偶然?

 それともこっちの方が真実??


 ん、魔力量について?


 その項目を読み始める。

 すると「魔力は人それぞれによって生まれながらにして魔力の保有量は決まっている」と書いてある。


 実は先日自分がどのくらい魔力量があるか試しにずっと念動魔法を使ってみたのだが、最初の一週間くらいで異変が起きた。


 念動魔法で羽ペンを動かしたのだが最初はすぐに疲れ、動かせるのもほんのわずか。

 しかし、次の日からへばっても多分、魔力が底を尽きるまでやっていくうちに徐々にその永続時間が長くなっていった。

 さらにそれを続けると疲れるのがだんだん少なくなっていき、同じ魔法のはずが集中するともっと大きくて重いものまで動かせるようになった。

 つまり、とことん魔力を使い切り集中するとだんだん魔力量が増えるか、使用する魔力を少量で発動できる様に成るのではないだろうか?


 うーむ、この解析してる人そう言うのには気づかなかったのだろうか?


 さらに本にはこう書いてあった。

 「魔法は危険な呪文もあり、むやみやたらと子供に教えることは危険である。言葉一つ一つの理解を十分に出来る成人より魔術を習う方が習得率が良い」


 ・・・まあ、言語理解をしたうえでという意味では良いのだろうが、もしかして体の成長過程で魔力使えば使うほど魔力容量は大きくなるのじゃないのか?

 なんかまた新しい仮説ができてしまった。


 『魔法原理解析』と謳われていた本であったが、残念ながらその解析レベルは期待していたほどではなかった。

 俺は長々と読み込んでいたがこれという収穫も無く読み終わってしまった。



 ふう、と軽いため息をついてから俺は自分の仮説を確かめるために本をヨバスティンに返し、お礼を言ってから自室に戻っていった。





 自室で桶を準備して水生成魔法を唱えてみる。


 指先にこぶし大の水球が生成され、桶に落ちていく。

 呪文通りだとコップ一杯分くらいかな?


 俺は今度はそれを無詠唱で試してみる。


 呪文の意味をイメージしながら指先に魔力を流し込むイメージで水の玉を思い浮かばせる。

 指先に血液が流れていくような感じで魔力がたまっていき、魔力を水にするイメージを送り込む。

 すると指先に先ほどと同じくらいの水が生成された。


 水球はそのまま桶に落ちていき、たぷんと水面を揺らした。


 

 ・・・できるじゃん、無詠唱。



 と言う事は、呪文の中にある「我この手にすくいし水を求む」というくだりの水の量をバケツ位にしてみると・・・



 おお、指先に先ほどとは比べ物にならないくらいの水球ができた!



 勿論その分ごっそりと魔力を持っていかれた感じがする。


 樽に水を入れようとするがこのままではこぼれだしてしまう。

 どうしようを思った瞬間、頭の中に水を飛散させるイメージが浮かんだ。



 ぱっきゃーん!! 



 途端に目の前の水球がパーンと音を鳴らし破裂してシャワーの様な水滴を飛散させる。


 「うきゃ!」


 盛大に飛散した水球は俺にしっかりと水をかぶせてくれる。


 「エルハイミ様!いかがなされましたか!?」

 

 近くの廊下にいたメイドが音に気付き部屋に入ってくる。そして絶句する。

 部屋の中が水浸しだ。

 もちろん俺も濡れ鼠。


 「ごめんなさ~い、ちょっと魔法の練習してたのですが失敗しちゃいました~。」


 とりあえず誤っておいてびしょびしょのスカートを両手で持ち上げる。


 「エルハイミ様、とにかくお召し物を取り換えましょう、このままではお風邪を召されてしまいます。」


 てきぱきとメイドはこの場を仕切り空いている別の部屋に連れていかれた。

 応援のメイドたちを呼んでテキパキと着替えさせられる。

 そして髪をすかれてまとめられる頃には自室はメイドたちにより大掃除が始まっていた。



 「どうしたのじゃ?何事じゃ??」


 うあー、爺様来ちゃったよ!


 「お、おじい様、ごめんなさい、私魔法の練習をしていたらお水を盛大にこぼしてしまって・・・」


 思い切りしゅんとした態度でごめんなさいモード全開で取り繕う。


 「何?魔法の練習じゃと??」


 そう言って爺様は俺の自室を見に行く。


 すでにのメイドたちで片付けが始まっているが、濡れた壁や絨毯はすぐには片付かない。

 爺様はその様子を見て一瞬唖然としたがゆっくりとこちらを振り返る。


 「これはエルハイミがやったのか?」


 あー、やっぱ怒られるか、仕方ない。


 「はい、ごめんなさい。まさかお水の生成魔法でこんなになるとは思わなくて・・・」


 すると爺様は怒るどころか上機嫌に言い放った。


 「なんという事だ!エルハイミよ、お前は魔術の才能が有るのじゃな!!素晴らしいぞ!これほどの水生成魔法を発動させるとは!」


 勢いで抱きかかえられる。


 あれ?

 怒られるんじゃないの、普通は??

  

 「流石我が孫じゃ!そうじゃ、ユリシアを呼べ、それとジーナもじゃ!」


 こうして俺が使う魔法が実はかなりのものであると言う事が分かった。

 しかも、部屋を濡らすほどの水生成魔法となると、すでに中級以上の能力があるらしく、普通の魔法使いでもなかなかいないレベルだそうだ。


 「あらあらあら~、エルハイミすごいわぁ~、お母様驚いちゃった~。」

 

 緩い感じでママンはあらあらあら~を連発している。

 

 「エルハイミ様、まさかここまで凄まじい魔力をお持ちだったとは・・・、これは教えがいがありますわ!」


 ジーナさん、なんか嬉しそうに教鞭をパシパシするのやめてぇ~!




 そして翌日からジーナさんのお勉強に「魔術」が追加されたのだった。


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