第一章

第2話1-1認識

1-1認識


自分の追いやられた状況は理解できた。



 しかし現実が受け入れがたい。

 でも腹は減るし、いわれのない不安感でついつい泣いてしまうし、おしめでも泣いてしまう。



 はぁあぁぁぁ、そりゃぁ赤ん坊だもの泣いてお乳飲んでおしめ汚して寝るのが仕事だよ。

 理解はできるが感情が追い付かない。



 そんなことを感覚的に数カ月ほど過ごしたが、体の成長のおかげか、だんだんと目が見え始めた。



 視覚による認識ってものすごい情報量なんだな。



 目が見れるようになってはじめて気づいたのがここが出張先の国じゃないらしいこと。

 だって目に入る母親らしき女性はどう考えても西洋人、しかも金髪碧眼とくれば見てるだけでほっこりしてしまう。


 さらに付け加えるならば俺好みの美人さん!しかも若いっぽい!!多分二十歳くらいかな?

 透き通る様な白い肌に穏やかな笑み、そんな美人さんに授乳してもらうのだから空腹と相まって真剣に応対させて頂くわけだ。



 多分これ無かったら更に発狂してたかも。



 そして、ここなんだが、どうやら大きなお屋敷か何かの中っぽい。

 見るとメイド服着た給仕がいたり、映画で見た中世ヨーロッパ風の成り立ちをしたかつら頭のセバスチャンっぽい人もいる。



 んで、時折母親と一緒に髭のちょい悪親父っぽいのが来る。


 二人とも俺のことを「エルハイミ」って呼んでるので、これが自分の名前で両親なんだろう。

 固有名詞っぽいものは何度も聞かされるのでなんとなくわかってきたが、まだまだ赤ん坊相手の話し方なのでかわいいとか良い子とかそんなことばかり言ってるんだろう。相変わらず何言ってるかさっぱりわからん。



 もともと外国語は苦手なんだよ、俺。



 しかし、この部屋の様子や使用人を見る限り結構裕福な家庭なんだろう。

 寝かされているベットも日本じゃ考えられないような豪華なものだし、部屋に見える調度品もなかなか良いものっぽい。


 ここまで裕福っぽいのに現代社会ではあり得ない電気もねえ、電話もねえ、魔法瓶すらねえと言う文明レベル。

 これってマジ中世じゃないのか?って思うくらいアナログな仕様のモノばかり。



 いったいどこの国だ?



 そんなことを考えていたら夕方の暗くなり始めた頃に母親が目の前で何がごにょごにょと独り言を言ったと思ったら指先にいきなりテニスボール大の淡白い光の玉を出現させた!

 そしてそれを天井近くに浮かせて止めた。



 ええぇえぇぇぇぇぇっ!?

 なにそれっ!?



 現代社会においておよそオカルトにしか思われない行為をあっさりと行ってるじゃないですか!?

 ママン、あんた何者だよ!?


 目を見開いて驚く俺に何を勘違いしたのか、このママンは嬉しそうに笑って何か言ってきた。

 もちろん何言ってるかわからないが、その後指を唇に当て上目で何か考えると軽く両手を合わせてまたごにょごにょと独り言を始めた。

 そして今度は数個淡い光の玉を出現させそれを俺の上で漂わせ、くるくると回り始めさせる。


 さらに驚き目を見開く俺だが、口から洩れるそれは笑い声であった。



 どうやら俺は光の球が浮いて回っているのが楽しいらしい。


 

 満足そうにエルハイミ~と何か語り掛けてくる母親だが、こっちは光の玉に夢中となっている。

 最近動くようになった手を光の玉へと伸ばす俺。

 触れてみたものの、熱は感じられず、質量も感じない。まるで雲でもつかんでいるようだ。


 

 ええと、整理すると、これってゲームとかである魔法ってやつ??



 マジか?

 そうすると、俺の置かれた状況は死んで魔法のある世界、つまり異世界へ転生してしまったと言う事か!?


 うそっ、そんなライトノベルの様な話がマジで起こってるって事か!?



 ここにきて今まで不安でいっぱい、いら立ちでいっぱいな自分の心に何かがすとんと落ちたような気がした。

 なんかあきらめの境地に辿り着いた感じ。



 ・・・



 そうなんだよ、俺死んじゃったんだよ。

 俺は須藤正志、三十六歳独身の漢らしい胸毛をたたえた筋肉隆々のナイスガイだった者。

 しかし今はエルハイミと呼ばれる女の子で、魔法が存在する異世界で裕福そうな家庭の娘である。


 ここ数カ月いろいろ考えたけどこれは現実、受け入れるほかないのである。



 ・・・・


 しかし、女かぁ・・・


 せめて男に生まれたかったな・・・


 ふう、とりあえず逃げることも夢から覚めることも無いので前向きに検討することとする。

 まずはこの不自由極まりない体を成長させ、全然わからない言葉を覚えるしかない。


 そうあきらめ、納得すると急に腹が減ってきた。

 自分の意見を表現するのにぐずって泣くしかないというのはあれだが、まだ赤ん坊な俺はそれ以外の手段がない。

 早速心の赴くまま声を上げる。

 

 急に泣きじゃくる俺に母親は驚いて抱きかかえたりおしめを確認するが、どうやら空腹と言う事を理解したらしく早速授乳に取り掛かってくれた。


 目の前に張りのある美しい乳房が差し出される。

 至福のひと時なんだが、これって今は俺の飯なんだよなぁ~。

 うれしいんだけど、母親なんだよなぁ~。

 金髪碧眼の美人で若くて胸の大きな優しい女性でも母親なんだよなぁ~。



 いろいろと残念だがとにかく空腹を満たすしかない。


 

 心の中でいただきますと合唱をしてから授乳を受ける。

 俺は甘いミルクをごちそうになりながら眠りについてしまった。   




 

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